第六十四話「ラスボス/シェリル・ヴェーノ」
シェリルの浮いていた所から爆音が轟き、衝撃がルイの元にも伝わってくる。そしてシェリルの周囲がもうもうと灰色の煙に包まれ、その姿を完全に不可視にする。
だがその直後、内側からその煙を撃ち貫くようにして、ルイの元へとレーザーの雨が降り注がれる。たまらずにルイが斜め方向に走り出し、そのまま無様に逃げ回る。
「無駄ですよ。何度やっても無駄です」
そして何十本ものレーザー光によって煙が打ち払われた時、そこには以前と変わらない、埃一つ付いていない無傷な状態のシェリルの姿があった。
「やっぱり、そういう事だったんだ……」
《化け物が……!》
『どうなってるんだよあれ!?』
そうして動き回りながら、得心した様にルイが呟く。だがその裏で、たまらずに大悟が絶叫する。その様子を装置に繋いだパソコン越しに見ていた隼もまた喉を唸らせた。二人とも目の前の光景が信じられないという風であった。
『ミサイルをぶつけたのはあれが初めてじゃないのに、なんであんなにピンピンしてるんだ!?』
「……あれが」
『あれが?』
ルカの言葉に大悟がオウム返しをした直後、ルイの元にレーザーが放たれる。それを横っ飛びに回避しながら、その勢いに乗せてルイが叫ぶ。
「――あれがシェリルさんの能力なの」
《あれが!?》
「あれが!」
『どういう意味!?』
二人の疑念に叫ぶように返したルカに、二人が同時に食いつく。反復横跳びのように鋭い切り返しの動作を取り、網目を作るようにして降り注ぐレーザーを死にもの狂いで回避しながらルカが答える。
「消去能力!」
『消去!?』
「そう!シェリルさんの使う魔法は、普通の物と違うの!普通の物……とかけ離れたッ!突然変異の魔力発現のッ!形!」
転げまわり叫ぶ。飛び跳ねつつ叫ぶ。
落ち着きのない子供の様に方々を動き回り、跳ね回る。
回避と発言を同時に行う。その事に対してルイが疲れの色を隠すことなく、荒い呼吸と共に己の言葉を吐き出していく。
「水、火、雷、風!それが魔法の、基礎基盤!でもあの人、の!」
《もういい、わかったから喋るな!無駄な体力を使うんじゃない!》
隼の叱咤がルイの耳に響く。だが確実に疲れを感じながらも、ルイは喋るのを止める気は無かった。伝えなければならないと言う義務感がそこにあった。
その義務感のままに足元にレーザー光が当たるのを肌で感じながら、再びルイがスティンガーを構える。
サイトにシェリルの姿を収め、引き金を引く。
発射。直後に横っ飛びに回避し、レーザーを避ける。
直撃。煙がシェリルを覆う。だがルイは回避から片膝立ちの姿勢で立て直すと同時にスティンガーを再び構え、その煙に狙いを定めて再度引き金を引く。
連射する。
爆発する巨大な矢が、何本もシェリルの元へと向かう。そして次々と爆発する。普通ならオーバーキルもいい所だったが、シェリルには効かない。しかしルイの方も、ただダメージを与えるために攻撃を続けていた訳ではなかった。
「あの人の力はなんでもない!何物でもない規格外の物だったの!」
引き金を何度も引きながらルイが叫ぶ。今の彼女の行動の真意は、ミサイルを使ってシェリルを足止めし、その隙に二人にシェリルの能力を教える事にあった。
《なら聞くが、奴の力はなんだ!?》
その意図を汲んだ隼が爆音に負けじと大声で聞き返す。躊躇うことなく引き金を引きながら、それを受けてルイが答える。
「シェリルさんはね、消せるんですよ!」
《消せる?何を!?》
「全部です!シェリルさんは外部に放出した魔力を使って、この世の全てを消す事が出来るんです!」
《なんだと!?》
『そんなこと、どこで知ったの!?』
「シェリルさんが教えてくれたの!」
叫びながら、ルカの意識が学園にいた頃の記憶へと飛翔する。
シェリルさんの能力は何なんですか。陽光が降り注ぐ昼休みの中庭、悶着を解決してからそこにあったベンチに二人で腰かけ、そこで無邪気な心でそう尋ねたルイに対して、シェリルが彼女に告げた話の内容を思い出しながらルイが言葉を紡ぎだす。
