第七十三話「ラブ・イズ・オーバー」
ホールの壁に開けられた穴の向こうは細長い通路となっており、その左右に規則的に扉が設けられていた。そしてその扉の先は、それぞれ同じ構造をした個室となっていた。
個室の中は意外と広く、その中にはベッド。武器や道具をしまう棚。丸テーブルと椅子があるだけの簡素な作りだった。
「先にも言った通り、魔族にも人間と同じような形態の心が宿っている。泣いたり笑ったりもするし、不当な扱いを受ければ怒りもする」
真弓はその中央の通路の左奥にある自分の個室に、四人の客人をノワール共々連れ込んで話の続きをしていた。
「そして人間と同じ心を持っているがために、当然ながら恋もする。至極当然の流れだ」
「人間と魔族が恋するとか聞いたこと無いんですけど」
「それはお前が聞いた事がないだけだろう?」
ルカの反論をバッサリと流してから、真弓が横に座るノワールの肩に自分の頭を乗せる。
「私たちはこうして愛し合っている。前例が無いだけで、こうして好き合う事だって不可能ではないんだ」
「うへえ……」
「……いちおう聞いておきたいんですけど、馴れ初めはどんな感じだったんですか?」
自信満々に自分達の関係を見せつける真弓にルカが辟易したような表情を見せる。そしてその横で、好奇心にかられた大悟が控えめに真弓に尋ねる。
するとそれまで自身に満ちていた顔を一気に赤らめながら、目を逸らして絞り出すような声量で真弓が答えた。
「最初は、ただの好奇心からこいつを匿っていたんだ。面白い話が聞けるかもしれないと期待して、ボロボロのこいつを看病していた。でもこいつと話をして、親身になって接している内に、何というか、その……」
「……好きになっていた?」
真弓が己の長髪で目を隠しながら無言で頷く。絶句する未成年三人に対して、隼がさも平然と返した。
「始まりに理由なんて無い。恋愛なんてそんなもんだろう」
「いや、でも、流石にその理屈をここで振り回すのは……」
「あいつらは本気だぞ?」
引きつった顔で話しかけた大悟に、隼がそう言って真弓たちを顎で指す。
見ればノワールの細く角張った指が、自分に体を預けていた真弓の肩をしっかりと抱きとめていた。
それに嫌がる素振りを見せるどころか、どこか心地よさそうに喉を鳴らしながら真弓が目を瞑る。そして自らの腕をノワールの首に回し、とても幸せそうに笑みをこぼす。
「マユミ、今は控えたほうがいいと思うんだが」
「いいじゃないか。存分に見せてやったってバチはあたらないだろ?」
「……この我儘女め」
「お互い様さ」
肌色と黒色が交じり合う、異常な光景だった。
「……ああもうわかりましたよ」
その様子を見て、やがて観念したようにルカが言った。嫌々と言った感じだったが、それは魔族と人間が愛しあう事への嫌悪から来るものではなかった。
「わかりました、認めますよ。認めますからそうイチャイチャするのをやめてください」
「私達がどこでどうしようが勝手だろう?」
「見せつけられる人の気持ちも考えてください!」
「落ち着け、お前の言いたいことはわかる」
どこかむず痒い表情を浮かべながら、隼が真弓たちの方を見る。あんな甘々なじゃれあいを見せられれば断る気力も削がれるという物だ。
「見てるこっちが恥ずかしい……」
そう漏らした大吾も、隼たちと同じ気持ちだった。
「凄い、感動です……!」
その中でシェリルはただ一人、目を輝かせてその光景に見入っていた。
「こんな、こんな事が出来るなんて……!やはり魔族と人間は、わかりあえるんですね!」
今にも泣きそうだった。
隼たちは別の意味で泣きだしてしまいたかった。
一頻り恋人との抱擁を楽しんだ後、ノワールから離れた真弓は瞬時に真顔に戻って四人に説明を再開した。
「さて、何から話したらいいか……まずは融合について話すとしようか」
その態度の変貌ぶりに大悟たちは内心かなり驚いていたが、話をこじらせないために突っ込まないことにした。
何の妨害も受けることなく真弓が続けた。
