第四十四話「大切なものは勇気」
「がッ――!」
魔族がうめき声を上げながら一歩後ろに引き下がる。すぐにルイが百八十度体を向き直し、引き金を引いたまま両手で構え直し、ゆっくりと後方へ下がっていく。
「このッ!このッ!」
弾丸は全て直撃している。だが魔族が倒れる気配はない。それどころか、一歩退いた足を再び前に踏み出し、銃撃を正面から受けながら確実に前へと歩き始めていた。
「まだ、まだ……!」
むき出しの胸や腹に鉛玉が激突し、そして力なく地面へと落ちて金色の光の粒子に変わっていく。それでも魔族は歩みを止めない。
武器を持ち替えることも出来ない。その隙を突かれて一瞬で距離を詰められる。そして武器を現出させきる前に殴られて終わりだ。このまま撃ち続けるしかない。
ルイは一定の距離を取るよう引き下がりながら銃撃を加えていたが、その背後には次第にフェンスが迫っていた。
「なんなのよあいつはァ!?」
《落ち着け!距離を離して武器を持ち替えろ!》
目の前で起きている非常識な事態に驚愕したルイが叫び、それを聞いた隼が平静を取り戻させようと叱咤する。
だがその言葉にルイが悲痛な言葉でかみついた。
「無理!後ろにフェンスがあります!」
《どうでもいい!ぶち破るなり飛び越えるなりしてそこから離れろ!別のビルに飛び移れ!》
「背中は見せられません!怖い!すっごい怖い!」
《それくらい何とかしろ!男だろうが!?》
「男なのは外側だけですよう!」
ガシャン。
背中からフェンスに衝突する。
それはルイには死刑宣告に聞こえた。思わず言葉を切って引き金にかけた指から力を抜き、弾丸の嵐を自ら止ませる。
「ここまでだな……!」
銃撃を全て受け止めた魔族が勝ち誇ったように言った。相変わらずルイの眼には恐れの感情があったが、それと同時に半ばやけくそ気味な冒険心と挑戦心が光を放っていた。
「……よし、こうなったらやってやる。やってやるからね。絶対やる」
『ルカ、これからどこに行くつもりなんだい?』
自らに念じるように言葉を繰り返すルカに、大悟が不安そうに尋ねる。
『後ろのフェンスを破る暇はないよ。他に逃げ道って言ったら』
「大丈夫よダイゴ。逃げ道ならちゃんとあるから」
『本当?どこ?』
その大悟の言葉に、ルイが黙って前に向けて顎をしゃくる。
『本気なの?』
大悟が言葉を引きつらせる。だがルイの瞳には、既に恐怖を燃やし尽くすだけの覚悟が宿っていた。
「ここまで来たら、やるしかないよ。一か八か仕掛ける」
『いや、だけど』
「ダイゴも腹括ってよ!これしか方法は無いんだから!」
二の足を踏む大悟にルカが催促をかける。その声からは恐怖の色が滲み出ていた。
魔族がゆっくりと歩みを進めていく。最早一刻の猶予も無かった。
やがて大悟も覚悟を決める。
『……わかった。やろう』
「……ごめん」
『いいよ。それしか道はないんでしょ?』
《おい、何をする気だ?》
「安心してください。自爆とかじゃないですから」
《それは自爆と比較するほど危険なことなのか?》
「大丈夫ですよ。絶対うまく行きますから」
不安げに言ってくる隼にそうルイが告げる。そして手元のAKを溶かし、スライムのまま両手で保持する。
「隼さん」
《なんだ?》
瞳を震わせながら、不意にルイが隼に言った。
「やれるって、言ってください」
《なに?》
掠れた声で隼に言った。
「お前ならやれる。お前なら出来るって」
《ルイ?》
「さっきは大丈夫って言ったんですけど、やっぱり今、凄い怖いんです。だから、出来ることなら私のこと、応援して欲しいんですけど……」
《……ああ》
何故とは聞かない。情報や叱咤激励などでルイを支え、常に全力で戦えるようにするのがオペレーターの仕事だからだ。だから余程の無茶でない限り、隼は彼女の頼みは全て聞くつもりでいた。
ましてや彼女は兵士ではない。戦闘のプロフェッショナルでもない。ならば尚更支えてやらなければならない。
隼が口を開く。
《お前ならやれる。いつも通りの調子で行け》
「……はい!」
たった二、三の言葉なのに、それだけでやる気が沸いてくる。不思議な気分だった。だがそれを気にする暇は無かった。
「毎度不思議な奴だ」
「気にしないで。これが普通だから」
歩み寄りながら話しかけてくる魔族に素っ気なく返す。タイミングを計る事と恐怖を抑えることに全神経を集中させていたので、問答に費やす力は無かった。
魔族が近づいてくる。その足がルイの頭の影を踏む。
まだだ。まだ遠い。
「いっせーの、いっせーの――」
いつでも飛びだせるように、そして破裂しそうな程に伸縮する心臓を抑え付けるようにルイが小声で呼吸を整える。
魔族の影が自分の身体の影を踏み越える。だが足音はせず、バクバクという拍動だけが鼓膜を通して伝わってきていた。
「いっせーの、いっせーの……」
魔族の影が足の影と重なる。
魔族が腕を振り上げる。
今。




