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第五十七話「タチバナと少年探偵団」


「で、結局ここに来ちゃうんだよね」


 それから数時間後、大悟とルカは真弓の店の前に来ていた。頭の上にはやや傾いた『宝飾 タチバナ』の看板。そして店の入り口の左右には、今回はルカと同じくらいの大きさを持った狐の置物と、赤いマントを身に着けた青い全身タイツの男の等身大フィギュアが置かれていた。男の胸には大きく『S』と赤く記されていた。


「なんで店の前にスーパーマンがあるんだよ……」

「スーパーマン?」

「海外の漫画に出てくるヒーローだよ」

「強いの?」

「俺たちよりずっと強いと思う」

「へえ……」


 呆れながらに答えた大悟の言葉に相槌を打ちながら、ルカがまじまじとスーパーマンのフィギュアを見つめて始める。するとその時、内側から入口の扉が開かれ、そこから一人の客らしき人が現れた。

 身長はルカより大きく大悟より小さく、薄茶色のコートを羽織った華奢な体つきの人だった。


「うおっ」


 突然の事に驚きながらも、大悟がルカの腕を引っ張って入口の横へと退避する。だがその客はそんな大悟の様子を気に留めることも無く、そのまま早足で町の中へと消えていった。


「……ここ、お客来るんだ」


 客の後ろ姿を見ながら、ルカがぼんやりと呟く。かなり失礼な物言いだったが、それは大悟も感じていた事なので、彼もそれに対して変に突っ込むことは無かった。

 その代わりに大悟は、その後ろ姿を見た時に頭に浮かんだ別の事を口に出していた。


「さっきのあの人、女の人だったよね」

「え?そうだった?」

「だって髪長かったし、体つきも細かったし」

「ううん……そう言えばそうかも……」


 大悟の言葉を受けてルカがそう首を捻っているその時。


「おいおい。店の前で喋るくらいなら、せめて中に入って話したらどうなんだい?」


 開けっ放しの入口の横に寄り掛かるようにして、真弓が腕を組んで大悟たちにそう声を掛けてきたのだった。





 その店内は相変わらず物で溢れ返り、息が詰まるほどの密度を誇っていた。そして半ば強制的に招かれたその店の中で、大悟たちは買い物をするでもなく店主との話に没頭していた。


「まったくお前たちも物好きだね。わざわざウチの所に来なくても、デートスポットは他にいくらでもあるのに」

「だから、デートとかそう言うんじゃないんで」

「ねえダイゴ、デートって何?」


 椅子に座りカウンター越しに茶化すように言った真弓にムッとしながら大悟が返し、その言葉の意味を知ろうとルカが大悟の腕を両手で掴んですり寄ってくる。その姿を見て真弓は増々顔をニヤけさせ対照的に大悟は顔を赤くしていくのだが、ルカは二人がそういう行動を取る理由を未だ知らずにいた。


「へえ……」


 そんなルイを見て、弄りがいのある玩具を見つけたような意地の悪い目つきを浮かべながら真弓が言った。


「……なんなら、私が良い場所を教えてもやってもいいんだが?私もここに来てそれなりになるからな」

「だから、デートとかそう言うんじゃないって言ってるでしょうに!」

「だからダイゴ、デートってなんなのよ?」

「恋人同士が一緒になって買い物したり食事したりすることを言うのよ」

「ちょ――!?」


 そして、尚も意味を聞こうとするルカに対して真弓が不意打ち気味に放った言葉に大悟が狼狽する。そしてそれを聞いたルカは、見る見るうちに顔を真っ赤にしていった。


「こ、ここここ恋人って?私とダイゴが?恋人?」

「あ、あくまで物の喩えだからね?橘さんもそれ冗談で言ってるんですよね?」

「なんだ、二人ともまだそんな関係じゃなかったのかい?」

「違います!」

「違いますから!」


 笑いを噛み殺して言葉を放ち続ける真弓に向けて、ルカと大悟が同時に大声で叫ぶ。そして顔を真っ赤にして睨み付けてくる二人を交互に見やりながら、堪えきれなくなり愉快そうに笑い声を上げて真弓が言った。


