第四十九話「大人の都合」
どうしてこうなった。
闇が立ち込める寒空の下、ルイは全力でため息をついた。
頭上には穢れ一つ無い満月。目の前には意気軒昂に待ち構える信吾の姿。足場としているのは、いつも自分が動き回っている町中のビルの屋上。
「さあ、こっちはいつでもOKだ。あんたも早く武器を出せよ」
どうしてこうなった。
何度もそう思いながら、言われるがままに手首から生み出したスライムを手元でベレッタへと変えていく。その武器を生み出す様子を見て愉快そうに信吾が口笛を吹いたが、ルイの意識には欠片も伝わってこなかった。
「へえ。あんた、そうやって武器を出してるのか。変な奴だな」
どうしてこうなった。
なぜ自分が決闘などしなければならないのか。なぜ自分の意思を無視して、こうも話が進んでしまったのか。
「ま、あんたが何をしようが、俺には関係ないけどな。自分は戦うよりも大道芸をやってた方がお似合いなんだって事を、すぐにでもわからせてやるよ」
自信満々に放たれた信吾の挑発は、ただの空気の振動としてルイの鼓膜を震わせるだけだった。それに対して何の感慨も感じることなく、ルイは頭の真上で真ん丸に輝く月に目を向けた。
「どうしてこうなったのかなあ……」
ルイの視線は月を捉えていたが、その意識は月よりも遥か低空、地球の衛星軌道上に浮かぶ一つの物体に向けられていた。
そこは、それまでルイがいた部屋よりもずっと照明の行き届いた部屋だった。床には灰色の絨毯が敷かれ、壁は白く照明の光を浴びて見る者に清潔な印象を与えていた。
室内の造りは階段状になっており、奥に行くほど段差が下がっていった。そしてその段差ごとに横に三列、縦に五列の塩梅で長方形の白い机が規則的に置かれ、その上に薄型のコンピューターが三台一組で置かれていた。
そして壁一面に据え付けられた目の前のモニターには、衛星軌道を周回するガット保有の人工衛星が捉えた映像が映し出されていた。
そこにはルイと信吾が映っていた。
「本当に、これで良かったのですか?」
その映像を見ながら、紫紺の和服に身を包んだ蝶々が隣に立つ隼に言った。その口調は相手の身を案じての事だった。
「あなたの考えもわかります。しかし、彼女は力があるとはいえ、まだまだ実戦経験に乏しい。彼に返り討ちに遭い、深手を負ってしまったらどうするのです?」
「まあ、その時はその時です」
モニターに目を向けたまま隼が言い切る。
「勝つ時もあれば負ける時もある。負けたら負けたで、あいつにとってはプラスになります。当然ルイが勝ってくれた方が私としては嬉しいのですが」
ルイと信吾をぶつけた一番の理由は、前に狭山が言った通り信吾の実力を量ることだった。それは技術的な面もさることながら、精神的な面での意味も含まれていた。
だから本来、この勝負において勝ち負けというのはあまり重要ではなかった。勝負の過程に見える本当の『強さ』こそが、今最も知りたい事柄であったのだ。
「一回の勝ち負けで一喜一憂しているようではまだまだです。負けたとしても、生きている限り挽回の機は
ある。いくらでもリベンジしてやればいいのです」
「……」
「問題は、あの二人がそれを知っているかどうか、なのですが。負けたショックで自分の殻に閉じこもるのではないのかの方が、私は不安ですよ……頭領も、本当はそういう所まで見たいと思っているのでしょうね」
そう言って隼が視線を向けた先、彼女たちより一段上の所に、件の鎧を着た狭山ともう一人のスーツ姿の神経質そうな男が横に並んでモニターを眺めていた。
「なぜお前がここに居るのか、説明してもらおうか」
「決まっている。視察のためだ」
げんなりした口調で言った狭山に、その横に立っていた深海が堂々と返す。頭を掻きながら顔をしかめて狭山が言った。
「警邏には部外者は誰も通すなと言っていたんだが、これはいったいどういう事なんだ?」
「今の肩書を使ったまでだ」
「職権乱用だと思うんだが」
「私は目的のためならば手段は選ばん。全てはこの国の平和の為なのだ」
「もういい。喋るな」
深海の言葉をこれ以上聞いていると頭が痛くなってくる。そう思って狭山は話を切ろうとしたが、深海は顔をしかめてから言葉を続けた。
「しかし、あんな年端もいかぬ子供に戦闘を任せていると言うのか?あんな子供に……」
「悪いか?あいつらもそれなりに戦い慣れしてる。粗は目立つが、もう立派な戦士だ」
「そう言う問題ではない!彼らのような垢抜けない子供に、この国の安全と平和の行く末を預けているのが問題なのだ!我が国の体面にも関わる!」
「失礼な言い方だな。あいつらだってやる時はやるんだぜ。特にそっちの女の子、彼女はもう既に何匹も異世界からの敵を倒してる。しかも独力でだ」
「な……!」
狭山の言葉を受け、それまでまくしたてていた深海が一瞬息をのむ。自分の所属する自衛隊でも歯が立たなかった存在が、たった一人の少女に倒された。その事が信じられなかったのだ。狭山が嘘を吐くような人間ではないことは深海にもわかっていたから尚更だった。
しかし気圧されたのはほんの一瞬だった。すぐに咳払いをして体勢を整えた深海が狭山に言った。
「まあ、それについてはこの後、しっかりと見せてもらうとしよう。そしてそれが真実ならば――」
「戦力として引き抜く、か?」
「そうではない。彼らの力や技術を研究し、真にそれを持つに相応しい者に分け与えるのだ。彼らをそのまま戦闘に出すわけにはいかないからな」
「体面か?」
「そうだ。国のためには仕方のない事なのだ。彼らもきっとわかってくれる」
片やガットの戦闘訓練を受けた非正規の特殊エージェント。片や我々の『敵』を滅ぼしうる唯一にして未知なる力を振るう、異世界からの訪問者。どちらにしても、表の力によって日本を守らんとする深海にとっては喉から手が出るほど欲しい素材であったのは間違いなかった。
「奴らをくれてやる気は無いぞ」
「どこに動くかは彼らの自由だ」
「それもそうだな」
釘を刺した狭山だったが、深海の正論を受けて逆に引き下がる。狭山としても、信吾はともかくルイを自勢下に縛るつもりは無かった。
去る者追わず。それが狭山のスタンスだった。
「まあ、今は」
モニターの向こう――正面から飛びかかる信吾とそれを待ち構えるルイの姿を見やりながら、狭山が腕を組みつつ言った。
「あいつらの決闘を見守るとしようか」