「なんでも消せる!魔法も、剣も、自分に降りかかってくるダメージも!今みたいに光線状に魔力を飛ばさなくても、直接触れた物でも消せる!」
シェリルの放ったレーザーが地面に細い溝をいくつも刻み付けていたが、これは単純な破壊力を以て地面を抉り取っていたのではない。
レーザービームのように放たれた魔力が、自身の接触した地面の一部を『消去』していたのだ。
『それちょっと反則じゃない!?』
そんなルカの話を聞いた大悟が叫ぶ。実際、それはどう見ても卑怯すぎる能力であった。
《攻防一体の能力か……普通そう言うのはラスボスが持つ能力だろう?》
隼も不満を隠すことなく愚痴をこぼす。だがどれだけ不平不満を言われようともそれが事実である事に変わりは無い。
「とにかく、シェリルさんの能力はそういう物なの!」
《ならなぜ先にそれを言わない!?》
「私も最初聞いた時は信じられなかったんです!でもこれまでの攻撃で確信しました!」
《そういう問題じゃないだろ……!》
恨めしげに呟かれた隼の言葉がルイの悲鳴でかき消される。すぐに顔色を変えて隼が機器越しに叫ぶ。
《どうした!》
「スティンガーが消されました!」
《な……!》
「まずった。レーザーに引っかかった!」
ルイの目の前で、地面に放り投げられたスティンガーがスライムに戻ることなく『消滅』していく。発射口にレーザーの接触を受けた『それ』はこれと言って特徴的な反応を起こす訳でもなく、地面に投げ捨てられてからその場でゆっくりと透明化し、ゆっくりと視界からフェードアウトしていく。
文字通りの『消滅』。その淡々とした流れが、却ってルイの恐怖心を煽った。
『う、うわあ……』
「間近で見せられると、さすがにね……」
「あなたの攻撃手段は消しました。これまでです」
顔を引きつらせてスティンガーのあった所を凝視するルイに、シェリルが冷やかに告げる。その言葉を受けてルイがシェリルの方を向いたが、その顔にはなおも怯えた感情が張り付いていたが、やがてその顔に恐怖に変わって覚悟――と言うか、腹を括ったかのような鋭さが芽生えて行った。
「……」
その表情の変化を敏感に感じ取り、シェリルがルイに言った。
「どうかしました?ここに来て、負けを認めるのですか?」
「はい。シェリルさんの勝ちでいいです」
突然の敗北宣言。シェリルが眉を顰める。気にする事なくルイが続ける。
「……これだけ暴れればシェリルさんも大人しくなってくれたでしょうし、動くにはちょうどいいタイミングかと思うので」
「何を言っているのです?」
「ですから、この辺りでシェリルさんに本当の事を見せようと思いまして……私の正体について」
《おい、ルイ。まさか――》
ルイの言わんとする事を察し、震える声で隼が語りかける。それを受けて安心させるようにルイが返す。
「大丈夫です、隼さん。私を信じてください――ダイゴも、お願い」
『やりたい事はわかったけど……大丈夫なの?』
「大丈夫。シェリルさんは怒ると怖いけど、本当は優しい、良い人なんだから」
「話は終わりましたか?いったい私に何を見せようと言うのです?」
傍から見れば独り言を延々続けているルイの姿を見て、シェリルが半分うんざりしたように言った。だがここで攻撃を加えないだけ、彼女は平静を取り戻しているとも言えた。
ルイの直感が告げる。動くならば今だった。
「……シェリルさん、よく見ていてください」
一語一語に力を込めてルイが言った。
「何をです」
「私を」
「……?」
釈然とせずに首を僅かに捻るシェリルの眼前で、ルイが目を閉じ、ゆっくりと両腕を持ち上げて胸の前で交差させる。
そのポーズに意味は無かった。ただ精神を集中させようとしたら、自然とそのポーズをとっていたのだ。
そしてその体勢のまま、ルイが静かに言葉を放つ。
「変身――解除」




