第七十四話「火と風」
「融合体、ねえ」
その少女は、漆黒の空間の中で自らの身体を浮かせ、低空で体を斜めにして膝を組みながら、興味なさげに目を細めてそう呟いた。
緑色のショートヘア。大きめの瞳に低い鼻。こちらの世界で調達した濃緑色のタンクトップと群青色のジーンズに身を包んでいた。
そして顔の高さまで持ち上げた左手に自身で生み出した風の渦を纏わせながら、少女が少年と一体の魔族のいる方へ首を向けて続ける。
「ゲインさあ、それ、本当に融合体なの?」
「さてね。『切り札』――遭遇した魔族の話じゃ、どうもそうらしい。僕もそう報告を聞いただけだから、実際はわからないよ」
「何それ。信用度ゼロじゃん」
その報告をした当人の前で、少女がバカにしたような乾いた笑い声を立てる。『切り札』は黙ってその様子を見つめていた。その少女の態度を半分無視しながら、ゲインが言った。
「それで?お前がこちらに寄越されたのは、戦力増強のためか?」
「まあ、そんな感じだね。この後も私と同じ魔導士がジャンジャン投入される予定だって、キリカが言ってたよ」
「魔導士が本格的に参戦するか……シェリル・ヴェーノが敵方に捕らえられたとなっては、もはや四の五の言っている状況ではないか」
「そういう事。それと作戦が変更されたのも聞いてるでしょ?シェリル・ヴェーノがとっ捕まったのはこっちの耳にも入ってるからさ、流石にその、魔法少女だっけ?それをほっとくのはマズイって、上層部も判断したらしいね」
「……」
「それにしても、シェリル消失は痛かったねー。それにこれ以上失敗したら、さすがのキリカ派『ナンバー2』ゲイン・カーティスマンと言えども、立ち位置とかマズイ事になるんじゃない?」
「……わかっている」
さも他人事のように楽しげに言ってのける少女に苛立たしげに答えながら、ゲインが寝返りを打つように体をゲインたちの方に向けたその少女に言った。
「それで、もう一人はどこなんだ?報告では後一人来ると聞いているんだが」
「ああ、あいつならね――」
「ここだ」
ゲインと少女の間に炎の渦が巻き上がる。
その炎は闇の空間を、そしてそこにいた三人を明るく照らし、一瞬ではあるがその周囲を昼のように明るくした。
そして渦が霧消した時、その中心部に一人の女性が立っていた。
ざっくばらんに切られたオレンジ色のショートヘア。意志の強さを滲ませる細長い瞳。レビーノの騎士に支給されている皮の鎧を纏い、革製の手甲とブーツを身に着けていた。腰に佩いていた長剣もレビーノでは一般的な、飾り気のないシンプルなものだったが、自身の武具と装身具に赤黒い塗装を施しているのは恐らく彼女だけだろう。
「……相変わらず神出鬼没だねえ、レイス」
レイスと呼ばれた少女の背後で、緑髪の少女が呆れたように呟く。首だけを後ろに向け、レイスが少女に返した。
「そなたは相変わらず怠けているな、メア。ちゃんと鍛錬はしているのか?」
「あーあー、何があっても二言には『鍛錬しろ』、『練習しろ』、レイスの小言はもう聞き飽きたよ」
「言われたくなかったら鍛錬をせよ。そんな事では、何時まで経っても己の技能は向上せぬぞ」
「はいはい、以後気をつけますー」
渋い顔を浮かべて小言をぶつけてくるレイスに口をとがらせてメアが言い返していると、ゲインがたまりかねたように片手を上げながら二人に言った。
「もういい。やめろ――とにかく、こちらに来てくれた事には感謝の意を表す。メア・オクトフェスト、レイス・スランブ、よく来てくれた」
ゲインの見せた形だけの謝辞に、『キリカ派』メア・オクトフェストは姿勢を崩さずに「はいはーい」と片手を上げて答え、『傭兵』レイス・スランブはしっかりと腰を曲げてお辞儀をした。
そんな二人の正反対な対応を見てから、ゲインがなんの感慨も抱かずに二人に言った。
「さて、二人にこちらの世界でやってもらう事なのだが、これについては此方に着く前に既に聞いているな?」
「モチでーす」
「把握している。問題はない」
「そうか。なら確認のために、一度ここで口に出して言ってもらおうか」
「……」
二人してそっぽ向いて黙る。ゲインが頭を掻きながら苛立たしげに言った。
「シェリル・ヴェーノの奪還!ルイとかいう魔法少女の撃退!そして『融合体』を含む、新たに確認された人間の組織の壊滅!」