「融合とは、その名の通り二つの事物を一つにする事だ。今回の場合は、魔族と人間を融合させて新たな存在を生み出す事を指す」
「それがツェッペリンというわけですか?」
「ああ。私とノワール、二人の愛の結晶だ」
「話をそらすな。続けろ」
「ちょっとくらいお遊び入ってもいいじゃないか……」
隼に無碍にされて真弓が口を尖らせる。だが隼に刃物のような鋭い視線で睨みつけられたために身の危険を察してか、渋々ながら真弓が続けた。
「とにかく、ツェッペリンが『融合体』と呼ばれる理由がこれだ。人間と魔族のハイブリッド。合体によって生み出された融合体。二つが一つになるのだから、当然ながらあらゆる能力が向上する。筋力、体力、瞬発力。肉体のベースは人間になるのだが、その全てにおいて、人間では得られない爆発的な力を発揮することが出来る」
「そして魔族の力の一部を使うことも出来る。例えば――翼を生やすとか」
「ああ。そういう事も出来る」
「いい事だらけじゃないですか」
隼の補足を聞いて、大悟が目を輝かせる。だが真弓は表情を暗くしながら、大吾に目を合わせて言った。
「ああ。確かにこの部分だけを考えればメリットしかない。魔導士と魔族が合体すれば、身体能力のみならず魔力そのものも強化される。だが残念ながら、この世には良いことしか無い物は存在しないんだよ」
「……何かあるんですか?」
大悟の言葉に一度頷いてから真弓が答えた。
「意識の問題だ」
「意識?」
「さっき、二つが一つになると言っただろう?この時、二人の意識――魂も一つに溶け合うんだ」
「……嫌な予感しかしない」
「ああ。この事は人間にとってはいい結果など欠片も齎さない。あるのは悪い結果だけだ」
「何が起きるっていうんだ?」
「意識を魔族に乗っ取られる」
隼にそう返してから、真弓は「いや」と呟いて自分で言い直した。
「人間の側の『意識』が、より強靭な魔族の『意識』によって呑み込まれるというか、食い殺されるというべきか。そして殺された意識――魂は二度と復活しない」
「そうなると、どうなるんです?」
「魂を破壊され、後には人間の形をした肉体だけが残る」
「そしてその肉体を魔族が乗っ取る、と。そういう事か?」
「ああ、そういう事だ」
そこで真弓が話を切る。部屋の中を重苦しい空気が流れる。その空気のまま、再び真弓が話し始めた。
「当然ながら、人間はそれを危惧した。ただでさえ人間に敵対意識を抱いている連中だ。隙あらば人間の魂を破壊して、自分が人間に成り代わろうと考えることは容易に想像できた。得られる力も強大だったが、それ以上にリスクが高すぎた」
「だから、融合を禁術にした?」
「そういう事だ。一般には知られていない、禁断の秘術だ」
「あ、あの、ちょっといいですか?」
真弓がそう言い終えたのと同時に、ルカが遠慮がちに真弓に言った。ルカの方に視線を合わせて真弓が尋ねる。
「なんだ?何か質問か?」
「は、はい。タチバナさん、というか、ツェッペリンのことについてなんですけど」
「ああ」
「ツェッペリンって、その融合体なんですよね?」
「ああ」
「融合自体も何度もしてる?」
「もちろんだ」
「ならどうして、タチバナさんは平然としてるんですか?」
「簡単な話だ」
そう言ってノワールの頬に人差し指を押し当てる。
「お互いを信じあっているからな」
「愛した相手をどうして殺さなければならないんだ?」
ノワールも不思議そうに返してくる。もはや反論する気も無かった。
そうしてルカが諦めたように顔を伏せていると、今度は大悟が真弓に尋ねた。
「じゃあ、今度は俺から質問してもいいですか?」
「ああ、構わんぞ。どんどん来い」
「なら遠慮無く……橘さんは、どうしてツェッペリンになろうとしたんですか?」
「……」
「どうして、魔族を解放しようと考えたんですか?」
「……惚れた弱みだよ」
小さく笑いながら真弓が言った。
