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第三十四話「終了」

「――ッ!」


 身の危険を察したルイが目を見開き、反射的に引き金を引く。だが引き切るよりも前に、その体は車に撥ねられたようにして遙か後方へと吹き飛ばされていた。

 何が起きたかもわからないまま、ルイの細い体がフェンスに激突する。予想だにしなかった衝撃にルイが短い悲鳴を上げる。


「があっ……!」

「……へえ。あの人間も仕事はしっかりこなすじゃねえか」


 それまで押しても引いても微動だにしなかった網を左手で引き裂き、そのまま右手を振り払ってルイを吹き飛ばした魔族が、そう立ち上がりながら満足げに呟く。そしてその場に蹲りながらも頭を振って意識を取り戻したルイが、その魔族の声のする方に目を向けて顔を凍りつかせた。


「いや、ちょっと、いきなりどうしたのよ、それ」

「……奥の手ってやつだよ」


 その体躯は以前より一回り大きくなっており、人間よりも頭一つ飛びぬけた大きさとなっていた。それに伴って四肢の筋肉や翼が内側から膨れ上がり、その外観の変化によって全身から放つ威圧感もそれまでよりずっと増大していた。

 ボディビルダーのように筋肉質になった表皮には血管が浮き出し、その眼は血走っていた。またかなりの興奮状態にあるからなのか、口を開けたまま大きく肩で息をしていた。どう見ても正常ではなかった。


「言ったろ?最後まで付き合ってもらうってな」

「この――!」


 魔族が笑う。

 ルイが歯を食いしばってリボルバーを構え、その脳天に照準を合わせる。

 視界から魔族が消える。


「え?」

「ハッハァ!」


 景気のいい魔族の笑い声が左耳に木霊する。

 左肩に鋭い痛みが走り、ルイの身体が真横に吹き飛ばされる。

 目を点にしたまま、体を動かすことも出来なかった。

 受け身を取ることも出来ず、背中からモロにフェンスにぶつかる。視界が明滅し、一瞬だけ意識が途切れる。そしてその様子を見ながら、一瞬にしてルイの側面についていた魔族が嬉しそうに雄たけびを上げた。

 まともな反応ではない。


「なによ、本当なんなのよあれ……」


 本気で怯えた声を出しながら、ルイが反射的に銃を構える。

 また視界から消える。残像も残らない。


「くそ、どこ!?」

『上!』

「!」


 真上から襲い掛かってくる魔族に大悟が反応する。そこに顔を向けることなくルイが横っ飛びに転がり、その直後にそこに魔族が落下しそれまでルイのいた場所を両脚で踏みつける。


「ち、外したか」

『か、間一髪……』

「あいつなんなのよ!何か絶対おかしいって!」


 破裂しそうなくらい充血した目で睨みつける魔族を見やり、尻餅をついた姿勢でルイが後ずさっていく。

 下手に動こうものなら確実にその隙を突かれる。立ち上がることも出来なかった。そうして距離を取りながら、ルイが独り言――大悟に話しかけた。


「どうなってるの?あんなの絶対普通じゃないって」

『俺に言われてもわからない……いや、まさか』

「なに?どうしたの?」

『多分、多分かもしれないけど、あいつのパワーアップの秘密に心当たりがある』

「本当!?じゃあそれを」

『ルカ!』


 不意に大悟に名前を呼ばれ、ルカが視線を前に向ける。

 彼女の眼前で仁王立ちになった魔族が両拳を握り合わせ、天高く持ち上げてその頭に振り下ろそうとしていた。


「ひっ!」


 すぐさま横っ飛びに回避する。側頭部と拳が擦れあい、銀色の髪の毛が強引に引き抜かれる。それを気にする余裕は無かった。


「くそ、チョロチョロしやがって」


 そう悪態をつきながらも、その魔族は急ぐことは無く、あくまで獲物を追いつめるようにゆっくりと近づいていった。その浅黒い巨体に向け、ルイが退きながら手の中のリボルバーを変質させて今度はアサルトライフルを構える。

 狙いを定めるつもりはない。銃口が体に向いた瞬間引き金を引くつもりだった。


「いい加減に!」


 銃口が正面を向く。人差し指に力を込める。鉛玉の嵐が魔族に降りかかる。

この時の魔族のスピードも異常な域に達していたが、銃から吐き出される弾丸も、それと同等以上の速さを伴っていた。

 そしてこの時、魔族はその弾丸の雨に対して反応が一歩遅れた。それが決め手となった。


「があ……っ!」


 ルイにとっては、敵の体が大きくなっていたのも幸いした。狙いもつけず出鱈目に放たれた弾丸は、それでも魔族の全身に容赦なく突き刺さった。

 顔に、腕に、胴に、足に。放たれる弾の一つ一つが情けを知らぬ鬼の拳が如き暴威を纏って、魔族の身体を容赦なく殴りつけていく。

 いつもならば、これだけまともに斉射を食らった魔族は必ずグロッキーになる筈だった。耐えたとしても満足に立つことすら出来ない。

 だが。


「ふうう……」

「うそ……」


 目の前の筋肉達磨と化した魔族は平然と立っていた。全身痣だらけになりながらも、しっかりと意識を保っていた。そんな情景を目の当たりにしたルイは驚きのあまり、トリガーにかける指の力を弱め、構えを解き始めていた。

 戦意の灯火が揺らぎ始める。


「終わりか?」

「くっ――!」


 挑発する魔族の声に反応する様にルイが再び銃を構え直す。だが遠方の魔族に向けられたはずのその銃口は、いつの間にか彼女の目の前に立っていたその魔族によって、片手でがっしりと握りしめられていた。


「は、はや――」

「ふん!」


 さらにルイに驚く暇も与えずに、魔族がその銃口を掴んだまま、軽々と片手で上に折り曲げる。

目の前で起きた出来事に、ルイは開いた口が塞がらなかった。

 駄目だ。


「まったく、お前は面白い奴だよ」


 満足そうに不敵な笑みを浮かべながら、魔族がルイのがら空きの腹に掌底を食らわせる。ルイの身体が三度宙を舞う。


「……!」


 もはや声も出ない。フェンスに激突し、苦悶の表情を浮かべながらその場に崩れ落ちる。

 腹と背中と頭が白旗を揚げている。もう指一本動かせない。その様子を睨みつけながら、魔族が相変わらずゆっくりと近づいていく。


「ここまでだな、魔法少女?」

「がっ……ぐう……」


 脳が働かない。息も満足にできない。休ませてくれれば持ち直せるが、そんなことはさせてくれないだろう。


「ここで……終わり?私、終わり……」

「ああ。終わりにしてやるよ」


 魔族が拳を握りしめ、高々と振り上げる。ルイはそれを見上げることしかできなかった。


「あばよ!」


 風を切り、拳が振り下ろされる。

 ああ、これで私も終わるのか。

 やっと終われるのか。

 大気の悲鳴を聞きながら、ルイがゆっくりと瞼を閉じた。

 その心はやけに穏やかだった。


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