「おお、そうだったそうだった。そんな感じだった、思い出したよー」
「私は忘れていたわけではない。思い出せなかっただけだ」
メアとレイスが息の合ったように同時に開き直る。爪が掌に食い込んで血が出るほどに手を固く握りしめながら、辛うじて平静を保ちつつゲインが言った。
「先陣を切る役目はお前たちに任せる。魔族たちも共に行動させる。良い結果を期待しているぞ」
「ゲインは仕事しないんだー?」
「……黙れ」
「はいはい、わかったよ。本当にゲインは冗談が通じないんだから……よっ、と」
静かに怒りの波動を流すゲインに動じることもなく、メアがベッドから起きるように上体を起こして地に足をつける。彼女の体を支えていた風が四散し、ゲインたちの髪を撫でるように揺らす。そしてレイスの横に立ち、フランクに形を崩した敬礼のポーズを取りながらメアが言った。
「それじゃあゲイン殿、行ってまいります。おみやげ、期待しててくださいねー」
「何か甘い物でも買って来よう。吉報と共に待っているがいい」
「……早く行け!」
これ以上顔も見たくないというふうにゲインが投げやりに返す。それを受けて、彼の眼前で炎の渦と、それと同規模の竜巻が巻き起こり、またすぐに掻き消える。
それが消えた時、そこに立っていた二人は既にその場所にはいなかった。
「ねえ、レイス」
「なんだ?」
夜明け間近の岩屋町上空。直角で構成された未知の町並みを眼下に収めながら、メアがレイスに言った。
「あの魔族の言っていたこと、本当かなあ?」
「融合体か」
「そうそう。なんかピンと来ないんだよねー。しょせん魔族の言う事だからさ、信じられないんだよねー」
「魔族は血の気が多いが嘘はつかぬ。少なくとも、私が相対してきた者達は皆、戦術は別として己の全てをかけて戦いに望んでいた」
「ふーん……やっぱり、傭兵稼業で色んな所飛び回ってると、そう言う考えとか持つのかな?」
「……そうかもしれぬな」
レイスがそう言って顔を上げ、空の彼方をの一点を見つめる。メアが腕を組んで、どこかつまらなそうにしながら尋ねた。
「……私達の所に戻る気はないの?」
「……」
『元』キリカ派、レイスの瞳をまじまじと見つめる。どこか縋るような響きでメアが言った。
「キリカの所にいれば、私たちを脅かすものは全て無くなる。彼女がバックについているってだけで、彼女に選ばれたってだけで、私たちの前途は安泰なんだよ?」
「……そなたと私は違う」
楽して生きる事を信条とするメアと、本能的に苛烈な戦闘行為とスリルを求めるレイスは、その心根からして正反対な存在であった。そんな二人を繋げる要素は、同じキリカ派であるという事と、二人が幼い頃からの友人であったという事だった。
「確かにそなたの言う通り、キリカの下に居れば苦労せずに生きられるだろう。だが私は、その様な生き方は嫌なのだ」
「メア……」
「だから私は親元から離れ、傭兵となって身銭を稼ごうと決めた。ギルドに入って宿舎暮らしをすることもせず、全てを独りでこなそうと決めた。金もない。時間もない。気も抜けない――だからこそ面白い」
レイスはそうやって、自分をどこまでも追い詰めることに快感と達成感を覚えていた。マゾヒストだった。
キリカの下にいたのでは到底味わえない感覚。
キリカ派というグループ自体が肌に合わなかったのもあるが、自分の願望を叶えられないというのがレイス出奔の一番の理由であった。
「私はキリカの下に戻るつもりはない。彼女の庇護を受けるつもりもない……メア、そなたの気遣いは有難く受け取っておくが、私にも譲れぬ物があるのだ」
「……本当、損な生き方だよね」
何年も友人として付き合ってきたが、メアは未だに、この様なレイスの考えが理解できずにいた。無理してわかろうと言う気も起きなかったが。
そんなメアの言葉を遮るように――これ以上問答をする気は無いと言うかのようにレイスが言った。
「さて、無駄話も終わりだ。行くぞ」
「はーい、はい。行きますよ行きますよ」
そんなレイスの心情に合わせるようにメアが素直に頷く。そして夜が明け、朝日が昇り始めた岩屋町へと、二つの影がまっすぐに降りていった。
次回は戦闘の回です。
やっと魔導士との戦闘が始まります。
やっとです。
次回「市街戦」
撃ちます撃ちます




