第三十一話「共闘」
「まことに申し訳ないことをした」
それから数分後、ルイに自己紹介を済ませた鷹丸が真っ先にとったのは、彼女に頭を下げることだった。その一方でルイは鼻血程度で済んだためにそれまで自分が受けていた暴力についてはそれほど悪感情を抱いてはおらず、むしろ頭の悪すぎる信吾の態度を見てすっかり冷め切ってしまっていたため、特にこれと言って言及する気も無かった。
肝心の信吾は未だのびたままだった。
「奴には俺の方から厳しく言っておく。だから今回の件は、どうか勘弁してほしい」
「いや、そんな畏まらなくてもいいですよ。こっちも特に気にしてないんで。それより……」
むしろ今のルイは、前に真弓が言っていた組織が実在している事の方に意識が集中していた。信吾の事はすっかり忘れていた。
「ガットって、本当にあったんですね!」
「ん?ああ。確かにそうだが……しかし、良く我々の事を知っていたな」
「いやだって、たち……じゃなくって、日本を遙か昔より守る影の組織ってことで、都市伝説マニアの方では有名なんですから。知ってて当然ですよ、ええ」
危うく口を滑らしかけたルカを大悟がフォローする。そうして放たれたルイの言葉を受け、困ったように目を伏せて鷹丸が言った。
「そうか。都市伝説として広まっていたのか……人の口に戸は立てられぬと言うが……未だ都市伝説止まりなのが唯一の救いか」
「でも、ガットは実在する。そうですよね?」
「ああ。我々ガットは、確かに太古の昔よりこの国を守って来た。だが我々はあくまで影の組織。我々の事はどうか内密にしてほしい」
「わかってますよ。それに私も、特に話せる人も居ませんし」
「独りということか?」
「ヒーローは孤独なんです」
大悟のアドバイス通りにルイが誤魔化す。だがその言葉の中に隠れる寂しさは本物であった。
「なるほど、ワンマンアーミーか」
「そういうことです」
鷹丸がしみじみと呟き、ルイが頷く。ルカはその言葉の意味を知らなかったが、大悟が合わせておけと言うので素直に従うことにした。
そしてルイがそう頷き終わるのを待ってから、鷹丸が本題に入ることにした。
「しかし、例え一人で戦うにしても限度がある。ここは一つ、我々と共同戦線を張るというのはどうだろう」
「共同戦線……」
「特別戦力として、我々ガットと合流して欲しい。どうだろう。引き受けてはくれぬだろうか」
共同戦線。特別戦力。
その言葉の意味はルカも知っていた。そしてそれは大悟も同様であり、故に二人の回答も決まっていた。
「お断りします」
「む」
こちらの自由を侵害されてはたまらない。自分たちが戦うのはあくまで自衛のため。それ以上の攻撃の理由は無く、ましてやどこぞの部隊の傘下に入り、誰かの要求の為に戦うつもりは毛頭なかった。
「私はあくまで私の為に戦う。あなた方の活動に同調するつもりはありません」
何より正体がばれる。非常に面倒なことになる。それだけは避けたかった。
「やはりそうなるか……まあ、予想はしていたが」
「では、私はこれで」
「ああ、いや、待ってくれ」
しかし回答を終え帰ろうとしたルイを鷹丸が引き止める。不満げに振り返るルイに、鷹丸はプランB――次善策を突き付けた。
「なんでしょうか?」
「ならばこうしよう。我々は君の行動を制限しない。あくまでもバックアップに回る形だ」
「バックアップ?」
「そうだ。君の行動を制限したり、監視をつけるつもりもない。ただ、我々の持つ情報を逐次君に与える。それだけだ。君はいつも通りに生活をして構わない」
「……」
「そして君の活動と並行して、我々も戦闘を行っていく。無論、君が戦っている所を我々が見つけたら、即座に共闘する。これでどうだろう」
「……」
ルイを手勢に加えるのではなく、あくまで協力的な第三勢力として好きに泳がせる。それが鷹丸を通じ本部が提示した次善策だった。直接指令を飛ばせない分融通は利かないが、それでも確実に敵の数は減らしてくれる。ベストではないが、ベターな選択肢ではあった。
そしてそれはルイにとっても同様だった。何よりいつも通り自由に動けると言うのが効いた。信用云々については、信吾を見ていて気持ちいいくらい殴り飛ばしてくれたので信じてみることにした。
「……いいわ。それなら協力します」
「おお。そうか。助かる!」
嬉しそうに目元を綻ばせながら鷹丸が言った。そして懐に手を入れ、そこから緩やかに湾曲した一本の棒らしきものを取り出した。
「これは?」
「小型のヘッドセットだ。耳に着けて使用する。戦闘中に何らかの情報が知りたい時は、これを使ってくれ」
「え、いいんですか?」
「君をバックアップすると言っただろう。まあ、君が我々と共に来る方を選んだとしても、これを渡すことになっていたが」
「そんなこと言ったって釣られませんよ……でも、どうしてなんですか」
