第二十九話「連戦」
数十分前。
大悟の棲んでいるマンションの屋上で、ルカと大悟が向かい合って立っていた。ルカは昼ごろに買ったサングラスと真っ白なコートを服の上から羽織っていた。
「じゃあ、やるよ」
「うん」
ルカの言葉にうなずき、大悟が手を差し伸べる。それをしっかりと握りしめ、ルカが目を閉じ意識を集中させる。
やがて血液が燃え上がるかのように全身が熱くなっていくのを感じ、ゆっくりと目を開ける。その視界の先、自分と大悟の間には太陽のように熱を放つ白い球体が浮かび、両者に目が眩むほどの光を放ち続けていた。
「――変身」
その球体に語りかけるように厳かにルカが告げる。その瞬間、球体が破裂し光が噴き出した。
そこは穢れを排除した真っ白な空間。
宙に浮く肥大化した輝く球体の中――身体に突き刺さる光の奔流の中で、まず最初に大悟の全身が真っ白に輝いていく。そして光が爪先から頭頂部までを覆い尽くした時、それまで『大悟だった』白い影が自分から繋いでいた手を放し、ベールのような薄い膜となって、両手を広げて待ち構えるルカに向けて飛びかかった。
光のベールが服の上から、ルカの全身に容赦なく巻きつく。包帯を巻くように腕や胴体に巻きつき、ルカの身体を輝く白に染めていく。
そして顔以外の全てが白と化した瞬間、その輝きを内から吹き飛ばすようにして、ルカの身体と彼女の周りを包む白が一息に消滅する。
そして雲散霧消した白に変わって後に残ったのは、星が瞬き月が浮かぶ漆黒の世界と、漆黒のボディスーツの上から同じく漆黒のコートに身を包んだ弾丸魔法少女――ルイの姿であった。
それまで彼女を包んでいた球体が宙に浮いていた為に、白から解放されたルイは空中に投げ出される格好になり、そのまま片膝立ちで屋上に着地する。そしてゆっくりと立ち上がり、それまで着ていたコートやサングラスが予想通りの結果に――その上から大悟が被さったことによって真っ黒になっていたことで会心の笑みを浮かべる。
「やった!予想通り!」
『サングラスは元から黒いんだけどね』
喜ぶルカの頭の中で服と化した大悟の声が響く。そしてなおも嬉しそうにコートの裾をつまんだりサングラスを押し上げたりしていたルイに、確認する様に大悟が言った。
『でもさ、ルカ。なんでコートとサングラスを着けて変身しようと思ったの?』
「え?それはもちろんあれだよ」
見えない相手に向けて胸を張ってルカが宣言する。
「かっこいいから」
『あ、そう』
ある意味考えていた通りの答えに、大悟が何故か安堵を覚える。そして今度は自分の番だと一つ息を整えてから、大悟がルカに言った。
『じゃあ、次はこっちの番だね。覚えてる?』
「うん。形も名前もばっちり。行くよ!」
大悟の問いにルカがそう答え、ルイが掌を開き両手を前に突き出す。そして服の手首の先を溶かしてスライム状にさせ、それをボトボトと地面に落とす。
野球ボール大のスライムが、ルイの足元に次々と落ちていく。そしてそれらは意志を持つかのように一つに溶け合い融合を重ね、そのサイズを大きくしていく。
それは相似拡大を続けると共に激しく蠢動し、次第にはっきりとした形を捉えていく。そしてそれがルイの腰ほどの高さにまで肥大した時、彼女の眼の前には一台のバイクが鎮座していた。
曲線で構成された装甲板を各所に貼りつけ、フレームの露出を極限まで抑えた黒のボディ。風を受け流しスピードを出すことのみを追求した、シンプルだがストイックなライン。
路上でその姿を見つけ、それから大悟が閃き生み出そうと考えたルイの新たな足。それが今、寸分違わぬ姿で彼女の目の前にあった。
『やった!』
自分のアイデアが成功したことを受け、大悟が嬉しさを爆発させる。そして、ルカもまた自分のことのように喜びを現した。
「凄い!本当に出せるんだ!」
『うん。まさか自分でもここまでうまく行くとは思わなかったけど』
「これを使えば、あの魔族に追いつけるんだよね!?」
『ああ。サイズは大型だけどスピードも出るし小回りも効く。これなら行ける!』
