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第八十一話「休憩出来ないインターバル」

 魔導士との戦闘から一夜明けたガット本部。

 狭山の座する篝火の間にて。


「時に深海よ」


 いつも通りの深海の一方的な要求を適当にあしらった後、頃合いを測ったように狭山が深海に言った。


「お前の所は確か、敵の要求に従って民間人二人を差し出したらしいな」

「それは……」

「そうだな?」

「……そうだ」


 やや気まずそうに深海が答える。狭山が目を細め、追求するように深海に言った。


「深海よ。お前は、その判断は正しいと思っているのか?」

「……」

「責めるつもりはない。ただ、お前の本心を知りたいだけなのだ」


 狭山が嫌味からそれを尋ねているのではない事は、付き合いの長い深海にはわかっていた。そして狭山が嘘や誤魔化しを嫌うことも、同時に嫌というほどに知っていた。


「……あの時は、敵の戦力は我々の想定をはるかに超えていた」


 やがて深海が話し始めた。そこに追い詰められている姿はなく、寧ろ堂々としていた。


「奴らは強すぎた。強大だった。それに総戦力もまともに知らなかった。全戦力を注げば、あれだけの数ならば倒せたかもしれない。だがあれが全てだと言う楽観的な事は、我々は微塵も思っていなかった。近いうちに大規模な戦争になると、誰もが思っていた」

「……」

「全面戦争だ。近いうちに、敵の正確な数も質もわからないままに戦争を迎えようとしていた。被害総数も計算出来ない。無茶にもほどがあった――それがたった二人! たった二人で回避できるんだ! 二人の人柱で、時間が稼げるんだ!」


 深海が狭山を真っ直ぐに見つめる。その目は正しい事をしたと自負する、恐れのない光に満ちていた。


「私は――我々は、間違ったことはしていない」





 碁盤目状に照明の点けられた、全面コンクリート製の巨大な空間。白い光が、その中央部分を明るく照らしていた。


「しま――」


 明かりに照らされ、赤い体が宙を舞った。

 フレアスカートをなびかせ、髪を振り乱し、受け身も取れないままに背中からコンクリートの地面へと激突する。

 一瞬の沈黙。

 それを見た黒子が片手の白旗を上げる。


「そこまで!」


 それが引き金となって周囲からどよめきの声が上がり、そしてそれは拍手と健闘を称える声に変わっていく。


「ありがとうございました」


 歓声や口笛の鳴り響く中、目の前で倒れている赤を見下ろしながら、それを投げ飛ばした青装束の短髪の男が一礼する。するとそれまで倒れていた方もムクリと起き上がり、痛そうに後頭部をさすりながら億劫そうに立ち上がった。


「やれやれ――ああ、どうも。ありがとうございました」


 そして愚痴を漏らしかけて、今の自分の置かれた状況を思い出したツェッペリンが慌てて礼を返す。するとその立ち回りを見ていた周囲のギャラリーが、二人を更に大きな歓声でもって包みこんだ。


 こうしてガット本部の鍛錬場において始まった魔族との一対一を想定した模擬戦の結果は、仮想敵として呼ばれたツェッペリンが一般エージェントを八人連続で倒し九人目で討伐されると言う結果を残して幕を閉じた。





「そうか、八人もやられたか」


 それから数十分後、本部内にある休憩用の和室にて。

 畳張りの床に腰を落ち着け、その模擬戦の結果を纏めた報告書を天井から現れた黒子から受け取って一通り眺めた後に、隼がそう言って苦い顔でため息をついた。するとその横にいたルカが、それを見て不思議そうに尋ねた。


「それって、どういう事がわかったんですか?」

「ん? ああ、これはな――」


 ルカの方を向き、もはや見慣れた顔であるルカの顔をじっと見つめながら隼が説明を始める。


「これは簡単な事だ。魔族相手に一対一で勝つには、少なくとも九人の人員が必要だと言う事がわかったんだ。要するに、一般人が魔族と戦うには多対一で対するのが適切であるという事だ」


