第三十六話「秘密組織の本拠は大抵暗い」
秘密組織のアジトというのは、決まって薄暗く陰気な場所なのだ。大悟にそう吹き込まれたからでもあったが、ルカは実物を見たことも無い癖にアジトと言う場所の雰囲気についてそう決めつけていた。
だが鷹丸に連れられてやって来たガット本部の雰囲気は、逆に拍子抜けするほどにルイの予想していた通りの物だった。
部屋の大きさに比べて明らかに光量の足りない篝火の列。室内は薄暗く、壁も天井も闇にまぎれて果てが見えない。
そして篝火の列の外側にそれと並行に並ぶようにして、鷹丸とほぼ同じ格好をした人間たちが背筋を伸ばして立っている。性別も年齢もバラバラで、小太りの中年男の横に大悟たちよりも年下に見える少女が立っていたのがルイの目に留まった。
そんな室内の正面には一段高い座敷があり、そこに頭だけを露出させた鎧姿の老人が胡坐をかいて座っていた。そしてその横で、ルイでさえも見惚れてしまう程の美しさを持った妙齢の女性が佇んでいた。
「……」
それとこの部屋の何よりの特徴として、空気が重い。黙って立っているだけで喉がカラカラに乾いていく。思い切りアウェーな場所に放り込まれてしまい、自分が酷く場違いな存在に見えてしまう。
まさに秘密組織のアジトであった。
「嫌な場所だなあ」
『思いっきり漫画の構図じゃないか』
服のままの大悟が呆れたように呟く。ルカはそれを聞きながら、その構図を描いた漫画を今度見せてもらおうと思っていた。
「肩の力を抜くなとは言わん。だが過剰に緊張しすぎることも宜しくないぞ。適度に行け」
「……それアドバイスになってないです」
ルイの隣で腕を組んで立っていた鷹丸がフォローするが、それはルイにとってはかなりの無理難題であった。少しでも気を緩めれば、すぐにでもこの場に漂う空気に押し潰されそうであった。
そうして鷹丸の言葉を無視してルイがガチガチに緊張していると、座敷に座っていた老人がクツクツと暗い笑みをこぼしながらドスの効いた低い声――齢を重ねた者が発する事の出来る独特の重みと凄みを持つ声で彼女に言った。
「まあそう緊張するのもわからんでもない。ここに客人が来るのはかなり久しぶりだからな。こちらとしても、どう相手をもてなしたらいいのかわからんのだ。勘弁してくれ」
「い、いえ、そんなお気遣いなくっ」
緊張と老人への畏怖のあまり、言葉の頭がつい裏返ってしまう。言い終えてからルイは『まずい』と思い、『場の空気を掻き乱してしまった。殺される』と顔を真っ青にして過剰に竦み上がってしまった。どれだけ後悔しても後の祭りであった。
だがそんな顔色をコロコロ変えるルイの姿を前にしても、老人は少しも動じることが無かった。むしろその様子に若干困惑した調子でルイに言った。
「おいおい。何も取って食おうとしているわけじゃないんだ。そんなに怖がらなくてもいいだろう」
「は、はいっ、すみません」
「頭領。とりあえず座らせてはいかがでしょうか?彼女はつい先程まで戦っていた身。その後でこのような慣れない所に連れて行かれては、精神が参ってしまうのは目に見えております」
なおもガチガチに応答するルイに対して、老人の傍らに控えていた女性がやんわりとした声で助け船を出す。
地獄に仏。ルイは砂漠の中でオアシスに出会ったような気分になった。
「ですので、ひとまず体を落ち着かせれば、幾分か心の緊張も和らぐかと思うのですが……」
「そうだな、すっかり忘れておったわ――すまぬ、そちらの事情を知らずに話をしておったわ。とりあえず腰を落ち着けてくれい」
「さ、頭領もそう仰っておりますから、ご遠慮なさらずに。正直なところ、あなたも疲れているのでしょう?」
「え?ええ、はい!それなりにちょっと、ちょっと疲れてますです、はい!」
老人がすまなそうに言い、それを受け継ぐようにして女性が柔和な笑みを浮かべてルイに尋ねる。ルイもそれまで緊張していた反動から自身の正直な気持ちを噛み噛みにぶちまけてしまったが、それで女性も老人も気分を害する素振りは見せなかった。
「蝶々もそう言っているんだ。気にせず座るが良い」
「は、はい」
「鷹丸、ご苦労であった。お前も下がって、暫し休むが良い」
「御意」
鷹丸がその言葉を残して音もなく立ち消え、その横でルイが恐る恐る正座する。そして件の蝶々と呼ばれた女性が左右で列をなしていた人間たちに目配せをすると、彼らは一つお辞儀をした後に背中から背後の闇の中へと消えていった。
「さて、人払いも済んだ。ここに居るのは我々だけだ」
完全に人の気配が消えたのを見計らってから、老人がルイに言った。
「では、鷹丸に言ったことを改めて教えてもらおうか。彼らが一体何者なのか。そして何をしにここに来たのかをな」
ルイは静かに頷き、そして鷹丸に話したことと同じものを語り始めた。




