幕間「ガン・イレース・ブロウ」
「彼らが接触したようです」
「そうか」
篝火が二列に別れて立ち並ぶ大広間。その奥にある一段高い座敷の上で正座していた蝶々が、自身の横で胡座をかいていた狭山に言った。
「思ったより早かったですね……後は、彼女たちが上手く抑えてくれればいいのですが」
「奴の『発作』の押さえ役に捕虜のあいつらを向かわせるとは……蝶よ、お前も随分と強かになったな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
横目でジロリと睨めつける狭山に微笑みを返しながら、蝶々がそう言って立ち上がる。
「お前も行くのか?」
「はい。『同族』として、このまま放置しておく訳にも参りません……いい加減、あの子もこちらの価値観に慣れてくれると良いのですけれど」
「発作の間隔が伸びてきてるだけでも御の字だ。今はそう考えるとしよう」
「……そうですね」
どこか寂しげな表情でそう言った後、蝶々が座敷を降り早足で入り口へ向かう。
そして左右に並ぶ篝火の列を通り過ぎ、自分の背丈よりも大きな引き戸の前まで到達する。だが蝶々がそれを開ける為に戸に手をかけようとした瞬間、蝶々の目の前でそれが独りでに開かれていった。
「まあ」
勝手に開かれた戸の先、そこに立っていた人間を見て蝶々が驚きの声を漏らす。
「あらあら、こんな時間に。いったいどうしたのですか?」
「……説明してもらいたい」
最初に着ていた鎧に身を包み、手に剣を携えた――完全に戦闘態勢に入ったレイス・スランブが、眼前の笑みを浮かべる蝶々を睨みつけながら言った。
「なぜだ」
「なぜとは?」
「なぜこの場所で、この時間帯で魔族の気配が感じられるのだ……!」
「……魔法か。そこにいるのは誰だ?」
シェリルは不思議でなかった。
自分の能力は完璧に作動していた。なのに、目の前のキツネの怪物は、その能力で気配を消していた自分たちの事を簡単に見つけてしまった。
なぜ――
「シェリル!」
メアの叫びでシェリルが意識を内から外へ引き戻す。
再び意識の宿った肉体が、肌を通して風の流れの変化を感じ取る。
「――ッ!」
シェリルが真横に飛ぶ。その直後、標的を見失った尻尾がそれまでシェリルのいた場所を叩きつける。
尻尾のぶち当たった地面が、ヒビだらけになってクレーターのように落ち窪む。
真横のそれを見てシェリルが顔を引き攣らせる。
「シェリル、無事!?」
「な、何とか!」
尻尾を隔てて反対側にいたメアの発した言葉に、必死な声でシェリルが返す。そして再び尻尾を持ち上げるキツネを尻目に、三人が揃って飛び退いて距離を取る。それに対して忌々しげに唸り声を上げ、歯列を剥き出しにしてキツネが言った。
「まあいい。もはや我慢の限界だ。相手が魔導士でであろうとなかろうと、私の気が晴らせるのであれば何の問題もない」
「何言ってんのよあいつ!?」
キツネの言葉にメアが返す。気が動転していて、そこにいつもの余裕の気配は微塵もなかった。
「あいつ、どうして魔導士とか魔法とか色々知ってんのよ! 吉音、あんた何かわからないの!?」
「わかるわけないでしょ!? 私だってあんなの見るの初めてなんだから!」
「なにそれ意味無いじゃん! 本当吉音は駄目だなー!」
「何よそれ! どういう意味よ!」
顔を赤くし眉間に皺を寄せた吉音がメアに詰め寄る。
直後、二人の頭上めがけて尻尾が振り下ろされる。
「え」
直撃。
地鳴りと衝撃がシェリルの肌をビリビリ揺さぶる。
そしてメアと吉音がそれぞれ左右に吹き飛ばされる。だがそれは二人同時に横っ飛びに逃げたからであり、致命傷は負っていなかった。
「ダメ人間! 生きてる!?」
「うるさいっつってんのよ無駄口!」
