第七十九話「イメージと違うやり方」
「斬ッ!」
一喝と共に繰り出された鷹丸の斬撃が、ガナリの力で以って肥大化した魔族の体を斜めに切り裂いた。その常識外れの頑強さによって体こそバラバラにならなかったが、その一撃の重みは魔族の脳を揺さぶって昏倒させるに十分すぎる威力を発揮した。
気絶し肉達磨と化した魔族の巨躯が、派手な音を立ててその場に崩れ落ちる。
「お疲れ様です、隊長」
そしてその姿を見て刀を納めた鷹丸の元に、音もなく現れた一人のエージェントがその傍らで傅きな
がらそう言った。視線を魔族から外すこと無く鷹丸が言った。
「他の首尾は?」
「はっ。こちらも被害は軽視できるものではありませんが、出現した魔族の殆どの撃破に成功しております」
「それは件の戦法を使っての結果か?」
「は。頭領より下知された、多対一で相手を圧倒する戦法、大成功でございます」
「そうか」
エージェントの報告を受けて、鷹丸が満足そうに頷いた。
一対一で魔族と戦うな。それは鷹丸のような一部を除いたガットのエージェントに対して、頭領たる狭山が厳命した事であった。どれだけ訓練を積んだエージェントであろうと、単体での魔族との近接戦闘は危険極まりないものであったのだ。一回や二回斬っただけでは全然意味がなく、逆に向こうの攻撃を一回でも受ければ致命傷となってしまうからだ。
遠距離からの銃撃は効かず、近接戦闘も一瞬の判断ミスが命取りとなる。全ての攻撃を完全に予測してその都度適切な反撃を加えていくことなど、大半の人間にとっては実行不可能である。
しかしそんな身体能力では人間を上回っていた魔族たちが、レビーノにおいてその人間たちから奴隷同然の扱いを受けていたのは、身体面で大きく劣る人間たちが『魔法』を使えたからであった。
頑強な表皮を貫き、遠距離から一方的にダメージを与える事の出来る魔法の存在は、それだけでも魔族にとっては脅威だった。更に悪いことに、魔族たちは魔法を使えなかった。
当然ながら魔力は持っていた。だが人間よりも強靭な体を手に入れた代償か、魔族たちは人間が使うような魔法を少しも使うことが出来なかったのだ。これによって、人間のワンサイドゲームが展開されるのは当然の成り行きであった。
レビーノにおいて、魔法の使えない存在は魔族だけであった。ルカ・ベルトリオがレビーノで嫌悪されていたのもこれが原因だったのかもしれない。
しかしこちら側の人間も、魔族やルカと同様に魔法を使うことは出来なかった。さらに肉体も、魔族のように頑丈ではない。まるで両者の悪い所を掛けあわせたかのような有様であった。
その質的不利を覆すために生み出されたのが、一体を多人数で一斉に攻撃を仕掛けるという戦法であった。
要は数の暴力、苦肉の策である。
「そうか。現状は上手く行っているか」
「は。それと、件の魔法少女……ルイと、ツェッペリンと名乗る者の所にも、同様の襲撃があったようです」
「やはりそちらも狙われていたか……」
「それが、どうやら彼女たちを襲ったのは魔族ではなく、人間だそうで」
「……魔導士か」
来るべき時が来たか。そう思い顔を俯かせて鷹丸が呟いた。だが、鷹丸はそれほど彼女たちの置かれた状況に絶望している訳ではなかった。
彼女たちならば絶対に無事に帰ってくる。鷹丸はそう思っていた。それはただルイが魔法を使えるとかツェッペリンの大胆不敵な立ち居振る舞いを見たからとか言った曖昧な理由に依拠する物であって、それ以外に明確な根拠は無かった。だがそれでも、鷹丸にはあの二人が負ける所は想像できなかったのだった。
そこまで考えて、しかし、と腕を組んで鷹丸が言った。
「こうして考えてみると、魔法とは何と便利な代物であろうかと真剣に考えてしまうな」
「まったくです。我々もその、魔法とやらを使えれば、もっと有利に立ち回れると思うのですが……」
「しかし、無いものねだりをしても始まらん。我々は我々にできる事をするだけだ。よいな?」
「は。存じております」
鷹丸の言葉を受けたそのエージェントが大きく頷きながらそう答えていると、鷹丸の反対側の足の傍にもう一人のエージェントが、同じように音もなく片膝立ちの姿勢で現れた。その顔は最初に現れたエージェントのそれより逼迫していた。
「か、火急の報せがあって、参りました」
「どうした? そんなに慌てて?」
「た、単独で任務にあたっていた信吾が――」
エージェントがそこで一旦言葉を切り、呼吸を整えて再び吐き出すように言った。
