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第五十四話「いびつな三者同盟」


「今こちらの世界での侵攻作戦を指揮しているのは、レビーノにおいて魔導士と呼ばれる存在だ。簡単に言えば魔法使いのことだが、前線に送られるだけあってその実力は折り紙つきだ」

「魔導士……」

「ルイ、知っているのか?」

「ええ、まあ。魔導士って言うのは、一定以上の魔力を持ち、それを以て魔術を行使できる人に与えられる称号のような物で、条件さえ満たしていれば学生にも与えられるんです。私にとっては縁遠い存在ですよ」

「なるほど……魔族と比べて、どちらが強いのだ?」

「火力だけで言えば、魔導士の方がずっと高いです。耐久力は人間相応なんですけど、身体能力の方は自身の魔力を使って強化してるんです――私みたいに」

「魔族と比べても脅威であることに変わりは無い、か」


 ルイの言葉を受けて鷹丸がため息を漏らす。それを横目で見ながらツェッペリンが続けた。


「ここで重要なのは、前線指揮――つまり尖兵たる魔族への指示を飛ばしているのがこの魔導士という事だ。だからその魔導士を叩いてしまえば、必然的にこちらへの攻撃の足も鈍る。魔族達は命令なしに攻撃することは禁じられている――蛇の頭を潰すようなものだ。だからこうなってしまえば、もはや魔族が戦場に送られ、彼らが徒に傷つく事も無くなる」

「ふうむ……つまりその指揮を担当している魔導士を叩けば、魔族が攻撃をしてくることも無くなり、向こうから一方的に襲われる事も無くなるわけか」

「そう言うことだ。だが魔導士を倒すためだからと言って、球体の中に突っ込むのは自殺行為だ。あの中は、言ってみれば魔族の巣窟。何十体もの魔族と、それを率いる魔導士と同時に戦う羽目になる。まず勝ち目はない」

「じゃあ、どうすればいいのよ?」

「それは簡単だ」


 ルイの疑問に小さく笑ってツェッペリンが答えた。


「あの球体から魔導士を引きずり出して倒してしまえばいい。それで万事解決だ」

「うーん、理屈はわかるけど……じゃあ、どうやってこっちに引きずり出すの?」

「それも簡単だ。向こうの戦力を減らし続けて、本命が出ざるを得ない状況を我々で作ってしまえばいい」

「戦力を減らす、か」


 鷹丸の言葉にツェッペリンが頷く。そしてその場で立ち上がって二人を交互に見つめながら、ツェッペリンが言った。


「私が頼みたいのはそこなんだ。魔導士を引っ張り出すために、彼らの戦力を削ってほしい」

「つまり?」

「やってくる魔族を一人残らず叩きのめしてほしい」

「いや、ちょっと」


 さらりとツェッペリンが言ってのけた事にルイが反応する。


「それ矛盾してない?何で魔族を倒すのが魔族の解放に繋がるのよ?」

「大事の前の小事。魔導士を引きずり出すためには仕方がない事。こうするより他に選択肢は無い」


 そう語るツェッペリンの顔は悲痛に歪んでいた。そしてその表情をいくらかほぐしてから、ルイの方を向いて言った。


「それに、お前が私の考えに賛同してくれれば、これは決して矛盾したものでは無くなる」

「どうして?」

「お前は魔族を殺さないから」

「……ああ」

「やりすぎないように手加減してるんだろ?敵へのトドメもあえて刺さないようにしている。私としては非常によろしい」


 かつて大悟に言われた事を改めてツェッペリンに指摘され、ルイが納得した様に頷いた。


「ルカは、自分でも気づかない内に力を抑えてたんだと思うんだよ」


 魔族との初交戦の折にルカが抱いた、自身の銃撃が魔族にあまり通用しなかった原因。それは魔族自身のタフネスさもあるが、同時にルカが無意識の内に自身の攻撃の威力をセーブしていたからでもあった。


「ルカは優しいからさ」


 因みにルカは、件の初戦闘後の帰り道に大悟にその事を指摘され、始めてそれを自覚した。そしてそれを知った後も、ルカは進んで自分の力に自らリミッターをかけて戦っていたのだった。

 そのお蔭でしなくてもいい苦戦を散々する羽目になったのだが……。


「そのお蔭で、お前は随分と苦戦していたようだがな」

「今思い出していた事をそのまま言わないでよ」


 ツェッペリンに横槍を入れられ、不満そうにルイが返す。その言葉を苦笑交じりに受け止めながらツェッペリンが言った。


「とにかく、お前の戦い方は非常に私にとって都合がいいんだ。私の計画に最後まで付き合ってくれとは言わない。だがせめて、魔導士を引き摺り下ろして、倒す段階までは手を貸してほしい」

「段階?魔導士を倒して、その後があるの?」

「無論だ。指揮している魔導士を倒し、がら空きとなった球体を通してレビーノに侵入する。私はそこから本格的に活動を始めるつもりだ。まずは向こうに渡って、あの名もなき魔族の長ガズラと接触をする……まあ、その後も計画は続くんだが、それは今は関係ないので省略する」

「……本気なの?」

「冗談で言うと思うか?」


 魔族の長の名前まで持ち出してきたツェッペリンに半信半疑気味にルイが尋ね、それに答えながらツェッペリンが不敵に笑う。それはどう見ても本気の顔であり、勢いだけの物には見えなかった。

