第四十話「三人目の入居者」
眠れる者の安眠を殺さんと耳元でアラームが鳴り響く。
その忌々しい高音によってまどろみから意識を引きずり出され、大悟が嫌そうに目を開けてベッドの上で覚醒する。
赤いチェックの寝間着姿のまま寝室を出てリビングに入る。普段ならばそこで自分よりも先に目覚めたルカがぼんやりテレビを見ているか、もしくは向こう側にある畳張りの和室で未だ寝息を立てているかのどちらかだった。
そして先に目を覚ました方から朝食としてトーストを何枚か焼いて食べ始め、後から起きた方がそこに合流するという流れになる。ルカも大悟もそれなりに料理は出来る方だったが、朝早く起きてまで朝食に手間をかけるような繊細さは持ち合わせていなかった。
だが今朝は違った。
「……あれ?」
リビングに入った大悟の視界に映るのは『こちらの世界』で買った青い縦縞の寝間着を来たルカの姿、そして彼女が腰を下ろしている前にあるテーブルの上に配膳された、美味しそうに湯気を立てる味噌汁と白飯と焼魚だった。
「あ、おはよう大悟。今起こしに行こうとしてたんだけどさ、起きてくれてラッキーだったよ」
「え、なに、これ。ルカが作ったの?」
「まさか。あの人が私たちより早く起きて、準備してくれたのよ」
「あの人?」
よく見れば、テーブルの上にある料理は三人分あった。状況が今一つ理解できずに大悟が首をかしげていると、台所の方から女性の声が聞こえてきた。
「おう、起きたか。遅かったな」
驚いた大悟がそちらに視線を向ける。するとそこには白いシャツの上から青いジャンパーを羽織り、同じく青いスラックスを身に着けた一人の女性の姿があった。そしてその姿を認めた途端、それまで寝惚けていた大悟の脳細胞が猛スピードで活動を開始した。
「ああ、ええっと……」
そして幾分かの熟考の後、完全に覚醒した大悟がその女性に言った。
「……あ、は、隼さん。おはようございます」
「ああ。おはよう」
だがその延び切った大悟の言葉に隼が眉を顰める。
「しかしなんだ、さっきの間は?気に食わん沈黙だな。もしかして、昨日私が話したことを忘れたとでも言うのか?」
「ええとそれは……ごめんなさい、今思い出しました。はい」
「……まったく、お前は素直すぎるのが短所の一つだ。そう真っ正直に自分の心情を吐露しなくてもいい。感情を呑み込んで、相手に悟られないようする事も時には重要になることもあるのだ。覚えておけよ」
「は、はい。ごめんなさい」
隼のアドバイスを受けて面目なさそうに大悟が顔を伏せる。その様子を見て、可愛い奴めと言うかのように隼が苦笑する。
「さ、飯もできた。早く食べるぞ」
そしてそう言ってテーブルにつこうとする隼を、大悟が引き留めるように言った。
「あの、隼さん」
「ん、どうした?何か質問か?答えてやってもいいが、今はとりあえず腹ごしらえしようじゃないか」
「は、はい。でもその前に、一ついいですか?」
「なんだ?」
その場で立ち止まって隼が大悟の方を向き直る。そんな隼を呆れ半分に見据えながら、彼女に確認するかのように大悟が言った。
「本当に、家に来ちゃったんですね」
「ああ。有言実行が私のポリシーだからな」
そう返しながら隼が腕を組んで大きく頷いた。
ルイの家に住むという隼の提案を、ルイが退けることは出来なかった。猛禽類の如き鋭い眼光で睨まれてしまっては、抵抗の意志も一瞬で萎んでしまう。こればっかりは怖くて仕方なかったのだ。
しかしルイは正確には『一人』ではない。そしてこれ以降、家の中でずっと変身状態を持続していくのも酷な話であった。
だから隼を家に招いてリビングに上がらせた後、ルイは彼女の目の前で変身を解いた。もうどうにでもなれ。半ばやけくそ気味の決断であった。
「……種明かしすると、こういうことなんです」
「な……」
当然ながら、隼もこれには目を丸くした。だがそうやって素で驚いたのもほんの少しの事で、隼はすぐに平静を取り戻して『そうか。そういうことだったのか』とその状況をすんなり受け入れてしまった。
「一人が二人に増えただけだ」
そんな順応性の高さに驚いている二人に対して、最初に会った頃の調子に戻った隼がさらりとそう言ってのけた。無駄に混乱しないだけ大悟たちには有難かったが、『騒ぐんじゃないのか』と混乱を期待していた気持ちが無いわけでも無かったので、少し肩透かしを食らったりもした。
そして隼は、一応このことも本部に報告しておくと二人に断りを入れた。二人に拒否権は無かったし、拒否する気も無かった。『三人目の同居人』という初めての事態を前に頭がてんてこまいになり、他の事を考える余裕が無かったのだ。
本部の方も驚いていたらしいが、結局は隼と同じところに落ち着いた。改めて自己紹介を済ませた後、隼はルカと同じ部屋で寝ることにした。
そして安藤大悟と言う名前を聞いた時に隼が顔を強張らせたのを、当の大悟は見逃さなかった。




