第七十一話「イミグラント・ソング」
自分がツェッペリンである。
その事実をあっさりと認めた真弓は、その後自分が答えたのだからと言う理由から、隼たちの素性について怯むことなく尋ねたのだった。ここまで来て特に隠す理由も無いので、四人は全てを正直に話す事にした。
隼の正体を知った時、真弓は自分の正体が割れたのも当然かと軽く頷いた。
「前にツェッペリンがルイを拉致した時、奴はある倉庫にルイを招き入れた。その倉庫の持ち主を調べた結果、持ち主の名前が橘真弓だと判明した」
「なるほど。そしてガットのエージェントが直々に私の所に来たと……いや、まさか本物に出会えるとは思わなかったよ」
「我々の存在を知っていたのか?」
「まあ、眉唾程度にはね」
隼と共に現れた見知らぬ少女がシェリル・ヴェーノだと知った時、真弓は目を白黒させた。
「お前がツェッペリンであると言う事の裏を取る際に、彼女に協力してもらった。お前の持っていた倉庫の『気配』を消去し、それ以外に何か、異質な気配を感じないか彼女に探知してもらったんだ。な?」
「はい。そうしたら、あの倉庫の何処か、どこか遠い所に、微弱ながら魔族の気配を感じました。それで恐らく、隼さんはあなたがツェッペリンである事を確信したようです」
「その通りだ。ツェッペリンは魔族の解放を謳い、そのために魔族を回収して回っていた。確実な証拠とは行かないまでも、揺さぶりをかけるだけの素材にはなる――まあ、実際はそんな事をする間もなく自分から折れてくれたわけだが」
「……なるほど、『最大戦力』も使いようと言う事か。げに恐ろしきは汎用性、か」
「――私の二つ名を、どうして知っているんですか?」
「私の連れが教えてくれたのさ。なに、後でちゃんと会わせるよ」
「……ところで、お前の第一目標が目の前にいる訳なんだが、戦わないのか?」
「今の状況から考えるに、魔導士はガットの手に落ちてるんだろ?その上でなお戦うつもりは無いよ」
そしてルイの正体を知った時、真弓はそれまでの中で最も驚いたリアクションを見せた。その驚きようと言ったら、それを知るや否や目を見開き、椅子を後ろに蹴倒して立ち上がってしまった程だった。
「……まさか、お前たちだったとはね……」
「あ……その……」
「……ごめんなさい」
「いや、別に謝らなくてもいい。隠してたのはこっちも同じだったんだし、おあいこだ。ただちょっと、少しびっくりしただけだからさ……だから、なんだ、これからも遠慮しないで、暇な時はいつでも来るといい」
「いいんですか?」
「客を選り分けるつもりは無いよ。それでもって、店に来たついでに何か買って行ってくれたら、言う事なしなんだけどね」
「際どい物は買うなよ?」
「隼さん、変な想像止めてください」
そうして互いの秘密を打ち明け終えた後、真弓は四人を連れて自分の所有している倉庫の前までやって来ていた。
青い扉を僅かに開ける。軋んだ金属音を鳴らしながら隙間を作り、その中にするりと入っていく。四人も慌てて中へ続く。
倉庫の中はあの時と変わらなかった。コンテナの群れが一定の間隔を空けて横向きに規則正しく並べられており、一番手前のコンテナの前には白いテーブルと椅子が置かれていた。
彼らが中へ入った時、真弓は真ん中辺りにあるそのコンテナ同士の間へと入っていった。そして中ほどまで進んで、目の前にある『57』とマーキングされた黄色いコンテナの扉を開けた。
中身は空っぽだった。
「おい、待て。待て」
そしてコンテナの中へ入ろうとしてた真弓の下へ、四人が息を切らしながら駆け足でやって来た。四人の気持ちを代弁した隼に、真弓は少し肩を竦めてから返した。
「ああ、すまない。つい急ぎ足で来てしまった」
「急ぎ足だと? 我々を撒くつもりだったのか?」
「逆だよ。皆に見てもらいたいものがあってな、それを早く見せたくて、居ても経ってもいられなかったんだ」
そう言いながら真弓がコンテナの中を指さす。薄暗いコンテナの奥の方、床の部分に、正方形に区切られた蓋のような物があった。
「ハッチか?」
「そうだ」
真弓が言いながらその近くまで進み、取っ手を握って引き上げる。
蓋は苦も無く上へと開けられた。そして蓋の中には吸い込まれそうなくらいに真っ暗な深淵と、その深淵の中へと続く階段があった。
