第七十話「化けの皮がはがれる時」
買い物を済ませ店を出てから、「ついてこい」と言う隼の言葉に従ってルカ達は町中を歩くことになった。四人はそれぞれ、その腕に買い物袋を一つずつ提げていた。
大半がシェリルの替えの服だったが、その中には隼の買った服も含まれていた。
敢えて誰も何も言わなかった。
「私、本当は後ろめたく思ってるんです」
そうシェリルが申し訳なさそうな顔でルカ達に話しかけたのはその道中での事だった。突然の言葉に不思議そうに眉を寄せながらルカが返した。
「それって、どう言う事ですか?」
「皆と一緒に買い物をしている時は、とても、本当に楽しいです。ですが時々、自分だけこんなに楽しそうにしていていいのかと、思ってしまう時もあるんです」
「……一緒に戦ってた魔族を放っておいて、自分だけ?」
大悟の言葉に、シェリルが小さく頷く。ルカが驚いたようにシェリルを見たが、敢えて言葉には出さずに黙っていた。
それを察してか、シェリルが小さく笑みを浮かべながらルカに向かって言った。
「ルカさんが驚くのも無理は無いと思います。なにせ向こうでは、魔族はおよそ『権利』と言う物を持つことが許されていませんでしたから。そんな者に同情を寄せると言う行為が、ルカさんにとっては不思議で仕方ないのですよね」
「いや、それはその……はい」
事実だったので、ルカは小さく頷いた。怒ることなくシェリルがそれに答えた。
「確かにレビーノに生きる者にとっては――いえ、こちらの世界の人たちにとっても、彼らの存在は恐ろしく、強大で凶悪な物に見えるでしょう。しかし、私にとって彼らは、この世界で共に戦った同志であり、そして――」
言葉を切り、顔を上げて視界を空に移す。
澄み切った青い空。眩しい程に穢れない青を目にしながら、力強くシェリルが言った。
「私は、彼らを助けたい」
ルカと大悟の足が止まる。隼が驚いて後ろを見やる。
シェリルが言葉を紡ぎだす。
「彼らは、無意味に虐げられています。人間の一方的な悪意の波に曝されて、権利を剥奪され、僻地へと追いやられている……私は、そんな今の状況がとても許せない」
父の教えの下で。自分自身の信念の下で。
「私は、魔族に救いの手を差し伸べたいのです」
「……」
誰も何も言わず、ただその場に立ち尽くしていた。既に彼らは人通りの無い地域に来ていたので、その場に留まる事は可能であった。
シェリルの突然の告白に、ルカも大悟も二の句が継げずにいた。ルカは友人の言っている言葉にただ目を白黒させるだけだったが、この時大悟は、ある一人の――ある一体の存在を脳裏に思い出していた。
「……それは本気なのか、シェリル」
シェリルの方を向いて隼が言った。隼を見返し、シェリルがしっかりと頷く。
そしてそれを受けて、瞳を鋭くしてシェリルに対して隼が放った言葉は、そんなシェリルの心を深く揺さぶるのに十分な威力を持っていた。
「お前の願い、ひょっとしたら叶うかもしれんな」
「え――?」
「間違えるなよ。我々が直接手を下そうとかそういう理由ではない。今から私たちが向かう場所に、お前と同じ考えを持っている奴がいると言う話だ」
「そ、それは本当ですか?」
「隼さん、それって」
詰め寄るシェリルと追及せんとする大悟を抑え、そして背を向けてから背中越しに隼が言った。
「いいからついて来い」
それ以上の言葉は聞かないと言外に告げていた。
見ればわかる、会えばわかるとも、その背中が語っていた。
この時頭に焼きついたイメージは、大悟の脳の中から離れることは無かった。
やがて四人が到着したのは郊外にある巨大な倉庫だった。
「あれ、ここって」
買い物袋を片手に提げながら大悟が呟く。同じように買い物袋を持ちながら、ルカも大悟と同じく呆気にとられた表情でその倉庫を見上げていた。
「隼さん、ここって」
「ああ。以前、お前たちが拉致られた所だ」
シェリルの持っていた分の荷物を受け取りながら隼が返し、そのシェリルの耳元で何事かを囁く。
「……頼めるか?」
「わかりました」
隼の言葉に頷いてから、シェリルが一人倉庫の所へ近づく。そしてその巨大な扉に手を当て、目を閉じて精神を集中させる。
誰もが黙っていた。何をしているかはわからなかったが、シェリルの邪魔をしてはいけないと思ったからだった。
やがてシェリルが手を離して一歩後ずさり、大きく肩を落として息を吐く。そしてルカ達の下へと歩み寄って行き、隼の前に立って複雑な表情を浮かべて言った。
「たぶん、『当たり』だと思います」
「そうか」
「とても遠い所にいるからなのか、伝わってくる感覚は非常に微弱でした。でも――感じられました」
「……わかった。手間をかけさせて済まないな」
「あの、何の話なんですか?」
二人の間に入って尋ねてきたルカに、隼が意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「なに。すぐにわかる」
そして三度隼に連れられて辿り着いた場所を見て、またしてもルカと大悟は顔を強張らせた。
「隼さん、ここって」
「ん?この店の事は知っているのか?」
「知っているも何も……」
『宝飾 タチバナ』。
傾いた看板の立つ、その入口の前に四人は立っていた。
「まあいい。入るぞ」
二人の反応をさして気にする風もなく、店の扉を開けて隼がズカズカと吸い込まれるように中に入っていく。それを見たルカと大悟も慌ててその後を追い、最後にシェリルが続いて丁寧に扉を閉めた。
中は相変わらず混沌としていた。しかも今回は四人だ。
息が詰まるような圧迫感の中で、真弓はいつも通り店の奥のカウンターにいた。
「おや、いらっしゃい……随分と大所帯だねえ」
ルカ達の姿を認め、次いで初めて見る二人に目を向けて真弓が驚いたように言った。訝しむルカと大悟、そして初めて見る物だらけでせわしなく頭を動かしているシェリルを差し置いて、隼が大股でカウンターへと近づき、やがて真弓と相対する。
静かに、そして冷やかに真弓を見下ろしながら、隼が言った。
「橘……橘真弓だな」
「ああ、そうだけど……あなたは?彼女たちの親御さんかい?」
「まあ、そう言った所だ」
笑うでもなく冷静に返しながら、隼が真弓を冷たい視線で見下ろす。
「一つ、確認したいことがある」
「なんだい?誓って言うけど、私は彼らに如何わしい物は売りつけてないよ」
「そちらは何の心配もしていない。あいつらはもう子供じゃないんだからな――私が聞きたいのは別の事だ」
「そうかい。何が聞きたいんだい?」
姿勢を低め、隼がカウンターに肘をつく。隼と真弓の視線が水平線上に交錯する。
隼が言葉の剣を振り下ろす。
「お前がツェッペリンだな」
場の空気が凍りつく。
「……え?」
首だけが動いて、カウンターの二人を背後にいる三組の視線が突き刺す。
隼が冷たい視線で真弓を睨んでいる。
真弓が懐から葉巻を取り出し、先端を切り落としても片側に火を点ける。
「……ああ、そうだけど?」
そして反論するでもなく、煙交じりに真弓がそっけなく返す。
その顔は笑っていた。




