第四十八話「未熟者の主張に振り回されるヒロインの図」
大悟の家に謎の機械が運び込まれてきたのは、その翌日の事だった。
それは両手で抱え込めるだけの大きさを持った黒い長方形型の箱のような物で、側面には何十個もの丸いスイッチとそのスイッチの数に対応したランプ、そして何かのケーブルを差し込む穴が開いていた。
「え、なにこれ」
「ルカが頼んだの?」
「まさか、そんなことあるわけないじゃん」
「だよなあ」
「それは私だ」
玄関の中に放置されていたそれを見下ろし、言い合いながら揃って首を傾げる二人の背後から、隼がそう言いながら近づいていくる。
「え、隼さんが?」
「なんなんですか、これ」
「オペレートを円滑に進めるための装置だ。パソコンに繋いで使用する」
「具体的に何するんですか?」
ルカの疑問に腕を組んで隼が答えた。
「お前たちに渡したヘッドセットから発せられる信号を我々の保有する人工衛星が受信してお前たちの位置を特定し、そしてその衛星から送られてくるお前を映した映像をこの装置で受け取りモニターに表示する。これで私も状況把握が容易に行えるという訳だ」
「要は監視装置ですか」
「人聞きの悪いことを。何も私生活まで覗こうとしている訳じゃない」
むっとした顔で答えてから、表情を元の険しい面に戻した隼が二人を見て言った。
「それより二人とも、この後は特に用事は無いか?」
「え?はい、無いですけど」
「俺も特にないです」
「そうか」
ルカと大悟の言葉に満足げに頷いてから隼が言った。
「じゃあ、今から私の用事に付き合ってほしいんだが、問題ないか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「でもどこに行くんですか?」
そう尋ねた大悟に、意地の悪い笑みを浮かべて隼が言った。
「お前も良く知るいい所だ」
「……と、ということでありまして、はい」
「ふうむ、そうか。わかった、報告ご苦労であった」
篝火が煌々と焚かれ、その外側をぐるりと囲むように人が立ち並ぶだだっ広い部屋の中、ルイがおっかなびっくりと言った体で言葉を吐き出す。そしてそれを聞いて、ガット頭領である狭山が頷きながら答えた。
「しかし、まさかお前が直々にやってきて報告をしてくれるとは思わなんだ。隼を通して聞こうと思っていたんだが……いや、手間が省けて助かった」
「い、いえいえ。そんなお気になさらずに、ええ」
さも嬉しそうに頬を綻ばせて言葉を述べる狭山とは対照的に、ルイは笑ってこそいたが、その顔は酷く引きつっていた。
隼の用事とは、要は自分がする筈だった『ツェッペリン』に関する報告を直接ルイにやらせることであった。その姿を直接見たのはルイだけであったのでその判断は間違ってはいなかったが、このガット本部の重苦しい空気に未だ慣れずにいたルイにとっては迷惑千万な話であった。
とっとと帰りたかった。
口には出さなかったが、それは立居振舞からはっきりと滲み出ていた。
相変わらずルイの表情はガチガチで、全身は緊張のあまり石のように硬直していたのだ。するとその様を見た蝶々が、苦笑を浮かべながらルイに話しかけた。
「まだ、慣れませんか?」
「え?は、はい。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいのですよ。ここが普通と違う場所だと言うのは、私たちもよくわかっていますから」
「何事も形から入るのが良いのだ。様式美という物だ。この方が秘密組織らしいではないか」
蝶々の言葉に合わせるように、狭山がどうだと言わんばかりに胸を張る。それを見たルイは『わかってるなら部屋の灯りを増やせ』と言いたい衝動にかられたが、結局は喉元辺りで言葉を飲み込んだまま二の足を踏んでしまっていた。
「そこまで緊張するものか?私には理解できんのだが……一度深呼吸してみろ。肩の力を抜くんだ」
そしてルイの横に立ちながら、隼がさも他人事のようにアドバイスを提供する。その隼の顔を横目で睨みながらルイが小声で言った。
「誰のせいでこうなったと思ってるんですか、誰の?」
ルイの恨めし気な視線を同じく横目で受け止めながら隼が小声で返す。
「何事も経験だ。こんなことは滅多に味わえないレアケースなんだぞ。何十年か経った後で絶対いい思い出話になるから、ここは素直にやって良かったと思っておけ」
「いや、それとこれとは――」
「そんなに嫌なら、さっさとここから立ち去ればいいんだよ」
そのルイと隼の会話を聞いたかのように、何処からか声が聞こえてきた。驚いて二人が周囲を見回していると、彼らの目の前に一つの影が真上から落ちてきた。
