第三十八話「ちょっと言ってる意味がわからない」
ルイと隼の握手を見て満足げに頷いた鷹丸がそよ風を残して消えた後、ルイは通路に立ったまま呆然としていた。
「今さら気づいたんだけど、私さ……なんか大事に巻き込まれちゃってない?」
最初は魔法を習得すると言う名目でこちらの世界に飛び、結果として魔法を扱うことは出来るようになった。しかし気が付けば、自分が魔法を使えるようサポートしてくれた異世界の功労者と共に、自分と同じ世界からやってきた連中から喧嘩を吹っ掛けられ今に至る。
波乱万丈である。
「人生って、何が起きるかわからないものね」
「どうしたんだ、いきなり。そう悩むほど歳を食っている訳でもないだろう」
「ふえっ!?」
そんなルイの呟きを耳聡く聞きつけた隼が、不思議そうに彼女に話しかけた。
「お前は確か、異世界からこっちに飛んできて、同じ異世界から来た連中と戦っているんだったな」
「え!?は、はい、そうです。私向こうじゃ落ちこぼれで、それで魔法を覚えるためにこっちに来て、それで覚えたはいいけど同じ世界から来た連中に一方的に襲われちゃって……」
「ふうむ、どうしていいのかわからないと。ついでに負けて悔しいと」
「ぐ……」
いきなり話しかけられたために早口でまくしたてるルイを見やりながら、腰と顎にそれぞれ手を当てて隼が返す。ストレートな物言いだったが、それは自身の心情を的確に突いていた為にルイは気まずい顔でただ黙って俯いていた。
「混乱するのも無理はないか……まあ悩む気持ちもわからんではないが、とりあえずは悩むよりも前に、自分の思うようにやってみたらどうだ?」
「でも、それで失敗したら元も子もないじゃないですか」
隼が鼻で笑う。
「ビビるなよ。失敗は若いうちにしておくものだ。その方が失う物も比較的少ないし、何より色々と得だからな」
そして意地の悪い笑みを見せる。相変わらずの威圧感を感じる笑いだったが、なぜだか、同時にルイにはそれがとても頼もしく見えた。
それはルイが、自分の悩みに対してキッパリと道を示唆してくれた隼に対して、僅かながら親近感を――厳しくも頼りになる姉を持ったような感覚を覚え始めていたからであった。口調は荒いし容赦もないが、なんだかんだでいい人だったのだ。
格好いいなあ。ルイは周囲の雰囲気が暖かくなっていくのを感じた。
そんな感じで隼に対する印象を軟化させていたルイに、当の隼がその悪戯っ子の笑みを浮かべたままルイに言った。
「何事も経験だ。成功だけの人生なんぞ面白くもなんともないからな。覚えとけよ」
「はい!」
「よし、いい返事だ……と、少々立ち話が過ぎたな。さて、そろそろ家に帰るとしようか」
「はい、じゃあ今日はこれでお別れですね」
「……なんだと?」
場の空気が変わる。
ルイの言葉に隼が笑みを消して眉を顰める。突然の表情の変化にルイは戸惑いを隠せなかった。
「え?いやだって、隼さんもう帰るって……」
「ああ、帰るぞ。だがそれぞれ別々の家に帰るとは言っていない。そもそも私はずっとここで生活していたしな」
「じ、じゃあ家に帰るって、どういう意味なんでしょうか……?」
そこで再び隼が意地の悪い笑みを見せる。今度のそれは、ルイには酷く邪悪なものに見えた。
そして若干怯えて頬を引きつらせるルイに、隼が爆弾を投下した。
「決まっているだろう。同棲だ」
「……は?」
「案内しろ。これから私もお前の家に住む」
「……はあ!?」
その爆発はルイの平静を完全に破壊した。
「当然だろう。私はお前をサポートするために呼ばれたんだ。同じ屋根の下にいた方が都合がいい」
「ま、待ってくださいよ。いきなりそんなこと」
「いや、待てよ。ひょっとしてお前、まだこちらの世界での生活に慣れていなくて、家を確保できていないのか?公園やら路地裏やらで段ボール確保して、そこで侘しく夜を過ごしていると言うのか!?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか!自分の家くらいありますよ!何をそんな真剣に――」
馬鹿真面目なまでに真剣な口調で尋ねた隼に、混乱のあまり顔を真っ赤にしてルイが叫び返す。そしてすぐに、ルイは自分が墓穴を掘ったと気づいたが、もはや後の祭りだった。
「そうか、よかった。自力で家は確保しているのだな。アパートか、マンションか、一軒家か……いや、雨風さえ凌げればそれでいいか。よし、すぐに向かうぞ!」
「いや、待って!待ってください!それは色々と不都合が」
「前にも言っただろう?人生、何事も経験だ。反論は受け付けんからな。行くぞ!」
「いや!待って!待ってくださいよー!ちょっとー!」
姉に向けるような親近感は完全に消滅していた。
ルイは心労の種が一つ増えたことで、胃がキリキリと痛み出しているのをはっきりと感じていた。




