第六十五話「フレンズ」
件の魔法少女――ルイの気配を辿って数体の魔族が彼女がいると思しき所にまで飛んできた時、そこにはルイではなく、代わりにシェリル・ヴェーノが一人で立ち尽くしていた。
「あ?違うぞ?」
「おい、ルイとか言う女がいないぞ。どう言う事だ?」
「おかしいな。確かにあいつの……鉄みたいに冷たい魔力の気配がここからして来たんだが……」
「あの、どうかされましたか?」
口々に言い合う魔族達に対してシェリルが首を突っ込む。すると魔族が一斉にシェリルの方を向き、そしてその内の一体がシェリルに言った。
「なあ、あんた、ここいらで女を見なかったか?」
「女、ですか?」
「ああ。真っ黒な服装して、『ジュウ』とか言うヤバいもん振り回すおっかない女だ」
「ルイって言う女だ。俺たち、あいつの後を追ってここまで来たんだ。何か知らないか?」
「そうですねえ……」
顎に手を置いて考える素振りを取った後、シェリルがにこやかに、そしてはっきりとした口調で魔族達に言った。
「申し訳ありません。私もその、ルイ、と言う人にはまだ会っていないんです。何分、私も今ここに来たばかりでして……」
大嘘だ。ルイ、もといルイを構成していたルカともう一人の少年は、目の前の魔族達の接近を感知してからシェリルが自ら隠していたのだった。
表ではポーカーフェイスを気取っているが、シェリルの心臓は今、嘘を吐いている事に対しての罪悪感と、自分の嘘がバレるんじゃないかと言う焦燥感で内側から破裂しそうなくらい激しく拍動していた。
だが魔族達はさしてそれを疑うことも無く、シェリルの言葉を受けてそれぞれ残念そうに毒づいた。
「そ、そうか……」
「そいつは残念だ」
「くそ、あと一歩の所で」
随分とシェリルの言い分を素直に受け止めた魔族達だったが、これはそれだけ、シェリルが曲がりなりにも魔族達に信用されていると言う事だった。
それだけに余計心が痛む。だが躊躇う訳にはいかなかった。
「私も、この後で方々を探し回ってみます。皆さんは、ここより他の場所を捜索してください」
ルイとルカの関係を知られる訳にはいかない。例えルイがルカであると言う事がバレなかったとしても、魔法の使えないルカが『異界の人間』と認識され、その場で攻撃される訳にはいかなかった。
それはルカを守ろうとする純粋な感情が発露した結果であり、そして同時に――厭らしい話だが――久しぶりに再会したルカとの対話を魔族に邪魔されたくないと言う個人的な理由も絡んでいた。
「お、おう。わかったぜ」
「あんたも気をつけてな。それと、ルイを見つけたら真っ先に俺たちに知らせてくれよ」
「あいつを倒すのは俺たちの仕事だからな。いくらあんたでも、俺たちに黙ってルイと戦ってたら承知しないからな」
「はい、わかっています。彼女を見つけたら、まず一番にあなたたちにお知らせしますから、安心してください」
キリキリ痛む胸を抑え付けながら、取ってつけたような笑顔でシェリルが言った。
魔族がシェリルと合流し、そして彼女との会話を終えてそこから飛び去っていくまでの間、ルカと大悟はシェリルの真横に付き添うようにしてじっと立っていた。
シェリルの能力によって、自身の『気配』を『消去』された状態で。
「……バレないもんだね」
「俺たち、さっきからずっとここにいたって言うのにね」
空を行く魔族の姿が豆粒ほどの大きさになったのを見てから、呆れたようにルカと大悟が言い合う。気配は消せても『音声』――空気の振動までは消せなかったので、魔族がシェリルと話している間、彼らはただ黙ってじっとしているしかなかったのだ。
おそらく、シェリルが消せるのは一つのカテゴリまでなのだろう。大悟は無意識の内にそう推測していた。
ミサイルが直撃し、その後纏わりつく煙を払ってレーザーを撃って地面に溝を付けた一連の行動に対しても、あれは『ミサイルのダメージ』『纏わりつく煙』『接触した地面』をそれぞれそのカテゴリ別に分け、人間に感知できない速さで瞬時にチャンネルを変えるようにして、『順々に消していった』結果なのだろう。
そして今、彼女は自分たちの『気配』と言うカテゴリに属する物を消している。だから『音声』までには手が回らないのだろう。そう頭の中で結論付ける傍らで、大悟はそんな風に冷静に『敵の弱点』を考えている自分が酷く卑しい存在であるかのような、胸糞の悪い感覚を覚えていた。
友人と再会したルカに対しての申し訳ない気持ちも多分に含まれていた。
「ありがとうございました。私の言う通りに従ってくれて、本当に助かりました」
大悟がそう分析をしている横で、『気配消去』の魔法を維持したまま、指示通り黙っていてくれた二人にシェリルが恭しく礼をしながら言った。誰がどこで見ているからわからないがための当然の措置であったが、顔を横に向けてどこから聞こえてくるかわからない声に受け答えをするシェリルの姿は、傍から見れば非常に奇怪に見えた。