尻尾の向こうから聞こえてくるメアの軽口に吉音が罵り返しながら足元の床の一部分に爪を引っ掛け、そこを勢い良く引っ張り上げる。
爪を引っ掛けた部分を上にして床の一部が蓋のように開かれる。そしてそこに露わになった正方形状の空間の中に、細長い長方形の液晶ディスプレイとテンキーで構成された小型のコンソールが納められてあった。
「何をしてるんですか……!?」
「武器調達よ!」
吉音が手慣れた手つきでテンキーを操作する。やがて甲高い電子音が鳴り、ロックの外れる小気味いい音が響く。
吉音の前の床が長方形に区切られ、そこが機械的な音を立ててせり上がる。そして小さいバリケードと化したその壁の内側――吉音の前方に掛けられてあった『それ』を、ニヤついた顔で吉音がひったくる。
「なんですか、それ?」
先端に『先が窄んだ丸いもの』をくっつけた筒のような物をバリケード越しに構える吉音に、その横に近づいたシェリルが尋ねる。シェリルの方を見ること無く、不敵な笑みを浮かべたまま吉音が返した。
「RPG-7」
「あーる?」
「ロケットランチャー」
そう言い終える前に吉音が引き金を引く。
「――!」
鼓膜をぶち破らんとするほどの爆音と筒の後方から吐き出される大量の煙がシェリルを襲う。
「が――ッ!」
全くの不意打ちだった。反射的に眼と耳を塞ぐが、頭は既にハンマーで殴られたかのようにグラグラ揺れていた。
「……! ……!」
やがて苦痛に顔を歪め、声にならない声を漏らしながらシェリルがその場に膝を落とす。吉音は顔色ひとつ変えていなかった。
そんな爆音と爆煙を代償に、先端についていたロケット弾が撃ちだされて行く。自動車を一撃で爆散させるほどの威力を持った破壊の塊が一直線にキツネへと飛んでいく。
着弾。
発射時と同じくらいの音と煙が、キツネの顔面付近から炸裂する。ただ先程よりも距離が離れていた分、その余波は小さいものであった。
「や、やったんですか……?」
「まだわからない」
苦しそうに喘ぐシェリルの言葉にそう答え、吉音が筒だけになったRPGを投げ捨てて前方を凝視する。吉音の視界の向こうでは薄い煙のベールが敷かれ、その中でキツネの影がピクリとも動かずにいた。
「……やはり侮れんな」
影が呟く。寝そべらせていた頭を起こし、左右に激しく振り回す。
一瞬にして残りの煙がかき消される。そして晴れた煙の中から、無傷のキツネがその姿を二人の前に見せた。
「人間め、いつもいつも猪口才な真似をする」
「……効いてませんね」
「参ったなこれ。どうしようかしら」
恨めしげにキツネが言い放つ一方で、シェリルと吉音が呆然と呟く。その二人の頭上に狙いをつけ、キツネが三度尻尾を振り上げる。
「……ッ!」
その気配に気づき、二人が同時に顔を上げる。
だが逃げようとしたその時、上げた視界の向こう、キツネ目掛けて上空から躍り出て行く一つの影が見えた。
シェリルの目が影の輪郭を捉える。
「メア!」
シェリルが叫ぶ。キツネが視線を影に――メアに向ける。
その視線の先、キツネの目と鼻の先に飛び出したメアが両手を前にかざす。
「風よ風よ! 風の刃よ!」
前方に三日月型の風の刃を生み出し、キツネの顔面目掛けて射出する。
「どっせえい!」
空を切る音を立てながら高速で肉迫し、やがて刃がキツネに直撃する。
「グウ……ッ!」
バケツの水を地面にぶちまけたかのような音が辺りに響いた。キツネは振り上げた尻尾を引っ込め、首を竦めて顔を逸らし、目を瞑ってそれを受ける。
『通常運転』に戻ったメアの勢いは止まらない。
「まだまだまだまだァ!」
何百もの刃を全面に展開し、それらをロクに狙いもつけずにやたらめったら撃ちまくる。