「店の奥の自分の部屋で看病していた時のことだ。寝てるばっかじゃ暇だろうと思って、ノワールに本をやったんだ。キング牧師の伝記だよ。
その時は他意はなかった。たまたま目についた本がそれで、暇つぶし替わりにこれを読ませておけばいいかと軽い気持ちで貸し与えただけだった。ところが、その後私はカウンターに居座っていたんだが、それから三十分もしない内に、奥の部屋の方から泣き声が聞こえてきたんだよ」
「おい、マユミ」
ノワールが咎めるように真弓の腕を掴んだが、真弓は気にせずに続けた。
「何事かと思って部屋に入ってみたら、ノワールの奴、キング牧師の演説の辺りを開きっぱなしにして号泣してたんだ……よほど衝撃的だったんだろうな」
「……『私には夢がある』、か」
「そう。それだ」
隼の言葉に相槌を打ってから真弓が続けた。
「魔族特有の戦闘本能ってやつも、その時は疲労とその本のお陰ですっかり鳴りを潜めていたらしい。それが理由かは知らんが、それからノワールは、自分たちの置かれた境遇を淡々と話し始めたんだ――真っ当な命として顧みられる事のない、自分たち魔族の境遇をね」
真弓が遠い目で天井を見つめる。その瞳の裏側には、その時の情景がありありと浮かんでいたのだろう。
視線を今に戻して真弓が言った。
「それにその時、私は既にこいつに惚れ込んでいたんだ。だから『もっとこういう本が読みたい』と言うノワールの要求に、私は素直に従った。そういう奴は、本屋に行けば大抵置いてあるから、かき集めるのは容易だった。
私が集めた本を、ノワールは必死になって読んだ。そして何十冊めかの本を読み終えた時、私にこう言ったんだ。『俺にも同じことが出来ないか』とね」
俺はキング牧師になりたい。ノワールはそう言った。
それが決め手になった。
告白もその時にした。
私はノワールを支えてやろうと誓った。
真弓は静かに言った。
「融合体の事も、その時聞いた。何とかなるだろう、いや、なんとかしてみせるとは思っていたが、しっかり活動していれば本当にどうにかなってしまうものなんだな」
「好きな人のために、そこまでやれるなんて……」
「……恋は盲目とは、よく言ったものだ」
大悟が呆れ、隼が静かに漏らした。どちらにも嘲笑の響きは欠片も無かった。
それに小さく笑いながら、真弓が言った。
「確かに、今考えてみると、軽率にも程があるな」
「でも、後悔してないんですよね?」
「ああ。ノワールがいてくれるから、私は強くなれる。だから、私もノワールを――」
そして四人を、そしてノワールを見ながら、力強く真弓が宣言する。
「ノワールは私が守る」
その後も真弓の話は続いた。
倉庫に眠ってあった自分が買ってきた品物を売って資金を作り、魔族たちの生活費に充てる。ツェッペリンとなってノビた魔族を回収して味方を増やす。そして魔族の賛同者を用いて倉庫の下にこの城を作り上げる。城自体は百パーセント魔族の力で作ったため、タダで完成させることが出来た。
その話の最中、ノワールは真弓が傍にいたからこそここまで出来たと語った。真弓もまた、相手がノワールだったからこそここまで支えることが出来たと返した。
ツェッペリンが魔族たちを回収できたのは、ルイやガットが尽力したためでもあった。だがその時ひったくりのように魔族を攫っていったのは、紛れもなく彼女たち自身の働きによるものだった。攫った魔族を説得し、仲間に引き入れたのもそうだ。
それは真弓とノワールが出会ったというほんの少しの幸運と偶然、そして二人の行動力によって生じた結果だったのだ。
「……恋って、凄いね」
そんな真弓たちの話を聞きながら、素直に感心してルカが言った。
恋のためにここまで出来るのか。
大吾とシェリルはただ頷くしか無かった。
次回は新キャラが出てきます。
念願の魔導士です。
新キャラ魔導士、堂々誕生です。
二人の魔導士がどのように関わっていくのか、ご期待ください。
次回「だからやめろって言っただろ、三人にしたら面倒しか起きないんだよ」
撃ちます撃ちます。