それは片膝立ちで着地し、見下すように目を細めながら二人の眼前で立ち上がった。その姿を見た隼が驚いたように声を上げた。
「信吾……!」
「やあ、隼さん。久しぶりだね」
そう驚く隼に親しげに返した後、すぐに詰問するように口調をとがらせて信吾が言った。
「あんたもそいつの肩を持つんだね」
「なんだって?」
「あんただけじゃない。鷹丸もそうだ。俺のことは使い走りにやるばかりで見向きもしないで、よそ者のそいつのことばっかりチヤホヤする。そんなに俺は頼りにならないっていうのかよ?」
「いや、使い走りって。それがお前の任務だろうが。そしてこいつのサポートをするのが、私と鷹丸の任務だ。わかるな?お互い、任務でやっている事なんだ」
「だけど――」
その割には、隼の方から勉強を教えると言って来たり料理を作ってやったりと、やけに自分たちに世話を焼いていたような気がした。それも任務の内なのだろうかと信吾そっちのけでルイは聞きたくなったが、今の状況で聴ける話ではなかったので黙る事にした。
そうルイが思案する一方で、隼は顔の筋肉一つ動かすことなく自分に反論する信吾にバッサリと言ってのけた。
「それと、はっきり言っておくぞ。今のお前じゃ奴らには勝てない」
「!」
信吾が驚愕に目を開く。相変わらずのストレートな一撃だったが、隼は躊躇うことなく言葉を続けた。
「お前だけじゃない。ここにいる殆どの奴は、奴らに対抗することは難しいだろう。私も含めてな」
「では、誰ならばやれると言うんだ?」
周囲がざわつく中、そう言って狭山が隼を見据える。臆することなく隼が答えた。
「恐らくは、鷹丸と同程度の実力を持つ者。そして、今目の前にいるこいつです」
そう言って隼がルイの背中を押す。よろめきながら一歩前に出たルイに周囲からの視線が容赦なく突き刺さる。
ルイは帰りたくなった。
「ちょ、ちょっと、隼さ――」
「隼よ。根拠はあるのか?」
困惑するルイの言葉を遮るように狭山が隼に言った。外野の騒乱が収まり、その中で平然と隼が返す。
「勘です」
「嘘を吐け」
あっさり返される。一つため息をついてから隼が再び言った。
「ないです」
「ではなぜそんなことを言った?」
「信吾を納得させるためです」
「だと思ったよ」
「ついでに言っておくと、信吾のくだりは全て事実です。少なくとも奴に、魔族退治は任せられない」
「ふうむ……」
ただ唸るだけで、その理由を狭山は聞かなかった。それは彼がその『理由』を既に把握していた為であったのだが、この時ルイや信吾はその理由に気付いてはいなかった。
ルイは単純に興味が無く、特に知りたいとも思っていなかった。
とっとと帰りたかったのだ。
だが信吾にとっては、この状況――隼と狭山は知っていて自分はその原因に気づけないと言う状況――は、まさに侮辱の極み。火に油を注がれるような物だった。
「……やれる」
「ああ?」
「俺の方がこいつより上手くやれるんだよ!」
業を煮やしたように信吾が叫ぶ。それはガットの一人としての自負からくるプライド、そしてその自分のプライドを己の立場ごとよそ者に奪われた屈辱からくる怒りの叫びだった。
周囲が再びざわつき始める。信吾は構うことなく思いの丈をぶちまける。
「どいつもこいつも知ったような口を利いて、俺の実力なんか知りもしないで!俺だってやろうと思えばやれるんだ!そうだよ、俺だって、俺だって戦える!」
「それが一番の理由なんだよ……」
「なんだと!?」
「信吾!」
怒りの色を隠そうともしない信吾に狭山が怒鳴り声を上げる。その迫力たるや、ざわついていた周囲の人間はおろか場の空気さえも凍りつかせるものだった。
「そんなに戦いたいか?」
完全に沈黙した場の中で、狭山の声だけが粛々と部屋の中に響く。
「信吾よ、返事をしろ。お前は戦いたいのか?」
「そ、それは」
やがて信吾が息を吹き返し、思い出したように声を荒げて答える。
「やりたい……いや、やれる!俺は戦える!」
「そうか」
信吾の言葉を聞いて頷いた後、狭山がその視線をルイに向ける。
「確か、ルイと言ったか」
「ふえ、あ、はい!」
名前を呼ばれ反射的に背筋を伸ばすルイに、狭山が更に目の覚める言葉をぶつけた。
「では、ルイよ。悪いが信吾と戦ってほしい」
「……はあ?」
「奴の思いと実力がいかほどの物か、知りたいのだ。頼む、奴と一戦交えてくれ」
「……はあ!?」
突如もたらされた決闘の要求。
周囲が三度ざわつく。
助けを求めるように、ルイが反射的に隼の方に目を向ける。その視界の先に映った隼の顔は――酷く凶悪に笑っていた。
「いい機会だ。ルイ、奴に身の程を教えてやれ」
ルイは本気で帰りたかった。