 そう締めた隼の言葉に、ルカとその隣にいたシェリル、そして隼を挟んで向こう側にいた大悟が揃って感嘆の声を漏らす。そしてその左右からほぼ同時に放たれた驚きの声に、「おい、窮屈だからやめろ」と隼が恥ずかしそうに返した。

 今この和室には、ルカと大悟と隼とシェリルの四人がいた。彼らがここに集まっていた理由は簡単で、『模擬戦をやるから来て欲しい』と半ば無理矢理連れてこられたツェッペリンを、模擬戦終了後に無事に家に送り届けると言う任務を引き受けたからであり、その為に彼女が帰ってくるまでここで待機していたのだった。

 シェリルはルカ達がここに居るという話を聞き、この部屋までやって来たと言う寸法であった。


「でも集団戦法で行こうって言うのは、これをやる前に決まってたんですよね? どうして今になって、こんな事しようと思ったんですか?」


 と、反対側に座っていた大悟が、前置きもなしに隼に質問をぶつける。そしてその質問に対して揺らぐこともなく、そちらの方を向いて隼が答えた。


「集団で当たった方がいいと決まったのは、実は最初は『そうした方がいいかもしれない』と言う曖昧な理由からなんだ。魔族がどれほどの強さを持つのかという正確なデータ――単体では勝てないという、明確な情報から来るものではなかった」

「だから、確証が欲しかった?」

「そういう事だ。それに魔族一体に、おおよそどれくらいの人間を割けば行けるのかがわかれば、戦闘員の配置の無駄を無くすことが出来るからな」

「なるほどなー」


 隼の回答に対して、大悟がそう感心したように頷く。そしてその時、ルカは自分の隣に座ってせわしなく首を動かして辺りを見回していたシェリルに気づき声を掛けようとしている所だった。


「シェリルさん、どうかしたんですか?」

「いえ、あまり見たことのない部屋なので、少し気になって……」

「そうか、シェリルは和室は初めてか」

「ワシツ? それはこのような部屋の事を言うのですか?」


 いつの間にかそちらの方を向いた隼が放った聞き慣れぬ言葉に、シェリルが思わずオウム返しをする。

 軽く頭をかいた後、隼がシェリルに言った。


「あー、まあ、そんな所だ。私も和室の詳しい定義は知らないんだ。どこかにそう言ったのに詳しい奴がいるからそいつに――」

「とりあえず畳が敷いてあって、壁に掛け軸って言う巻物がかけてあって、襖っていう敷戸があって、壺が何個か置いてあるような部屋の事を和室っていうんですよ」

「なるほど、そうなのですね! ありがとうございます!」


 曖昧に言葉を濁した代わりにスラスラと和室の特徴を述べたルカに、シェリルが目を輝かせて感謝の意を述べる。その一方で隼と大吾の二人は、そんな風に異界の知識をスラスラと言ってのけたルカを驚きの顔で見つめていた。


「お前、どこでそんな事覚えたんだ?」隼が困惑気味に返す。

「え? ……どこって、コンピューターのネットって奴を使って調べたんですよ。暇な時にサーフィンして」ルカが平然と答える。

「へ、へええ……」

「……機器とか用語とか、もうそんなに使いこなせるようになっていたのか……」

「そりゃあまあ、あれを使い始めてからそれなりに経ちますから……でもあれって、使い方自体はそんな複雑な物じゃないですよね? 基本さえ掴めば後は簡単だと思うんですけど」

「ルカさん、こちらの技術を吸収してしまったと言うのですか……凄い、凄すぎます!」


 これくらい大したこと無いとでも言いたいかのようにケロリとするルカを見てシェリルが羨望の眼差しを、残り二人が呆然とした顔を向けていると、入口の方の襖が開いて奥から真弓が姿を現した。戦闘を終えて少ししか時間が経っていなかったと言うのに、その体には傷ひとつ無かった。

