第三十五話「助太刀」
……
おかしい。
覚悟を決めた筈なのに、今になっても意識が残っている。
何かあったのか?
そう思ってルイが恐る恐る目を開けると、そこには魔族の振り上げた腕を両手で鷲掴みにする鷹丸の姿があった。
「鷹丸さん!」
「ルイ、無事か!」
額から汗を流して魔族を拘束する腕を小刻みに震わし、必死の形相で鷹丸が叫ぶ。その姿から彼もまた余裕がないことはすぐわかった。
「鷹丸さん、どうしてここに」
「それは後だ!君は早く逃げるんだ!」
「ええい、貴様、放せ!なんのつもりだ!」
「悪いが、彼女は貴重な戦力なんだ。こんな所で失う訳には――ッ」
「どうやら限界らしいな、人間!このまま振りほどいてやる!」
勝ち誇ったようにそう言った魔族が大きく腕を振るが、それでも鷹丸はそこから一歩も動くことなく、しがみつくようにしてその腕を抑える。その光景を見て、それまで諦め一色だったルイの顔が瞬時に勇気と生気を取り戻す。
逃げるという格好悪い選択肢を選ぶつもりは無かった。
「何やってる、早く行け!」
「冗談――鷹丸さん、そのまま抑えて!」
感情の赴くままにパイファー・ツェリスカを生み出し両手で構え、魔族の眉間に狙いを定める。
その銃口に二組の視線が集まる。そして意図を悟った鷹丸がニヤリと笑い、魔族が悲鳴を短い悲鳴を漏らした。
「そういうことか、やれ!」
「ま、待て、待て――!」
「バイバイ!」
轟音。
『世界最強の拳銃』から放たれた一発の銃弾が醜悪なまでに肥大化した魔族の顔面に突き刺さり、アッパーカットを食らったかのようにその巨体が宙を舞った。
派手な音を立てて魔族が地面に激突する。一つ大きく息を吐く鷹丸の元に、ルイが疲れ切った顔を浮かべて合流する。
「やりましたね!」
「ああ。だがなぜ逃げなかった?俺に任せておけばよかったものを」
「喧嘩を売られたのは私。自分の手でケリをつけたかったんですよ」
「こいつ、なかなか言うな」
そして互いに会心の笑みを浮かべ頷き合った二人は、その後に魔族の落下した地点に目を移した瞬間自らその笑みを消した。
「……冗談でしょ?」
「これは……」
眉間に真っ赤な痣を作りながら、その魔族が二本の足で立っていた。まるでダメージを受けていないかのように背筋を伸ばし、どっしりと構えていた。
「この野郎、痛いじゃねえか」
魔族が苦々しく吐き捨ててから自分の額をさする。そしてあらかたさすり終えた所でその腕をだらりと下げ、唖然としている二人に向けて平然として言った。
「悪いが、今日はここまでだ。『ガナリ』を発動したばっかで体が本調子じゃないし、そんな状況でこれ以上ダメージを受ける訳にもいかんのでな」
「ガナリ?なんだ、それは」
「自分で調べな!」
鷹丸の追及を一蹴しながら、魔族がその位置からバックジャンプを行い一気にフェンスの前にまで到達する。
「今日はなかなか楽しかったぜ。今度もまた楽しもうぜ」
「ま、待て!」
「待つかよ!」
そして魔族が後ろに飛び退いて背中でフェンスをぶち破り、夜闇の中へとその巨体を隠していく。そして後にその場に残されたのは二人の男女と、酷い倦怠感だった。やるせなさを全身で感じながら鷹丸が一人毒づいた。
「逃げられたか……今まで見てきた資料に出てきた奴とは違う。いったい何だったんだ、あれは」
「ガナリ……太陽……レビーノの言葉……」
「……ルイ?」
そんな自分の横で独り言ちるルカに気付き、鷹丸が彼女に視線を向ける。
「どうした?何か心当たりでもあるのか?」
「え?ええ、はい、さっきあいつが言ってたことなんですけど――」
そこまで言って、ルイが苦い表情を浮かべて顔を背ける。そしていくつか独り言を述べた後、やがて真剣な眼差しで再び鷹丸を見据えながら、ルイが強い口調で言った。
「あの、今から私が言うこと、全部本当のことだって、信じてくれますか?」
「なに?」
「私の作り話じゃないって、信じてくれますか?」
「……それは奴らの、敵の事に関する情報か?」
「全ての事です。私のことも含めて、全部」
鷹丸の問いに、ルイがきっぱりと言い切る。鷹丸はその姿から、彼女が嘘を吐くつもりはないということを直感した。
鷹丸がルイの正面に向き直る。そして彼女から注がれる強い視線を受け止めながら、意を決して鷹丸が言った。
「聞かせてくれ、全て」
ルイが小さく頷く。鷹丸が頷き返し、話し始めるよう無言で促す。
彼女が語り始めた一連の話は、鷹丸の想像を上回っていた。
ファンタジー的な意味で。




