第八十話「外堀から埋める」
「まさかお前まで来るとはな……」
レビーノ本土からやってきた『三人目の魔導士』と対面して、ゲインはいつもの皮肉めいた色のない、素で驚いた声を出した。そして彼と相対しその声を聞いていた人間――ゲインの半分ほどの身長を持った学園の制服姿の少年は、胸元で手を重ね恐縮気味に肩を縮こませながら、大きな瞳を光らせて機嫌を伺うように上目遣いでゲインを見つめていた。その姿は酷く幼く無防備で、見る者の庇護心を掻き立てる物を持っていた。
実際、ゲインたちに比べれば彼は幼かった。彼は今年でようやっと十二にならんとする子供だったのだ。
そして薄いブロンドのショートヘアをわずかに揺らし、蚊の泣くようなか細い声で少年が言った。
「あ、あの、やっぱり僕がここにいるのは、場違いでしょうか……?」
「そうは言っていない。キリカの懐刀とも言うべきお前が、こう早々とこちらにやって来たの事を普通に驚いているんだ」
「か、懐刀だなんて、そんな……僕はそんな立派な人間じゃないですよ……」
顔をほんのり赤らめながら、少年が体をもじもじと小刻みにくねらせる。だがそのあざとい動き――どこか『受け』を狙ったかのようなそのユーリの言動が、表面に出す事こそ余り無いがゲインはとても嫌いだった。
しかし、そんな理由で怒鳴り散らすほど、ゲインは狭量ではなかった。やたらめったら喚き散らす魔族とは違い、自分には衝動を抑えるだけの理性を持っているのだ。不快な事がある度に、ゲインはそう考え自分を律していた。
そうして眉根の皺を増やすに留めながら、ゲインが表面上は落ち着いた声で言った。
「……まあいい。お前が先遣部隊に来た理由はわからないが、一応は歓迎しておく――良く来たな、ユーリ・デミル。あてにさせてもらうぞ」
「は、はい。頑張りますっ」
背筋をピンと伸ばし、ユーリ・デミルがはきはきとした声で答える。そのユーリ――キリカの『お気に入り』に冷たい視線を投げかけながら、ゲインが言った。
「ところで、お前は一人でここに来たのか? まさかとは思うが……」
「いえ、僕はキリカさんと一緒に、こちらに来たのですが……」
「やっぱりか」
寧ろ当然かと言わんばかりに呟きながらゲインが頭をかいた。そもそも学校以外のプライベートの場で、キリカがユーリと一緒にいない所をゲインは一度も見たことがなかった。私的な場所において、キリカの横には常に守護霊のようにユーリがいたのだ。いくら冷徹なキリカと言えども、そんなユーリを一人で異世界に送る事などゲインには考えられなかった。
なぜキリカはこんなにもユーリに執着するのか? それは今のゲインには到底わからないことであったし、ゲインにしても、それを知ろうとする気はさらさら無かった。だからゲインはその辺りを追求する代わりに、今現在気になっていることをユーリに尋ねた。
「ならば、そのキリカはどこにいるんだ?ここには来ていないようだが」
「あ、はい。キリカさんなら、一足先に外の世界に向かっておられます」
「なんだと?」
当然のように返ってきたユーリの言葉に、ゲインが眉をひそめる。そしてユーリの両肩を掴み、目を見開いて小さく怯えるユーリにゲインが詰め寄った。
「本当なのか? キリカは先に外に出ているというのか?」
「は、はい。僕と一緒にこちらに来た後で、僕に先にこちらに行くよう指示された後、一人で向かわれてしまいました……」
「……まったく、あの人は……!」
自分勝手がすぎる。
俺のスケジュールを狂わせるな。
ゲインは叫びたい衝動にかられた。
だがユーリから手を離し、黙って彼に背を向けたゲインは唇を噛んでその言葉を飲み込んだ。
「……そうか。一足先に向かってしまったか」
代わりに当たり障りのない言葉を吐いて、自分の感情を濁していく。
自分は魔族とは違うのだ。ゲインはそう思い込んでいた。
体が動かない。
これで何度目だろうか。
魔法少女に敗れ、魔族に敗れ、そして今は名も知らぬ魔導士に敗れた。
手足の感覚がない。視線を動かせば五体満足である事は確認できるのだが、それでも全身に力が入らず、指一本動かすことが出来ずにいた。