「魔導士の攻撃を受けました!」
鷹丸の時間が止まった。
「信吾は重傷。現在、彼を攻撃した魔導士は行方をくらましております!」
魔導士は二人ではなかったのか。
考えるよりも早く、鷹丸はその身を動かしていた。
「あははっ、やっぱり!」
レイスがルイ共々爆発に巻き込まれる数分前の事。それまで刃と鎌の波状攻撃でツェッペリンを追い立てていたメアが、不意にその攻撃の手を止めた。
そして距離を離し全身に旋風を纏いながら、不審そうに目を細めるツェッペリンをまじまじと見つめていたメアが、唐突に笑い始めたのだった。
「お姉さん、やっぱりそうだったんだ、ははっ!」
「……言ってる意味がわからないんだが」
尚も笑い続けるメアを睨みつけながら、ツェッペリンが腑に落ちないと言った風に行った。その全身には風の刃によって、翼と両腕には風の鎌によって真っ直ぐに切り裂かれた傷があり、その至る所から赤黒い血が一滴一滴と滴り落ちていた。
だがそんな中で、ツェッペリンの眼光は少しも鈍ってはいなかった。怯えた表情を欠片も見せずに、刃のように鋭利な眼光を走らせて敵の姿を見据える。だがメアはそれを恐れること無く、寧ろ楽しそうに顔をニヤつかせてその眼を直視しながら言った。
「お姉さん顔こわいよー? そんな顔してたらモテないってー」
「悪かったね。なにせ生まれてこの方、まともにモテた事はないんだ」
「じゃあ、魔族がお姉さんの初恋相手ってこと? 趣味悪いよ?」
「殴るぞ」
「はいはい、ごめんなさーい」
反省の色を見せること無くそう言って、眉間の皺を増やしたツェッペリンを尻目に、メアが可笑しげに笑い始めた。
たまりかねたツェッペリンが口を開く。
「おまえ――」
「でもさあ」
ツェッペリンが口を開きかけた直後、不意にメアがその笑顔を消して真顔でその言葉を遮った。突然のことに軽く息を呑んだツェッペリンに、それまでとは違う追求するような鋭い口調になってメアが言った。
「その顔、なーんか余裕なさげなようにも見えるんだよねー。何か隠してる感じがする。いつもそんな顔してる訳じゃないんでしょ?」
「……どうだろうな。お前が気に入らないからこんな顔をしているのかもしれないぞ?」
「まあ、それもあるとは思うかなあ……何となく理由もわかるし……でも、私はそうは思ってないんだよね」
「なら何だと言うんだ?」
ツェッペリンが険しい顔で追求する。その肩は僅かに上下していた。その様を見やりながら、メアが鋭い言葉の槍を突き出した。
「……それ、自分のコンディションがバレるの隠そうとしてる感じ?」
「――!」
「お姉さん、体力もう無いでしょ?」
「……」
図星だった。核心を突かれたツェッペリンが、額から嫌な汗を流す。
いくらツェッペリンになり身体能力が強化されたとは言え、その原型たる真弓は一般人だ。それもルカや大悟のような、叩けば伸びる育ち盛りと言う訳でもない。成長をあらかた完了させた大人の女性なのだ。まともに訓練を積んだわけでも、数多くの実戦をこなしてきた訳でもない。
その素体は、限りなく一般人なのだ。
その一般人が、曲がりなりにも訓練や戦闘経験を積んできた魔導士と長時間渡り合えばどうなるかは、自明の理だった。
「ああ、やっぱりそうだったんだ。お姉さん駄目だよー? ちゃんと体動かさなきゃー」
「お前が言っても説得力無いな」
「それを言われたらオシマイだけどさ……でも、こうなったら早く戦いを終わらせないとね」
「どういう意味だ?」
「どういうって、言葉通りの意味だよ? ……鎌よ、風のかーまよっ、と」
両掌を重ねあわせ、そこから左右に割り広げる。広げられた両手の間で風が収束し、それまでメアが振るい続けていた風の鎌が姿を現す。
それを両手で持ち、肩で担ぎ不敵に笑いながらメアが言った。
「お姉さん倒して、さっさと休ませてあげないとね」
「なに――」
ツェッペリンが口を開きかけた時、その眼前には鎌を高々と掲げたメアがいた。
「――を」
「それ!」
出しかけた言葉を飲み込んで大きく飛び退き、力いっぱい振り下ろされる鎌を紙一重で避ける。
前髪が鎌の放つ気流に巻き込まれ、何本か引き抜かれて宙に舞う。
翼をはためかせて急停止した時、その目の前には鎌を横に振りかぶったメアの姿があった。
速い。
「ほらほらほらァ!」
「くっ――!」
体を一瞬縮め、一気に伸ばして急上昇する。
「速すぎる。なんだあれは!?」