それを受け取りながらルイの口を借りた大悟が言った。
「見ず知らずの他人に――要求を一度断った私にここまでするなんて、どうしてなんでしょうか」
「戦力が欲しいからだ」
キッパリと鷹丸が言い切る。
「敵の力は未知数。数も未知数。そして普通の武器では、奴らを倒すことは困難を極める。故にあらゆる状況に備えるために、我々には少しでも戦力が必要なのだ」
「……」
「そして、君は独力であの敵を打倒した。その力が、我々は是非とも欲しいのだ」
「え?どうしてそんなことを……」
そこまで言ってルイがハッとした様に目を見開き、その後ジト目で鷹丸を見つめる。
「監視してましたね、私のこと」
「君のことを監視していたのではない。夜間現れた奴らを偵察していた途中で、奴らを撃退する君の姿が偶々映っただけだ。大体それまで、君の事はノーマークだったのだ」
「それ盗撮じゃないですか」
弁解する鷹丸に苦笑いを浮かべながらルイが返した。そして明るい顔つきになってルイが言った。
「でも、それが切欠で私たちって会えたんですよね」
「うむ。人生は何が起きるかわからんものだ」
「ガットが実在することも確認できたし……まさに人生は一期一会、ならここで助けるのもやぶさかじゃない、か」
そう締めてからルイが手を差し出す。
「ええっと、私がこういうのもなんなんですけど、その……鷹丸さん、よろしくお願いします」
「私は構わんが、いいのか?君のことを騙しているのかもしれないんだぞ?」
「信じますよ。あれをぶっ飛ばしてくれましたから」
そう言ってルイが信吾の方に目をやる。申し訳なさそうに苦い顔を浮かべて鷹丸が言った。
「本当にすまない」
「いいんですよ。もっと酷い目にあってきましたから、このくらい余裕です」
「酷い目?いや、そのことを詮索するのは失礼か……では改めて」
そして差し出されたルイの手を握り返しながら鷹丸が言った。
「遠回りをした上にやや歪な協力関係となるが、これから宜しく頼む、ルイ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ルイと鷹丸が信吾を放置して手を結び合っていた頃、橘真弓は夜道を一人散歩に出かけていた。寝付けない夜はこうやって、灯りのまばらについた通りを歩くのが彼女の日課だった。
しかし街灯や歩道に面した店が光を放つ道中とは違い、彼女の店の前は街灯一つ無く彼女の店とその両隣の店もまた無灯火であったため、自身の影が見えなくなるほど真っ暗闇であった。
そんな場所だからだろうか。真弓が自身の店の前に蹲る『それ』の存在に気付いたのは、彼女が散歩を終え『それ』の間近にまで近づいた時だった。
「うん?なんだ、酔っ払いが寝てんのか?」
億劫そうにそう言ってから、真弓が肩と思しき所に手を当てて揺り起そうとする。だが『それ』に手を当てた瞬間、真弓は反射的にその手を引っ込めていた。
「う……ぐっ……」
「え、なに、なんなのよそれ」
人間の物とは思えぬ、ゴツゴツとした硬質な手触り。それがアーマーの類ではないと真弓が思ったのは、それがしっかりと『生物の体温』を放っていたからだ。第一こんな場所を、ラグビーの格好をした人間が通る筈もない。
「げほっ……げほっ……」
真弓の目の前に蹲る『それ』が苦しそうに咳き込む。段々と夜目に慣れていき、真弓の視界がその存在を捉えていく。
そしてその存在を確実に捕らえた時、真弓は言葉を失った。
「あ」
背中から生えた翼。鋭利な爪。痣だらけの浅黒い肌。
人間ではない。
「悪魔」
その姿に近しい言葉を真弓が捻りだす。魔族。
真弓は今、ルイが最初に叩いた魔族と邂逅を果たしていた。
だがその眼は、その顔は、決して恐怖に歪んではいなかった。
「悪魔……本物……?」
「げほっ、げほ……ん?」
その顔は未知の発見を成しえた学者の如く興奮で輝いていた。それこそ真弓の姿を認めた魔族が引いてしまう程に。
「お、おい、お前……」
「え、なんだい?」
「お前、怖くは無いのか?」
「怖い?誰が?」
「俺のことをだ。俺は魔族なんだぞ」
「怖いねえ……」
真弓はその問いに答える代わりに、黙って手を差し出した。
「なんのつもりだ?」
「そんな格好でこんな所にいたら風邪をひくよ。それにこのまま朝が来たら……言わずもがなだろ」
「何?」
「匿ってやるよ。ただしその代わり、何か面白い話を聞かせておくれよ。悪魔だなんて『珍しい』奴には、普通なら一生会えないモンだからね」
そう言って笑う人間を見て魔族が絶句した。だがそんな馬鹿げた要求をしてくる目の前の人間を引き裂いてやりたいと言う戦闘欲は、今は沸かなかった。
今その魔族の中にあるのはただ生存本能だけだ。
そんな魔族をじっと見据えながら、真弓が面白そうに顔を綻ばせて言った。
「来るかい?」
選択の余地は無かった。




