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第五十九話「火力至上主義」

 開発が進み人口密度の上がった町の例に漏れず、大悟たちの住む岩屋町もまた、夜になっても人の往来が絶えることは無かった。

 自動車やトラックがライトを輝かせながら道路を行き交い、バッグや鞄を持った私服ないしスーツ姿の人たちが歩道を闊歩する。そして彼らの頭上や目の前では、まばらながら一軒家やビルの窓から光が漏れ出ていた。

 しかし岩屋町は所詮地方都市。東京や新宿、池袋いった都心部と比べると、それはずっと静かで穏やかな物であった。だがそれでも確かにそこには、夜中でありながら静謐とは程遠い人間の気配が感じられた。

この町はまさに、小さいながらも『眠らない町』と化していたのだった。


「見つけた!」

「逃がすな!叩き潰せ!」


 しかし彼らの中で、自分たちの遙か頭上で繰り広げられている戦いについて知っている者は全くいなかった。


「噂の魔法少女だ!逃がすな!」

「奴は俺の獲物だ、邪魔をするな!」

《大人気だな》

『ファンクラブ出来るんじゃない?』

「全然嬉しくなーい!」


 夜の町を歩く者が少なかったのが大きな理由であったが、それと同時に、戦っていたのが極少数――専らルイと魔族の一対一であった事、そして戦い自体が短時間で終わった事もまた、理由の一つであるのは間違いなかった。

 だが今回は違った。少人数での戦闘でも、短期決戦でも無かったからだ。そしてその事を気にする余裕は、彼らの中には全く無かった。





 闇の中、空中で夜よりも暗い二つの影が交差する。そしてその刹那、影の一方が流れ星のように真下へと落下していく。

 よく見るとそれは人間であった。


「が――ッ!」


 肋骨が折れん程の衝撃を正面から食らい、その体を弓なりに曲げて屋上に叩きつけられる。顔の下半分を覆った布越しからもはっきりわかるほどに口を開けて悲鳴を漏らし、青装束のエージェントが苦悶の表情を浮かべる。


「ふん。他愛もない」


 そう嘲るように吐き捨てながら、空中でそのエージェントを叩き落とした魔族が彼の目の前までゆっくりと降下する。その白い体はアンバランスな程に肥大化し、まるで重病患者のように目を血走らせていた。

 実際、彼は自分から命を縮めていた。


「くそっ……」


 だが全身に激痛が走り、絶体絶命の窮地にあったそのエージェントとしては、自分の置かれた状況に意識を向けることで精いっぱいだった。魔族の体調など知った事ではなかった。

 倒れた自分のすぐ傍に落ちていた日本刀を拾い上げ、ふらふらとその場に立ち上がる。肝心の刀身はへし折られていたが、彼の闘志まで折れてはいなかった。


「……まだやる気なのか?」


 ボロボロになりながらも眼光を鋭く光らせ、まっすぐ敵を射抜きながら日本刀を正面に構える。その姿を見て若干怯みながら言った魔族に、そのエージェントが笑みを浮かべて返した。


「俺にも意地があるんだよ」

「死ぬかもしれないんだぞ?」

「当に覚悟は出来ている」

「……上等」


 そんなエージェントの言葉に満足そうに返し、魔族が大木ほどに肥大化した片腕を振り上げる。そして無謀にも真っ向から突っ込んできたエージェントに対して容赦なくその腕を振り下ろした瞬間。


「バイバイ!」


 魔族の背中から爆音が轟き、次いでそこから発生した煙が二人を襲う。

 咄嗟にエージェントが姿勢を低くし、両腕で頭を防御する様に構えを取る。

だが魔族の方にそんな余裕は無かった。


「――!」


 体がバラバラになるような衝撃と、同じく体が焼けるような激痛が背中を起点として全身に伝播する。

 銃撃がもたらすものではない。それよりも何万倍も痛い。

だが魔族が歯を食いしばりその痛みを耐え抜こうとしている時に、無慈悲にも最初の物と同じ爆音がその魔族の背中で次々と炸裂した。


「……」


 同じ音が五回ほど轟き、やがてぱったりと止む。そして煙が晴れ、片膝立ちで衝撃の余波から身を守っていたエージェントの視界に映っていたのは、背中を真っ黒に焦がしながら俯せに倒れる魔族と、その後方に降り立った一人の少女だった。