足の裏を気流がかすめていく。お構いなしに上昇を続ける。
「まだ逃げる! でも無駄!」
そう言って顔を上げたメアが左手首を回す。
「風よ、嵐よ、我が翼となりて我を導け!」
両足の裏で風が球状に凝縮する。
「こんぐらいで……ばーん!」
サッカーボール大に肥大化したそれが、風船が割れるような音を立てて一気に弾ける。そしてそこから生まれた風の流れが、メアの体をロケットのように真上へと押し出して行った。
「それが今までのスピードの正体か!」
「そういう事!」
レイスと同高度まで並んだメアが、両手で鎌を持ち上段に構える。
「そーれ!」
「くっ――!」
反応は出来ていた。しかし体がそれに追いつかない。
僅かに後退の遅れた胸に、風の鎌の切っ先が正中線に沿うようにして傷を刻みつけていく。白い肌が赤い服ごと縦に裂かれ、その隙間から僅かに血が噴き出されていく。
「ほら、やっぱり! お姉さん調子悪いでしょ!」
どこか勝ち誇ったようにメアが言った。胸元を押さえつけながら、苦しげにツェッペリンが返す。
「それよりお前、魔法は二つしか使えなかったんじゃないのか!? 話が違うだろ!」
「えー? そんな事言ったかなー?」
「ふざけるのもいい加減に――!」
「馬鹿じゃないの?」
背中で風の球体を破裂させ、急加速したメアがツェッペリンの眼前に躍り出る。
「敵の言う事いちいち信じてたら駄目だよ?」
「――」
体が――足が動かない。
避けられない。
「もうスタミナ無いんだね?」
「……ッ!」
鎌を振り上げる。酷くゆっくりに見える。
「安心して。一撃で終わらせるから」
メアが悲しげに目を伏せる。
ツェッペリンの中で何かが弾けた。
「逝っちゃいなァ!」
風の鎌がツェッペリンの銅を斜めに切り裂く。
切り口から血が吹き出し、ツェッペリンが声にならない叫びを上げる。
それはそれまでのものとは違う。明確に大ダメージと呼べる程の致命傷であった。
「……」
鎌を振り下ろした体勢のまま、メアは微動だにしなかった。
目の前には体を斜めに斬られたまま、体を後ろに逸らして直立を保ったツェッペリンの姿があった。だがそこには目を向けること無く、上体ごと顔を俯かせながらメアが言った。
「……馬鹿なんだから」
鎌を形成するために風をその形に固着させていた魔力を解除し、風を周囲に四散させる。
そして墓標のようにその場に静止するツェッペリンを見て、メアがどこか寂しげに言った。
「途中で降参しとけば見逃しても良かったのに……馬鹿なんだから」
「……」
そよ風が二人を凪ぐ。ツェッペリンは微動だにしない。
メアがそれに近づき、頬を軽く撫でながら続けた。
「意地張っちゃってさ……本当、私に勝つつもりでいたのかしらね」
「最初からそのつもりだ」
墓標から声が響いた。
メアが驚き、後ろに下がりかけた時には、反り返る反動で前に倒れてきたツェッペリンに上半身を抱きつかれていた。
「え――!?」
「馬鹿はお前だね。相手の戦闘不能を確認して、初めて勝負は終わるっていうのに」
もがくメアをがっしりと抱きかかえたまま、その耳元でツェッペリンが囁く。
「ましてや敵の前で武器を捨てるなど、最悪の行動だ。もう少し警戒したらどうだ?」
「最悪はどっちよ……! 私のこと、こんな風にペテンにかけてさあ!」
「嵌めたのはお互い様だろ」
そう返してから、ツェッペリンがメアの耳元から顔を離す。至近距離に映るツェッペリンの顔を、メアが真っ直ぐに見返す。
その瞳を見つめながらツェッペリンが言った。
「しかし私は腹が減った。体力も血も満足に残ってない。体の方もさっきので力の大半を使い切ってしまったから、もう首以外に満足に動かせなくてな」
「……え?」
ツェッペリンが嫌らしい笑みを浮かべる。その瞳が赤く光る。
メアが顔を引き攣らせる。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。お姉さん? ねえ、お姉さん?」
「さて、と」
「まさか、お腹すいたって、この状況でお腹って……嘘でしょ? ねえ?」
ツェッペリンが大きく口を開ける。
「ま、ま――」
「いただきます」
メアの真っ白な首筋にツェッペリンが勢い良く喰らいつく。
ツェッペリンが流したものと同じくらいの血しぶきが、夜の空に高々と昇った。
次回は、例の人がこっちに来ます。
それと新キャラ、新展開もあります。
あるとおもいます。
次回「搦手の女」
撃ちます撃ちます