 ツェッペリンの立てた計画の遠大さ、馬鹿馬鹿しさ、そしてそれを本気で実行しようとす大胆不敵さを目の当たりにして、ルイはただ息をのむばかりだった。


「では、我々がお前に手を貸す事になる限り、お前は我々の味方として数えても構わんのだな?」


 そうして呆気にとられているルイを尻目に、鷹丸がツェッペリンに言った。満足そうにそれに頷いてツェッペリンが返す。


「勿論だ。そもそも敵対する理由がない。だが過剰な期待は止めてくれ。私は私でやらねばならない事があるのでな」

「つまり、魔族退治はいつも通り我々だけでやれと」

「そう言う事になる。無論、私も手が空いたら協力する。そして言うまでもない事だが、お前たちの妨害をするつもりは一切ない」

「……」


 ツェッペリンの言葉を受け、鷹丸が顎に手を当て考え込むようにして押し黙る。彼の付けたヘッドセットの向こうでもまた、隼が同じような格好で黙っていた。

 少なくともデメリットは無い。ツェッペリンの要求は、言い方を変えれば『いつも通り仕事をこなしてくれ』と言っているようなものだからだ。

 だが鷹丸は組織の人間だ。この要求を受けるかどうかは、組織のトップ――狭山が決める事であった。自分がここで返答することは出来ない。だから提示された要求を前にしても、彼は決定が下るまで口を噤むしか無かった。


《返答はイエスだ。鷹丸》


 だがその数秒後、前触れも無しにヘッドセット越しからその狭山の言葉が聞こえてきた。

 いくらなんでも早すぎる。


「頭領。本当によろしいのですか?」

《奴の提案にデメリットは無い。寧ろ味方が一人増えるという文句のつけようのないメリットがついてくるんだ。拒む理由もないだろう》

「他の幹部とは話をつけたのですか?」

《それは後で私から言っておく。まあそちらはお前が心配する事ではない。とりあえずお前は、ルイの方にもこの事を伝えておいてくれ。これが我々の中での決定事項だ、お前はお前で好きに決めろ、とな》

「……わかりました」


 そう言って鷹丸が通信を終え意識を目の前に戻した時、彼は二組の視線が同時に自分に突き刺さってくるのを感じた。


「さて、先方の意見はどうなのかな?」


 ツェッペリンの言葉が倉庫内に響く。頭領の指示は絶対である。鷹丸は自分が言われた通りに組織の総意を彼女に伝えた。


「イエスだ。我々はお前の要求を呑もう」

「そうか。それは何よりだ」


 鷹丸の言葉を受けて心底嬉しそうにツェッペリンが答え、続いてルイの方へと視線を移す。


「さて、次はお前なんだが、どうだ?受けてくれるか?」

「ルイ、これはあくまでも我々の中での決定だ。お前はお前の考えに従って答えを出せ」

「……」


 ルイの耳に鷹丸の言葉が届く。だがそれを聞かれるよりも前から、それについてのルイの答えは決まっていた。


「私も、あなたに協力するわ」


 今度はルイの身体に二組の視線が突き刺さる。ツェッペリンが言った。


「いいのね?」

「ええ。複雑なこと言ってるようで、要はいつも通りにしろってことでしょ?」

「確かにそうだが、今度からは自分から積極的に魔族と戦えと言っているような物なんだぞ」

「それもいいのよ。昔はともかく、今はもう半分くらい自分の意志で戦ってきたようなものなんだから。今更どうこう気にする事でもないわ」

「……そうか。それならいいんだ」


 そう言うルイにツェッペリンが右手を差し出す。


「なら私はこれ以上否定はしない。今後ともよろしく頼む」

「……え?え、ああ。こちらこそ、よろしく」


 小さく笑いながらルイががその手を握る。それを握り返しながらツェッペリンが言った。


「ありがとう。協力してくれて感謝するよ」

「いや、別にあなたの考えに根っから賛同したわけじゃないからさ。あくまでその、自分のため?でもあるんだし、うん。そこまで感謝される義理は無いんだし……」

「それでもいい。それに言ってしまえば、私もお前たちを利用しようとしている訳なんだからな。そこはおあいこだ」


 慣れない事をしたのに対して顔を赤くし、照れ隠しとでも言わんかのような体でルイが答えるが、ツェッペリンはそれでもなお表情を綻ばせていた。すると二人が握り合っていた手の上に鷹丸が自分の右手を重ねながら言った。


「これで、三者同盟が成立したわけだな。ツェッペリンよ、お前にとってはベストな結果となったわけだ」

「ああ。二人とも、私の意見を聞いてくれて嬉しいよ」

「でも、本気で魔族を解放しようと思ってるの?」

「何度も言わせるな。私は本気だ」


 そう言いながらツェッペリンが笑う。正体は未だわからなかったが、どこまでも不敵な悪魔人間だった。


「それでは、明日からいつも通り頼む」

「ええ」

「承知した」


 ツェッペリンの言葉にルイと鷹丸が頷く。

 結果として、癖の強い、妙な思想の持主と関係を持ってしまったが、それでもルイとしては悩みの種が一つ消えたので万々歳であった。

 だが指揮官である魔導士と戦う事については、この時ルイはそれ程深刻には考えていなかった。


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