「ふう、何とか間に合った。大丈夫ですか?」


 そう言って笑う少女の右手には、手から肩までを隠す程の大きさを持つ、細長い円筒とその先端上下部に長方形状のパーツをくっつけたような武器が握られていた。


 FIM-92スティンガー。


 アメリカ合衆国の開発した、携帯式防空ミサイル兵器である。


「じゃあ私はこれで」

「いたぞ!逃がすな!」

「ああもうしつこい!」


 遠方から聞こえる魔族の声に嫌悪の感情を漏らしながら少女が空へと飛び出していく。それから数秒して、呆然とするエージェントの耳に、どこからか先ほどと同じ爆発音が轟いてきた。





 町中でミサイルランチャーをぶっ放す。それがどれだけふざけた行為であるかは、ルイ自身よくわかっていた。だが隼の、


《甘えるな。使える物は全部使え》


 と言う一喝によって完全に吹っ切れ、今では何の躊躇いも無く、翼をはためかせて空中に留まっている魔族相手に撃ちまくっていた。

 発射の際の騒音は、撃っている内にすっかり頭の中から消えうせていた。


《目標をセンターに入れて――》

「ピーって鳴ったら撃っていいんですよね」

《ノリの悪い奴め……》


 火力の面から見ても、スティンガーは非常に信頼できる兵器であった。と言うか、これはそもそも軍用のヘリコプターや輸送機を破壊するために作られた物である。いくら魔族と言えども、そんなミサイルを生身で二、三発も貰えばグロッキーになって当然である。それだけ食らって倒れない方がおかしい。

 だがスティンガーから撃ち出されたミサイルがそのロケットモーターを点火させるのは、発射されてからおよそ9~10メートル進んだ辺りである。これはスティンガーが長距離攻撃――空を飛ぶ目標を攻撃する事を前提にして作られた物だからであり、それ故に接近戦では使えないと言う欠点も持っていた。それ以前にアサルトライフルの活きる距離でミサイルを撃つなど自殺行為だ。

 だがルイは、それなりの火力を持つ接近戦用の兵器もしっかりと用意していた。





「ほう、スティンガーの次はダネルと来たか」


 ガット情報司令部――かつてルイと信吾の戦いをモニターしていただだっ広い部屋――の最上部の席につきながら、狭山が手元の机に埋め込まれたディスプレイに映った映像を見て楽しそうに言った。彼の下ではそれぞれのデスクについたオペレーターたちが、モニターを見ながらひっきりなしにエージェントと通信を行っている。ちなみに隼は大悟の自宅から直接指示を飛ばしていた。

 そしてそのディスプレイには、眼前に迫らんとする魔族に大振りな銃を突き付け、爆風と共にそれを後方へ吹き飛ばすルイの姿があった。

 ダネルMGL。南アフリカで開発された回転弾倉式のグレネードランチャーである。ルイはこれとスティンガーを使い分け、魔族の大群相手に渡り合っていた。まあこれも本来は接近戦で使う代物ではないのだが、それでもルイはお構いなしに使用していた。


「まったく、魔法とは面白い物だな。いやはや、彼女と味方になれてよかった」

「しかし、これは少々暴れすぎではないかと……」


 そう言って子供の様に喜ぶ狭山の横で、蝶々が渋い顔を浮かべてそれに答える。


「オーバーキルの火力で一方的に鎮圧する。少女が取るべき戦法ではありません」

「彼女が望んだ戦い方だ。我々が口を挟むべき事ではないよ」

「今の子供は怖いですね」


 残念そうに蝶々が呟く横で、正面にある巨大モニターに目を移して狭山が言った。


「まあ、我々が細かいことを行った所で何も変わらん。今はただ、成り行きを見守ろうじゃないか」


 モニターには衛星からリアルタイムで撮られた映像がコマ状に区切られ整然と並べられていた。そして狭山は、その中の右上の映像に視線を向けていた。

 そこには魔族と斬り合いを演じていた鷹丸の姿があった。





「散」

 月の下、月よりも白く冷たい剣閃が斜めに奔る。体を引き裂く光を受け、その瞬間までハンマーを振りかざしていた魔族の体がピタリと止まる。

 そして鷹丸が振り下ろした刀を背中の鞘に納めると同時に、眼前に立ちはだかる魔族が力なくくずおれる。その魔族が動かなくなったのを確認してから、鷹丸が耳につけたヘッドセットに意識を向けて回線越しの相手と話し始めた。