だがそんな事はお構いなしに、シェリルは久方ぶりのルカとの会話を楽しんでいた。そして当のシェリルによる大袈裟なまでの謝礼に気恥ずかしさを覚え顔を赤くしながら、やや早口にルカが言った。
「い、いや、その、シェリルさんの頼みだから無下にできないって言うか……とにかく、友達からの頼みは裏切れないって事ですよ」
「と、友達……私たちが、ですか?」
ルカの浮かべる満面の笑みが、シェリルの良心を傷つける。
あの時、自分はルカを傷つけたと言うのに。
「ですが私は――」
だがそう言おうとして、再び口を開こうとしたシェリルを制するように、ルカがシェリルの肩を叩く。突然の事にはっとするシェリルに、笑みを向けながらルカが言った。
「それはそれ。これはこれです」
「え――?」
「私は気にしてませんよ。攻撃したのはこっちも同じなんだし、おあいこですよ。それに」
「それに?」
「私、ずっと前から、シェリルさんと友達になりたいなって思ってましたから」
「私と……?」
学園にいた頃、シェリルはベリーやキールと同じくらいルカの事を何度も助けていた。ルカがそれに対して感謝を覚えない日は一度も無かった。
そして助けられる度に、ルカはシェリルともっと仲良くなりたいと思っていた。しかし相手は絶対的な力を持つ生徒会長。自分如きでは相手にならない高嶺の花。
それでも、ルカはシェリルと友達になりたかった。単なる『憧れの存在』で終わらせるのではなく、彼女の横に並んで歩きたかった。そしてその上で、彼女に正面から、心からのお礼が言いたかったのだ。
魔法を使えるようになる。ルカの時空跳躍の切欠であるその目的の裏には、そのような事情もあったのだった。
「私、ずっとシェリルさんに憧れてたんです。強くて、優しくて。だから私、魔法を使えるようになって、その魔法であなたに恩返しがしたかったんです」
「だから、二つ返事で私の提案を受けた……」
「もちろん、ベリーやキールの事も忘れてませんよ。二人にも迷惑かけっぱなしだったし。だから私、魔法を使えるようになって、みんなに恩返しがしたいんです」
「そうだったのですか。あなたが魔法を使おうと決心したのは、私が理由の一つであると……しかし、何もそこまで思いつめなくても」
「ルカは頑固なんですよ」
それまで二人を慮ってじっと黙っていた大悟が、漸くと言ったように口を開く。シェリルに向けた言葉が敬語だったのは、ルカが敬語で喋っているのがうつってしまったからだった。
「会って少ししか経ってない俺が言うのも変なんですけど、ルカは頑固なんです。優しそうに見えて、実はかなり頑固なんです」
「……ダイゴ、怒るよ?」
「でも事実でしょ。コーヒーに入れる砂糖を控えろって言っても全然控えないしさあ」
「仕方ないじゃん!コーヒー苦いんだもん仕方ないじゃん!」
「入れるなとは言ってないから、せめて量を控えるようにと何度も――!」
「あ、あの?話が見えなくなったのですが……」
「あ――ごめんなさい。ちょっと脱線しました、ごめんなさい」
二人の喧嘩に控えめに割り込んできたシェリルの姿を認めて、申し訳なさそうに大悟が咳払いをする。そしてルカも渋々黙りこくり、それを見た後で大悟がシェリルに言った。
「とにかく、ルカは一度これって決めたら譲らない性格なんです。だから多分、あなたが嫌って言ってもルカは絶対引かないと思うんです――ね、ルカ?」
「ぐっ……言いたい放題言っちゃってさあ……まあ本当の事なんだけど……」
話を振られたことに愚痴をこぼし、そして若干開き直るようにしてルカが言った。
「まあ、ダイゴの言う通りです。私は絶対に魔法を使えるようになって、シェリルさん達に恩返しするんです。こればっかりは譲れません」
「……そうですか」
ルカの力強い言葉を受けて、説得は無理と悟る。そもそもルカを説得すると言うこと自体が見当はずれな事だったのだが。
一度目を伏せ、そして再び顔を上げて清々しい面持ちでシェリルがルカに言った。
「では、改めて、よろしくお願いしますね――その、友達として」
「……はい!」
ルカが満面の笑みでそれに答え、つられるようにシェリルも笑みを浮かべる。そしてすぐに笑みを残したまま、その視線を大悟の方に向けて言った。
「それと、そちらのあなたも」
「え?俺ですか?」
「はい。ぜひ友達になりたいのですが……駄目でしょうか?」
「それは――」
裏の無いシェリルの言葉を受けて恥ずかしげに頭を掻きながら、やがて大悟がそれに答える。
「もちろん――俺なんかでよければ」
大悟の笑顔はどこか後ろめたさを残していた。