「……どこに連れて行くつもりだ?」
「地底ツアーだよ」
呆気にとられながらも放たれた隼の言葉に、真弓が冗談めかして答えた。
予測不可能な展開の連続を前に、もはや誰も笑えなかった。
階段は螺旋式になっていた。手すりに手を掛けながら、慎重に地下へと降りていく。
周りは闇一色で、自分たちと階段しか見えなかった。
圧倒的な圧迫感と孤独感を全身に感じた。
五人ならともかく、一人でこんな所を歩いていたら間違いなく発狂するだろう。
真弓の後ろを行く四人は精神的な疲労から汗を流し始めていたが、それでも歩みを止める者は居なかった。
体を動かしていないと自ら思い描いた妄想――無謬の闇の彼方で蠢き、こちらをじっと見つめている恐怖の存在のイメージに精神を侵食され、狂ってしまいそうになるからだった。
実際の距離は短かったが、精神的には砂漠を徒歩で横断するが如き苦行と化した行軍の末に、一行は前方に赤茶けた大扉が控える広大な通路に到達していた。
彼方に見える扉は上部がアーチ状になった造りをしており、その高さは優に五メートルはあった。そして人間の手の届く位置には真円状のドアノブが掛けられていた。
天井はその扉よりももっと高い位置にあり、道幅は扉と同じくらいに広く、四人が横一線に並んでもまだ余裕があるほどの広さだった。通路自体は五十メートルほどの長さで、整備された地面はゴツゴツとしていて、踵で叩いてみると乾いた硬質の音が辺りに響いた。
「凄い……」
「まさに秘密基地って感じだね……」
通路を歩きながら、想像していたよりもずっと広大で開放感のある情景に大悟とルカが呆けた表情で漏らし、ルカの横に立ったシェリルが得心した様に呟いた。
「この魔力の残滓……やはり、彼らは……」
「これは、お前が掘ったのか?」
四人の中で一番前に立っていた隼が、片方の眉を上げながら後方の真弓に言った。僅かに顔を上げ、振り返ることなく真弓が返す。
「正確には、私たちがだ。自分一人でこんな空間は作れないよ」
「私たち?」
「あの扉を開ければわかる――まあ、本当はあなたも把握しているんじゃないか?あの向こうに何があるのかを」
「……」
隼が押し黙るが、それに対して何のリアクションも返さずに真弓が前を向いて歩き続ける。後ろではルカの他三人が物珍しそうに周りを見回していた。
やがて四人が扉の前に到着する。遠目からでも巨大に見えたそれは、間近で相対してみると更に高く眼前に聳え立ち、より一層の圧力を放って四人に無言のプレッシャーをかけていた。
思わず一歩退いたルカ達を尻目に、真弓がドアノブを掴んでゆっくりと引っ張る。
扉は音もなく開いた。人一人入れるだけのスペースを確保し、脇にどいて真弓が言った。
「さ、中にどうぞ」
目を細め、唇の端を吊り上げる。その顔は明らかに楽しんでいる顔だった。開けられた隙間から僅かに白い光を漏らす扉が醸し出す言いようのない静けさ不気味さと、扉の向こうを見た時の反応を期待している真弓の態度に全員が一瞬躊躇いを覚えたが、やがて大悟が前へと歩き出した。
「おい」
自分の前を通り過ぎた辺りで、隼が心配する様に大悟の肩に手を乗せた。
「無理はするなよ?」
「……大丈夫。大丈夫です」
それに対して硬い笑みを浮かべながら返して、その手を優しく払って再び前へ歩き出す。
扉の目前に立つ。開いてない方の扉に手をかけ、慎重に光の中へ体を進めていく。
大悟の体が完全に扉の向こうへ消える。
中から人間の短い悲鳴が木霊したのは、その直後の事だった。
「ダイゴ!」
ルカが叫ぶ。隼が駆け出して開きかけの扉の縁を掴み、引きちぎれんばかりの勢いで引っ張って外側に向けて開け放つ。
全員で中に乗り込む。
そこは扉と同じく天井が緩やかに弧を描いて構成された通路であった。前方にもう一つ扉があり、そこに至るまでの道の両側に存在する壁には一定の間隔を置いて何本もの出っ張りが突き出してあり、それは天井に沿ってアーチを描いて、そのまま壁を伝って反対側の床に接地していた。
ルカ達にそれは見えていなかった。
真っ先に大悟の姿を探す。ルカの視線が地面を走る。
「ダイゴ!」