「一人倒した。これで何体目だ?」

「鷹丸様の討伐数、現在五体目です」

「敵の数は?」

「各ポイントでエージェント及び協力者が交戦を続けています。被害は少なくありませんが、僅かながら我々が優勢と言った状況です」


 ヘッドセットから聞こえてくるのは、隼とはまた別の女性オペレーターの声だった。淡々とした口調であり、隼のような苛烈さは微塵も感じられなかった。


「増援の気配は?」

「今の所ありません」

「こちらに向かってくる敵影は?」

「見当たりません」

「押されているポイントはあるか?」


 オペレーターがキーボードを叩く音がヘッドセット越しに聞こえてくる。やがて今度はオペレーター自身の声がそこから聞こえてきた。


「一番近い所では、L57ポイントが劣勢に追い込まれています。魔族二体に対してエージェント一人。危険です」

「よし。今からそこに向かう」

「わかりました」


 そうして鷹丸が通信を切り、指示されたポイントの方へ体を向けた次の瞬間、彼は思い切り後方へと体を飛び退かせていた。

 鷹丸と入れ替わるように、巨大な剣が風を切って彼のいた足元に突き刺さる。少しでも遅れていたら串刺しになっていた所であった。


「ほう、中々いい反応をしている」


 上空から声がする。鷹丸がそこに目を向けると、そこには腕を組んだ一体の悪魔が翼をはためかせて滞空していた。


「それなりには楽しめそうだ」


 ほんの少し期待のこもった声でそう言いながら、剣の刺さった所へとゆっくり降下していく。そして腕程の長さを持つ剣を片手で引き抜き、その切っ先を鷹丸に突き出しながら言った。


「ひと勝負、お相手願いたい」


 真の強者が発する事の出来る、誇りと威厳に満ちた重い声。並以下の者が聞けばたちまち戦意を失ってしまう程の迫力の前に、だが鷹丸は動じることなく日本刀を正眼に構える。


「――いいだろう。受けて立つ」


 早く劣勢とされたポイントに向かいたいのも事実だったが、目の前の魔族に背中を見せる愚を、鷹丸ははっきりと感じていた。

 直感が告げている。この魔族は強いと。


「決闘の前には、互いに名を名乗るのが礼とされている」


 不意に目の前の魔族が困ったように言葉を漏らす。


「だが生憎と、私は名前を持っていないのだ」

「……ならばなんとする?」


 鷹丸が返す。魔族がそれに答えた。


「同朋からは『切り札』と呼ばれていた。そう呼んで区別してもらえると助かる」

「切り札……なるほど納得だ」


 得心した様に鷹丸が頷き、そして『切り札』に言った。


「俺は鷹丸だ。短い付き合いになるが、覚えておくがいい」

「鷹丸か……承知」


 『切り札』が短く頷き、切っ先が持ち手の反対側の地面に触れるような構えを取る。剣を持つ手に力を込め、目を光らせて『切り札』が言った。


「正々堂々」


 鷹丸もまた刀を持つ手に力を込め、『切り札』の言葉に返す。


「いざ尋常に」


 『切り札』が目を見開く。姿勢を低くし、体と水平な位置に来るように剣を持つ。


「勝負ッ!」


 『切り札』が叫び、低空に飛び上がって翼を広げ、一直線に突っ込む。

 射程距離に入る。『切り札』が剣を片手で斜めに振り上げ、それと同時に鷹丸が剣の進行方向に対して刀を斜めに振り下ろす。

 刀と剣が激突し、甲高い金属音と火花を撒き散らす。

 『切り札』と鷹丸の戦闘の火蓋が切って落とされた。


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