第二十八話「再戦」
ガットに入ってから、信吾は常に鷹丸の背中を追い続けて来た。
今まで頑張ってこれたのも、全ては鷹丸に認めてもらうため。一流のエージェントとなって彼の横に立ちたいからであった。
しかし彼のそんな真っ直ぐな思いは、結果として彼自身の視野を狭めていることになっていた。信吾はその事に気づいていなかった。
「くそっ。俺の事、鷹丸はまだ信用してくれないのか」
政府高官との話し合いを終え、闇に浮かぶ月を背に本部への帰路につく中で信吾が苛立たしげに呟く。彼は今、苛立ちをぶつけるように足場を蹴りつけながら建物の上を飛ぶように疾駆していた。
彼は手伝いの申し出を鷹丸にすげなく断られたことを未だに引きずり続けていたのだ。そして話し合いの席でもその事にばかり意識が向かっていた為に相手にかなりぞんざいな態度で接していたと言う事にも気づいていなかった。
「俺だって、もう立派なエージェントの一人なんだ。俺はこんな使い走りの任務じゃなくて、もっと本
格的な実戦任務がしたいんだ。そこで俺の実力さえ示せれば……」
そこまで言って、不意に信吾が足を止める。彼の視界の先に奇妙な物が見えたからだ。
二つの影が競争をするかのように縦一列になって、無人と化した道路の上を疾走している。後ろについた方はバイクに乗った人間、そしてその前方を行く方は――最初見た時は目を疑ったが――四本足で立ち獣のように走っていた。
獣の方は背中に翼らしきものを生やしていた。
「……へえ」
格好の獲物を見つけ、信吾が嬉しそうに舌なめずりをする。これはあくまで遭遇戦。敵を止める為にやむを得ず行ったことだ。そうすれば言い訳も立つ。
「俺の力、この場で見せてやる」
ここに居ない者に告げるようにそう言い放ち、信吾が獲物の元へと一目散に駆けていく。
本部に帰還し報告を行うという最後の任務を、彼はすっかり忘れていた。
その魔族は焦っていた。その顔に恐怖をありありと貼り付けていた。
今自分の身に起きている予想外の事態を前に、彼はそれまで持っていた余裕を全てかなぐり捨てていた。
「くそ、なんなんだよアイツは!」
四足で道路を駆けながら首を捻り、苦悶に満ちた表情で後ろを見やる。その視界の先に、一つ目のようにライトを輝かせながら迫る一つの影があった。そのライトの上に見えるのは昨晩一方的に痛めつけたあの女の顔であったが、以前戦った時とはその外見も印象もまったく違う物であった。
女は何か黒い物で目元を隠し、マントのような物をはためかせながら見たことも無い物に乗っていたのだ。
途端に、女の姿が視界の外へと消える。そして真横から重く煙ったい音を聞きつけそちらに首を回すと、それまで後ろにいた筈の女が自分の真横にぴったりと張り付いていた。
「やっと追いついた」
女が会心の笑みで魔族に言った。その言葉に顔を引きつらせた魔族とは対照的に、その女の顔はとても気楽な物だった。
「あ、ありえない。レビーノ一の駿馬でさえ、俺に追いつくことは出来ないのに……!」
魔族が怯えた表情を隠すことなく叫ぶ。
「おまえ、なんだ!いったい何を使っているんだ!」
「何って……」
脂汗を流し目を大きく見開く魔族とは対照的に、気楽そうに唇を緩めて女が言った。
「文明の利器?」
浜田モータース製二輪自動車『HMC-3400』。
飾り気のない武骨なデザイン、そして黒で統一したそのボディから付いた愛称は『シェイド』。
ルイは今、大悟の生み出したそのバイクに乗り込んでいた。