「……くそっ」
屋上の地面に仰向けに大の字に叩きつけられながら、信吾は恨めしげにそう呟いた。そして首を僅かに前に倒し、自分の足元近くに立っていた一人の少女に目を向けた。
吊り上がった目。黒い細縁の眼鏡。緑色のショートヘア。
「……まったく、弱すぎて話にもなりませんね」
信吾の視線の向こう、退屈そうに前髪を弄りながら、キリカ・ゼクルスが欠伸混じりにそう言った。
「こちらの世界には大層強い者がいると聞いてやってきたのですが……とんだ期待はずれでしたね――いや、ひょっとしてあなたが『外れ』だったのかもしれないだけで、他にもまだ強い人がいるのかも……?」
目を細めて顎に指を当て、思案に耽るようにキリカが顔を傾ける。あからさまに挑発しにかかっていたが、ボロボロに打ち負かされ屈辱の極みにあった信吾に己を御するだけの余裕は無かった。
「ふざけるなよ……!」
「あら? あなた今、何とおっしゃいましたか?」
「ふざけるなって言ったんだ! 俺の力はこんなもんじゃない、まだやれる!」
キリカの唇の端が僅かに吊り上がる。それに気づかないままに信吾が己の感情を爆発させた。
「俺はまだ戦える! 力さえつければ、お前なんかすぐ返り討ちにできるんだ! お前だけじゃない、あの生意気な魔法――」
「力が欲しいですか?」
信吾の言葉を遮るようにキリカが言った。そして突然のことに呆然とする信吾を尻目にキリカが近づき、やがて肩の横に腰を下ろして片膝立ちの姿勢になりながら信吾を見つめて言った。
「そんなに力が欲しいですか?」
「な――」
「隠さなくてもいいのです……あなたは、力が欲しいのですか?」
その頬をそっと撫でる。優しく微笑みながらキリカが続けた。
「力を欲するのは、全く恥ずべきことではありません。力への欲求は、全ての生命が等しく持つ根源的な物なのですから」
「……」
「しかし悲しいかな、『普通に行きている間』にその人間が持てる力の総量というのは、その人間ごとに決まってしまっているのです。どれだけ努力しても、結局は人間ごとに優劣が決まってしまうものなのです……あなたも、一度はそう考えた事はあるのではないですか?」
「それは……!」
「図星ですね」
息を呑む慎吾にキリカが続けた。
「普通に行きている限り、真っ当に人生を送っている限り、相当数以上の力を持つことは出来ない。これは真理なのです――そう、『普通に生きている限り』は」
「……」
信吾が黙ったままキリカを睨みつける。信吾はこの時、否定も肯定もしないままに心の中で葛藤を続けていた。
キリカの言葉に揺れる自分がいる。そうして力を欲する一方で、それを抑えつけようと躍起になっている自分もいる。
本当の自分はどちらなのだろうか?
その様子は複雑に歪めた信吾の表情から十分に推し量れるものであった。だがキリカはこれ以上押すことをしなかった。動けない信吾を見下ろしながらゆっくりと立ち上がり、前髪をかき上げて静かに言った。
「私の話をどう受け取るのか、判断はあなたにお任せします。しかし、これだけは覚えておいてください」
キリカの体がゆっくりと浮き上がる。腕を組み、尊大とも傲岸とも取れる笑みを浮かべて信吾を見下ろし、キリカが言った。
「道を踏み外してこそ、初めて得られる力もあると言う事を」
「ま、待て」
「それでは、ごきげんよう」
なにか言いかけた信吾を無視して一方的にそう告げた後、キリカは寒風を残しながら猛スピードで夜の闇の中へと溶けていった。
「……ゴ! 信吾!」
そして頭を向けた方角から自分を呼ぶ何者かの声が聞こえるまでの間、信吾は大の字で寝そべったまま呆然としていた。
その頭の中では、キリカの言葉が大嵐のように荒れ回り、信吾の思考を尽く掻き乱していた。
普通に行きている限りは。
道を踏み外してこそ。
力が欲しいですか?
「……俺は」
呆然と、信吾は夜空を見つめていた。
次はガット本部での話になります。
色々と話が進行します。
真弓がそっちに潜ってみたり、
あのキャラとあのキャラが出会ったりします。
次回「合流と修行と初対面」
撃ちます撃ちます