「わかってるよ。冗談。冗談だ。何もそんなに過敏にならなくてもいいのに」

「まったくもう!」

「……本当にその気はないんだね?」

「無いって言ってるでしょうが!」

「わかった、わかった。もうこのくらいで止めにするよ。私が悪かったよ」


 半ば本気で怒りかけていた大悟に対して両手を上げてそう言ってから、真弓がおもむろにカウンターの下に手を突っ込んで何かを探り始める。そして不思議そうにその様子を見つめる二人の目の前に、真弓が一つのカセットテープを置いた。


「これは?」

「迷惑代替わりだよ。取っといてくれ」

「いいんですか?これ、商品なんですよね?」

「ああ。いいんだ。これでも、私だってやりすぎた所があるって反省してるんだ。なにせ恋話はデリケートな物が多いからね」


 わずかに大悟が顔を強張らせる。見て見ぬふりをしながら真弓が言った。


「だからこれは、せめてもの償いという奴だ。遠慮しないで持って行ってくれ」

「……じゃあ、遠慮なく」


 そう言って恐る恐る大悟がそのテープに手を伸ばし、まじまじとそれを見つめる。そんな彼を尻目に、真弓が頬杖を突きながら手持無沙汰気味のルカに聞かせるかのように独り言を呟いた。


「そう言えば、さっき来たあの女の子。彼女も結構妙な子だったねえ」

「妙?どこらへんが妙だったんですか?」


 案の定ルカが食いついてくる。良かった。

 真弓も真弓で暇だったのだ。

 頬から手を離し、ルカの眼を見ながら真弓が言った。


「いやね。あの子、ウチの品物には目もくれないで、いきなり私の所に詰め寄って来てさ。自分の名前と所属を言った後で『あなたはこの数日間、何か不審な気配を感じたり、不審な事に巻き込まれませんでしたか?』って聞いてきたんだよ」

「不審な?」

「ああ。でも私の周りには特に何も無かったから、特に無かったって答えたらさ、『そうですか、わかりました。忙しい中ありがとうございました』ってハキハキ答えて、足早に店を出て行ったんだよ」

「へえ、そんなことが……」

「それ、俺たちに言って大丈夫なんですか?」


 それまでの話を聞いていたのか、テープをポケットにねじ込みながら大悟が言った。だがそれを聞いた真弓は表情を変えることなく、気にする素振りも見せずにさらりと返した。


「後で喋ったから殺す、とかそう言う展開になるんじゃあ……」

「大丈夫なんじゃないか?この件は他言無用、とは言われてないんだから」

「そんな、アバウトすぎますよ」

「人生は適度に大雑把な方がちょうどいいんだよ」


 大悟に平然とそう返す真弓に、今度はルカが真弓に尋ねた。


「それより、その子はどうしてそんな事聞きに来たんでしょうか?」

「それは……あれだな。おそらく彼女が少年探偵団とか言う、そう言うノリのグループの一人だからだろう」

「少年探偵団?」

「本気で言ってるんですか?」

「だって彼女が自分から言ったんだぞ?私は少年探偵団の者です、って」

「……いると思ってるんですか?」

「前にも言っただろう。そう言うのはいると思った方が面白いってな」


 真弓が不敵な笑みを浮かべて二人を見やる。一本取られた形になり呆然としていたが、やがて気を取り直した大悟が真弓に言った。


「橘さん、その人の名前も聞いてるんですよね?」

「ああ、ばっちりとな。名前が聞きたいか?」

「いや、ちょっと気になっただけで、そんなに気になるって程の物では無いんですけど……」

「そうか。それならいいんだ」


 やんわりと断った大悟に真弓がそう返す。そして会話が途切れすることが無くなる。重苦しい空気が漂い始める。やがて大悟とルカはそれに追われるようにして、いそいそと店内を回り始めた。

 その背中をぼんやりと見つめながら葉巻を取り出し火を点け、不意に真弓が言った。


「確か、倶定と言ったか」

「……え?」


 速足気味の大悟の足が止まる。


「倶定貴音……面白い奴だったなあ」


 それは決して、大悟たちに聞かせるためにわざと言ったものではなかった。大悟たちに揺さぶりをかける気も無ければ、大悟たちの反応を見て楽しもうと言う打算も含まれてはいなかった。


「……たかね?」


 ただ会話を終えてひと段落つき、気持ちのタガを緩ませた真弓が、その時の情景を思い出し無意識の内についポロリと零してしまっただけなのであった。

 だが。


「……くじょう、たかね?」


 だがそれは、大悟の記憶を揺さぶるのに十分すぎる破壊力を持っていた。


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