 そんな真弓はルカの方を興味深げに見つめた後、どこか知ったような口調で四人に言った。


「子供を持った事のない私が言うのもなんだが、子供の順応性の高さを侮ってはいかんぞ。子供は何に対してもすぐに慣れてしまうからな。そこが頼もしくもあるし、恐ろしくもある――そうだろう?」

「なぜ私に振る……まあそれはわからんでもないがな……」


 困惑しながら隼が返し、そのまま顔を上げ、真弓に向けて隼が言った。


「それより、そっちの方はもういいのか? ダメージはもう無いのか?」

「ああ。私達の方は平気だ、傷一つ無い……と言うよりも、なんだろうな。昨日魔導士と戦ってから、嫌に体が軽いと言うか、なんだか内から力が漲ってくるような不思議な感じがするんだ」

「は?」


 真弓の言葉に隼が素っ頓狂な言葉を上げたが、それは他の三人も同じ思いだった。


「……ああ。そういえばそう言う事になっていたな、あれ……お前、半分魔族だからなのか……?」

「多分、そういう事なんだろうな」


 が、やがて隼が得心したような顔で頷き、すぐに苦々しい表情を浮かべる。詳しい状況を聞いていないシェリルはきょとんとし、報告を聞きながらも内容をド忘れしたルカは頭を抱えて必死に内容を思い出そうとした。


「そう言えば、ツェッペリンが戦った魔導士って、確か……」


 そしてそう言いながら、ルカと同様に咄嗟に思い出せなかった大悟は、顔を伏せ、昨日起きた戦いの顛末を思い出そうとした――


「ああ、風使いの小娘だ。それがどうかしたのかい?」


 だが思い出そうとした所で、真弓の言葉が大悟の意識を一気に現実へと引っ張り戻していく。思考を中断され、読み終えていない小説の結末を先に言われたかのような嫌な気持ちになって大悟が不貞腐れたように顔を横に逸らす。


「……ああ」


 すると代わりに、それを完全に思い出し且つ妨害を受けずにいたルカがそう短く言い、そしてどこか苦い表情を浮かべて言った。


「確か、風使いの魔導士でしたっけ? ツェッペリンと戦った魔導士って。確かその子、見つかった時は肩の肉が……」

「ああ。ばっさり抉れていたな。正確には首筋付近の肉、だが」


 当事者は一人しかいないと言うのに、何でもない事のように真弓が言ってのける。その直後に、隼と同じ結論に至った大悟が無言で顔を引き攣らせた。


「……まさか」


そしてそれを聞いたシェリルが、少しの沈思の後に、口をわななかせ顔を青ざめさせながら言った。


「まさか、ツェッペリンはその……」

「……」

「ひ、人のに」

「ストップ」


 隼がシェリルの言葉を止める。シェリルがはっとして口を押さえる。


「苦肉の策だ。あの時はそれ以外無かった」


 隠すこと無く、開き直ったように真弓が言った。非難を甘んじて受けるつもりだったのだろうが、隼が頭を振ってそれに返した。


「いや、私はお前を責めるつもりは無い。戦いに手段を選ぶ必要はないからな」

「そうですよ。それにえげつない方法使ったのはこっちも同じなんですから」


 そして隼に合わせるようにそう言いながら、大悟がその時の自分たちの取った行動を思い返した。

 火球にガソリン満タンのバイクをぶつけて爆発を起こし、それに相手を巻き込ませる。そして自分は対爆スーツを瞬時に装着して被害を軽減する。それがレイスと相対した際にルイ達の取った『作戦』だった。

 作戦は成功した。対爆スーツのお陰でルイは難を逃れ、代わりに熱風と熱量をモロに食らったレイスは、全身真っ黒にしながらその場に倒れたのだった。その黒は後になって鎧が燃やされ炭化した物だと言う事がわかった(溶けなかったのは、恐らく炎の壁を展開させて勢いを幾分か相殺させたからだろう)が、それでも超高温の熱波を全身に浴びたレイスのダメージは重大な物だった。