刃の雨がキツネの全身にぶち当たっていく。顔で、腕で、背中で、至る所で風が弾け、そよ風をシェリル達の元へと運んでいく。
キツネは微動だにしない。首を竦めたまま、丸まった体勢でそれを受け止め続ける。それがメアを更に増長させる。
やがてシェリル達の耳に、風に乗って笑い声が届き始めた。
「メアさん、撃ちながら笑ってる……」
「トリガーハッピー?」
ゲラゲラ笑いながら腕を振り回して攻撃を続けるメアの姿を見て、キツネの向かい側にある壁にまで距離を離したシェリルと吉音が呆然として呟く。だがそんな二人の様子には気づくこと無く、メアは狂ったように笑いながら風を生み出し、それをキツネにぶつけていった。
「うひゃ、うひゃ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
その笑い声は風に乗って、キツネの耳にも届いていた。そんな吹き荒れる暴風と爆笑の渦の中、キツネがゆっくりと目を開けて鎌首をもたげ始めた。
「ひーっひっひっ、ひゃ、ひゃはひゃひゃひゃ」
「グウ……」
キツネがメアの方へ顔を動かす。
顔面に刃が直撃する。そよ風が顔を凪ぐ。
傷ひとつつかない。
目を細め、少しもブレること無く正面からメアを睨みつける。
「ひゃ」
「黙れ」
視線と言葉で、キツネがメアの笑い声を封殺する。
想定外。突然の衝撃。メアが破顔したまま一瞬硬直する。
その隙を突くようにして、メア目掛けて右前足を斜めに振り下ろす。
「マズい!」
壁の一部分を剥がして剥き出しになったテンキーを弄る手を止めて吉音が叫ぶ。
その横でシェリルが魔力を開放し、全身に黄色いオーラを纏わせる。
「メアさん!」
シェリルが叫び、メアに向けて一閃のレーザー光を放つ。
シェリルの魔力がメアを捉える。直後、掌がメアの頭部に斜めに直撃する。
短く乾いた、嫌な音がした。
メアの体が地面に叩きつけられる。
ゴムまりのようにバウンドしてシェリル達の所まで転がって行き、そこで静止する。
「メア!」
「メアさん!」
二人が眼下で寝転がるメアに向けて叫ぶ。そして二人が叫んだ直後、メアがその両目を開ける。
「よいっしょお!」
そして勢いの良い掛け声と共に、メアが仰向けの姿勢から背筋を利用して飛び跳ねるようにしてその場に立ち上がる。
その体には傷ひとつついていなかった。
「なんだと!?」
キツネが素で驚く。シェリルが安堵の溜息を漏らし、吉音が納得したように呟く。
「『消した』ってわけね」
「はい。ギリギリでしたけど」
「いやー、シェリルってば味方に回したらなんて心強いんだろ! 最大戦力はだてじゃないね!」
「あんたはもう少し自重を知りなさい」
ケロリとした顔で言ってのけるメアに、しかめっ面で吉音が返す。その三人めがけ、キツネが今度は伸ばした左前足を振り下ろす。
直撃。
前足自体に加え、衝撃と圧縮され地面の一点で爆発した風圧が三人を襲う。
メアとシェリルがそれぞれ左右に吹き飛ばされ、吉音がコンソールの真横に叩きつけられる。
「く……ッ」
「うひゃあ!?」
「きゃあ!」
背中と壁が接触する。インパクトの瞬間、吉音は激痛を覚悟し目を瞑った。
「……え?」
何も来なかった。吉音が目を見開く。勢い良く背中から壁にぶつかった感覚はあったが、それだけだった。
その薄気味悪さに、吉音が逆に眉をひそめる。そして吉音の体はそのまま痛みも衝撃も感じることの無いままに背中から小さくバウンドし、その後多少よろめきながらもその場に立ち尽くした。
「……これって……」
傷一つ無い自分の体を呆然と見つめている吉音の元に、メアとシェリルが駆け寄ってくる。直撃を貰ったのは二人も同じだったが、その二人も吉音と同じく無傷だった。
「良かった。間に合ったみたいですね」