大悟の嬉しい声を聴きながら、ルカが自然な動作でバイクに跨る。既にエンジンはかかっており、アクセルを回すだけでエンジンがご機嫌な唸り声を上げる。その音を耳にしてルイが満足げに頷く中で、大悟がルカに言った。
『ルカ、わかってると思うけど、これもルイが生み出した『武器』の一つとしてカウントされている。だから実際に俺たちが使える武器は、後二つだけだ』
「うん」
『それと、動かし方もわかるよね?』
「それも大丈夫。大体の乗り方とかテクニックとかも頭の中に入れてあるから」
大悟の最大の懸念に対してルカがあっさりと言ってのける。例え生み出せたとしても乗りこなせなければ話にならない。それが大悟の危惧していた所なのだが、ルカは大して気にしていないようだった。それも結局は杞憂に終わり、ルカの器用さと聡明さに大悟が戦慄を覚えることになるのだが。
『それと魔族の方なんだけど、あっちは多分、こっちが元気に走ってれば向こうからやってくると思うんだ』
「ああ、うん。それは私もそう思ってた」
そちらの方については二人ともそれほど気にしてはいなかった。そして実際その通りになった。
ルイがもう一度アクセルを回してエンジンを唸らせる。そして唇の端を吊り上げ、虚空に――誰にも見えない大悟に向けて叫んだ。
「行くよ!」
『おう!』
三度エンジンを噴かすと同時にその場で前輪を持ち上げ、甲高い叫び声を辺りに轟かせる。そして前輪を接地させると同時にバイクを急発進させ、スピードを緩めることなく屋上から闇夜の大空へと飛び出していく。
パンクするんじゃないかと言う程にタイヤを押し潰しながら、派手な音を立てて道路に着地する。そして摩擦で煙を立てるほどに両輪をその場で回転させ、やがて矢のように道路を走り出した。
例の魔族はルイが走り出してから数分で捕まった。向こうからこちらを捕捉し、再度勝負を挑んできたのだ。
自分達ばかりが標的にされる最近の状況に大悟は疑問を感じていたが、降りかかる火の粉を払うために今はただ戦うのみであった。ルイがその場で停車しその要求を受けると同時に魔族が四足で道路に降り立ち、示し合わせたように二人が横一列に並ぶ。
「――行くぞ!」
だが魔族が走り出してからも、ルイはバイクを停めたままその場から動こうとはしなかった。
「ハンデよ。いいから行きなさいって」
驚き後ろを振り向く魔族の視界の先、ぐんぐんとその姿が小さくなっていく中でルイが嘲笑うように告げる。そのふざけた態度に、魔族は言いようのない怒りを覚えた。
「ふざけやがって!このまま圧勝してやる!」
そんな魔族の思いは、この後数分で粉々になった。
「くそ!くそ!くそ!」
完全リードの状況から横にべったりと貼り付かれると言う悪夢のような展開に、何度も魔族が悪態をつく。
針を飛ばす余裕もなかった。自らスピードを落とし相手に付け込まれる隙を与えるだけだったからだ。魔族はただ自分のスピードを上げることだけに集中したが、それも無駄だった。
「どうしてだ!俺はこんなにも速いんだぞ!これは一体どういうことなんだ!」
そうして横に怒りの視線を向け、ルイを睨みつけようとした魔族の顔が凍りつく。顔を向けたその鼻先に、ショットガンの昏い銃口が突きつけられていたからだ。
「私の勝ち」
「ま、待て」
「バイバイ」
ルイが引き金を引く。
鉛の嵐が体を穿つ。
魔族が真横に吹き飛ばされ体勢を崩し、地面を転げまわるようにして後方に消えていく。
追ってくることも無い。追撃を加える必要もない。
それで終わりだった。
「ふう」
『これで終わりか』
スピードを落とすことなく、バイクに乗ったまま全身で風を感じる。リベンジの直後という事もあって、それはとても気持ちのいい風だった。
その心地よさの中でルカが息をつき、大悟が安心したように呟いた刹那、平穏を破るようにルイの身体に鈍い衝撃が走る。
「悪の手先め、覚悟!」
その言葉と共に、バイクに乗り込み全速で駆け抜けていたはずのルイのわき腹に『人間の右足』が深々と突き刺さる。
心象が一気に暗転する。
「え?」
その真意を理解する暇もなく。
「う、うわ!」
『ヤバい、タイヤが滑って――!』
今度はルイが吹き飛ばされることになった。