 彼女たちは今、二人揃ってガットの医療室で治療を受けている。


「まあ要するに、お互い生き延びるのに必死で手段は選んでられなかったと言う訳だ。だからこの件に関して感傷的になるのはこれで終わりだ――三人とも、それでいいな?」


 ルカ達の肩を順々に叩きながら、いつもの圧するような低い声で隼が言った。それに一瞬びっくりしながらも、三人はやがて無言で大きく頷いた。

 だが隼はそこで止まらなかった。そのまま三人の前に回って三組の目にそれぞれ刺すような視線を向けながら、やがてゆっくりとドスの利いた口調で言葉を紡ぎ始めた。


「――いいか? これから言う事は絶対に守れ。何が何でもだ――生き延びろ。何をしてでも生き延びる努力をしろ。そして仲間も見捨てるな。自分の気持ちに正直に行動しろ」


 何も言えなかった。その目の前の女性から今まで感じたことのない重圧と、腹の底に溜まっていくような重い言葉を前に、三人はただ黙って隼の目を見つめ続けた。


「……わかったな?」


 隼が再び確認の言葉を告げる。三人は黙ったまま、再び大きく頷く。

 その様子を、真弓はどこか愉快そうに眺めていた。





「ちなみにノワールは、ガットの別働隊が倒して捕縛した魔族たちの下に向かっている。きっと説得するつもりなんだろう」

「上手く行きますかね?」

「上手く行かせる気なんだろうな……ところで、隼って言ったっけ?」

「うん?」


 大悟の質問に答えた後、真弓がそう言いいながら隼に近づいていった。そして完全に隼の真横についた時、真弓がその耳元で小さく言った。


「お前さん、いい母親になれるよ」

「……いきなり何の話だ?」

「子供に厳しく接する事が出来るのは母親の特権だからさ。それにさっきの教訓、あいつらもしっかりと受け止めていたようだからね」

「……」


 隼が早足で一歩前に進み出る。追いかけようとした真弓を止めるように隼が振り返る。


「……余計なお世話だ」


 そして日本刀のように鋭く目線を閃かせ、真弓に向けてそう吐き捨てる。

 その怒気を隠そうともしない凄みの前に、真弓どころか後ろの三人も揃って竦み上がって足を止めた。

 地雷を踏んだか。冷や汗を流しながら真弓がそう考えていると、後ろに居たシェリルが前方のそれに気づいた。


「……あれ?」

「どうしたの、シェリルさん?」

「前から人が……」


 シェリルがそう言い終えた時、それは既に一番前に居た隼の眼前まで迫っていた。シェリルたちが思っていた以上に、それは早歩きでこちらに近づいてきていたのだった。





「おっと」

「ああ、これは失敬」


 ぶつかる寸前にそれが声を漏らす。

 そこでその姿に気づいたかのように声を上げ、隼が身を翻してそれを避ける。

 突然の事に冷静さを取り戻した隼の視界が、横からそれの全身像を捉えた。

 軍服。自衛隊陸軍幹部の軍服。酷く地味な服だった。

 肩幅は広く、腕は太い。全体的にがっしりとしている。鍛えられているのが良くわかった。

 いや、問題はそこではない。自衛隊の基地でもない所に、どうして軍人がいるのか?


「うん? 確か君は……」


 左側から声がした。思案を中断して、隼がそちらの方を振り向く。

 ぶつかりかけた軍人が、一歩後ろにいた集団と出くわしてそこで足を止めていた。そのがっしりとした広い背中のせいで、真弓達の姿は見えなかった。

 軍人。

 ――何か忘れているような。


「……まさか、君は……」


 驚いたように軍人が一歩後ろに下がる。真弓達の姿が視界に収まる。

 死人のように顔を真っ青にした大悟が視界に入る。

 軍人。

 軍。


「まさか……」


 ――あ。


「安藤大悟……か?」


 軍人が苦しそうに漏らす。大悟が愕然としたような顔でその軍事を見返す。

 大悟の来歴を今更ながらに思い出したが、もう手遅れだった。


次回、色々と動きます。

大悟だったり、どっかの若いのだったり。

それと隼の本名割れます。


次回「記憶回路逆流」


撃ちます撃ちます

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