「あーもう、あいつもちょっとは加減してほしいわよねー」
その二人も、先ほどの攻撃を『最初から食らっていなかった』かのように平然としていた。その様子を見て、吉音が頭を掻きながら二人に言った。
「やっぱ魔法って凄いわ……」
「そ、そうでしょうか……?」
「ふふん、どうだ凄いでしょう?」
「あんたには言ってない」
無い胸を張るメアに冷たく返してから、吉音がテンキーを再びいじり始める。メアはそれを物珍しげに眺めていた。
その吉音に横からシェリルが尋ねた。
「あの、吉音さん」
「なに?」
「少しお話ししたい事があるのですが、宜しいですか?」
「どうしたのよ、そんなに改まって?」
テンキーに番号を打ち込み終え、吉音がシェリルの方を向く。
「……これは、私の推測なのですが」
コンソールの横にある壁の一部が内側にへこみ、低い唸り声を上げながら上部にせり上がる。そのせり上がった壁の向こう側には一丁の銃が二本のフックによって壁に掛けられ、その銃の下に細長い四角柱型の物体の束が置かれていた。
マシンガン『P90』。
吉音がそれを壁から取り外し、銃口のすぐ側面に付いていたレバーを掴んで一往復させる。
その様子を横目で見ながらシェリルが続けた。
「ひょっとして、あのキツネには」
「キツネがどうかしたの? ――あ、なにそれ格好いい。ちょっと見せてよ格好いいじゃん」
メアもその輪に加わり、そしてすぐに吉音の持っている銃に興味を示す。
うんざりしたように顔をしかめるシェリルの前で吉音がメアを殴りつける。
「それで、どうしたの?」
「あ、はい。すいません」
ジンジンする拳を振りながら言った吉音に礼を述べてから、気を取り直してシェリルが言った。
「ひょっとしてあのキツネには」
「ええ」
一拍置いて、シェリルが言葉を吐き出した。
「キツネには――魔法が効かないんじゃないでしょうか?」
銃を構えていた吉音と頭を押さえていたメアの動きが同時に止まる。
「……え……?」
シェリルが言葉を続ける。
「最初に彼と会った時、あのキツネは私が気配を消していたにも関わらず、私たちの存在を認識していました。そしてメアさんが攻撃を食らわせていた時も、あのキツネは微動だにしていなかった」
「え、それってひょっとして」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃ何? 私ら出番無し?」
「そういう事だな」
メアの言葉に合わせるように狐の背後から声が響いた。三人が同時に狐の背後に意識を向ける。狐も首を捻って背後に目をやる。
その背後から二つの影が飛び上がる。
「……ッ!」
狐がすぐにその影の正体を見定める。そしてその影の正体の一つを知ると同時に、それを『敵』と認識する。
だが影の取った行動は、狐が攻撃に移るよりも速かった。
「炎よ!」
背中を飛び越えながら影の一つが叫び、前方の三人と狐の間に火球を飛ばす。
地面にぶつかった火球がそのまま左右に伸び、狐と三人を区切る境界のように赤々と燃え上がる。
その火線の内側、シェリル達の眼前にその二人の影が降り立つ。その姿を見て、メアと吉音が同時に叫ぶ。
「レイス!」
「蝶々様!?」
そんな異なる驚き方を見せる二人の前で、燃え盛る炎の壁をバックにしてレイス・スランブと蝶々が続けざまに言った。
「お待たせしました」
「メトセリエ相手によく耐えたな。感動した」
唯一平静を保っていたシェリルが、混乱する頭を抱えながら二人に言った。
「……とりあえず、助けに来てくれたんですか?」
笑顔で蝶々が言った。
「もちろんですよ」
まさか番外の話が三話以上も続くことになるとは……。
次も番外編、この話の続きになります。どうかよろしくお願いします。