腰を抜かして地面にへたり込む大悟の姿が映る。ルカに続いて隼とシェリルの視線がその背中に突き刺さる。
大悟はこちらに気付いていないようだったが、大悟が無事な事を確認出来ただけでもルカ達は満足だった。
「よ、よかった……」
「まったく、心配をかけさせる……」
三人揃って安堵した後、そこから視線を一気に上へ引き上げていく。
そして顔を水平にして目の前の光景を目の当たりにした瞬間、三人は一斉に目を見開いてその場に硬直した。
「お、お前ら――」
四人の眼前に立ち尽くす『それ』が、驚いたように言葉を発した。
「人間だと?タチバナ以外の人間がどうしてこんな所に?」
茶色い肌。ガッシリとした体躯。頭から伸び、捻じ曲がった二本一対の角。爛々と赤く輝く瞳。背中に斜めに背負った長槍。
魔族。
「さてはお前ら、レビーノから来た刺客だな?俺たちを捕まえるか、殺すためにここまで来たんだろ?そうに決まってる!」
ルカ達の姿を見てからたった数秒で、魔族の一人がそう決めつける。根拠も何もない傍迷惑な言いがかりだったが、その魔族の次の行動は、立ち直った隼が抗議の言葉を放つ動きよりもずっと速かった。
「お」
「そうは行くか!ここは俺たちの城だ!これ以上先には進ませないぞ!」
「おい、話を」
「さあ、かかってこい!門番の意地、今ここで見せて――」
「待ちな!」
隼の発言を握りつぶしながら背中の長槍を手に取り、眼前で一回転させてから切っ先をルカの鼻先に突きつけた魔族を真弓が一喝する。その直後、その魔族はそれまでの意気軒昂さが嘘のように縮み上がり、すっかり背を丸めて委縮しきっていた。
硬直しているルカ達の間をすり抜けて、魔族の前に立って真弓が言った。
「刺客とかじゃないよ。彼らは私の客だ」
「へ、へえ。すいません、タチバナ」
「いや、いい。職務に忠実なのは優秀な証だ」
「それはもちろん。自分はどこまでも今の仕事に誇りを持っておりますから」
そう言って背筋を伸ばす魔族に優しく微笑みかけた後、未だ固まっているルカ達の方を向いて真弓が言った。
「すまないね。こいつには、私以外の人間はまず敵と思えって念を押しておいたんだよ。だからお前たちの事も敵と思ってしまったんだ」
言葉を紡ぎながら腰を抜かしていた大悟の元まで近寄り、そっと手を差し伸べる。
「ほら、立てるか?」
「あ――?」
それまで放心していた大悟が目の前にかかる影に気付くと、我に返ったように体を震わせ首を振り回す。そして頭上の真弓の姿を認識すると共に、差し出されたその手を恐る恐る握り返した。
「ダイゴ、大丈夫!?」
「ああ、うん、平気。中に入ったらいきなり魔族の姿があって、それでつい腰を抜かしただけだから」
「いや、本当に済まない。こちらとしても、そこまで驚かせる気は無かったんだ」
立ち上がった大悟にルカが駆け寄り、真弓が申し訳なさそうに謝辞を述べる。そして更に遠方に見える扉を指さしながら、四人を次々に見回して言った。
「さて、ここは謂わば中庭だ。あの扉が『正門』であり、あれを抜ければ本当の我々の『城』に辿り着く」
「……随分と回りくどい構造なんだな」
「これも侵入者対策の一つだ。ロックを二重にすれば破られる確率も減るし、時間稼ぎも出来る。そして――」
真弓が指を鳴らす。
「時間を稼ぐ中で『敵』を倒すことだってできる」
出っ張りの影から魔族が姿を現す。
一体ではない。全ての出っ張りの裏から、何十もの魔族が一斉に外へと現れ出る。
その全員が武装し、目を細めてルカ達に純粋な敵意をぶつけてくる。
現出した魔族の一人が、手にしたラジカセのスイッチを押す。
ラジカセから音楽が流れ始める。
「歓迎するよ、皆。私たちの城へようこそ」
レッド・ツェッペリン。『移民の歌』。
「ゆっくりしていくといい」
「……やっぱり変ですよ、あなた」
ツェッペリンがかつて自分にしたことを思い出し、ルカがひきつった顔で言った。
次回は、真弓の過去と、なぜ彼女がこんな事を始めたのかを書いていきたいと思っています。それと並行して彼女の城の中身と、ツェッペリンの『本当の』正体を明かします。
次回、『MOLE』
撃ちます、撃ちます。
※タイトルは便宜上の物であり、予告なしに変更される可能性がございます。ご容赦ください。




