第二十七話「偽物と本物」
「がっと?」
聞きなれない言葉にルカが首をかしげる。それは大悟も同様だった。二人して目を点にする中で、真弓が巻物を広げながら話を始める。
「月に読むと書いて月読。元々はそう言う呼び名じゃなくてもっと別の名前だったらしいんだけどね。少なくとも江戸時代にはそう呼ばれていたと、ここにはそう書かれている」
「月に読む……あれ、どこかで聞いたような」
「日本の神話にそんな名前の奴がいた気もするが、大切なのはガットがどういう組織かだ。名前については、今は割愛しよう」
そこで一度区切って、再び真弓が話し始める。
「ガット、それは影の集団。長きに渡って日本を影から守り続けてきた闇の組織。ここにはそう書かれているね」
「それってつまり、秘密組織ってことですか?」大悟が尋ねる。
「そうとも言える」真弓が答える。
「悪の組織?」ルカが尋ねる。
「いや、そんなんじゃないよ」真弓が苦笑する。
「彼らは歴史の表舞台に立たず、常に日陰に身を置いてきた。だから彼らを知る者の中にはそう誤解する者もいるが、実際は違う。彼らは日本に生きる者を、日本そのものを守るため、敢えてその身を隠し全てから等しく距離を置いているに過ぎない。と、ここには書かれている」
「つまり、正義の味方ってことですね?」
「ううん……」
真弓の言葉にルカが目を輝かせる横で、大悟が腕を組んで疑わしげに唸る。それを見たルカが眉根を寄せて大悟に言った。
「ちょっと、どうしたのよそんなにうんうん唸って」
「いや、だってさっきから聞いてたら、話のソースが全部その巻物から来てるからさ」
「今一つ信用できない?」
「――はい。橘さんは信じてるんですか?」
「いいや」
「は?」
遠慮がちに尋ねた大悟に真弓が笑顔で答える。その清々しさの前に、大悟は憤慨する気力もなく目を丸くするだけだった。そんな彼の対応を見て笑みをこぼしながら真弓が言った。
「こう言うのってさ、かなり偽物が多いんだよね。それにしたって、実はどっかの阿呆が自身の妄想をただ書き連ねただけの落書き帳かもしれない」
「じゃ、じゃああの時、どうして本物だって言い切ったんですか?」
「本物だって思った方が面白いからだよ」
今一つ理解していない風の大悟に真弓が続けた。
「浪漫だよ、浪漫。こういう物を初めっから偽物だって決めつけるより、もしかしたら本物かもしれない、ここにいる彼らは実在するかもしれない――そう考えたら、人生面白いだろう?」
「は、はあ……」
「最近にしたって、謎の敵が蔓延ってるそうじゃないか。そいつらとさっき話したガットの連中が、陰に紛れて戦いを繰り返しているとしたら……想像するだけでゾクゾクしないかい?」
「あ、あはは……」
子供の様に楽しげに語る真弓に、ルカがひきつった笑いを見せる。その魔族と自分たちが現在進行形で戦っているなど、口が裂けても言えなかった。
だがそんなルカの様子を気に留めることも無く、真弓が葉巻を吸って一息ついてから、落ち着いたトーンで言った。
「私はこいつを頭っから本物だとは思っちゃいないが、それでも八割ほど『こいつは本物だな』とも思っている。確かにこの世に偽物は多い。偽物だらけだ。だけど、何でもかんでも全部疑ってかかったら、人生つまらないよ。物にしろ人にしろ、ね」
「――ッ」
真弓の言葉が深々と二人の心に突き刺さる。人の気も知らないで、という無意識化の反発も当然あった。しかしそれでも、目の前の女性の真っ直ぐな思いは、ルカと大悟の心の奥底に存在するささくれた領域に痛いほど響いた。
気を張って『他人』全てを疑う人生と言うのは、とても疲れるのだ。
そうしてその言葉から何かを感じ沈痛な面持ちで二人が俯いていると、巻物を閉じた真弓が明るい口調で言った。
「と、すまないね。商品の説明をしている筈が、いつの間にか説教めいた事を話してしまっていた。本当に申し訳ない」
「あ、い、いえ、そんなことは無いですよ。とてもタメになりました」
半ば本心である。しかし真弓は譲らなかった。
「いいや。このまま終わらせたら私の気が済まない。ここは一つ、迷惑代として店の物を一人一つ、計二つプレゼントするとしよう」
「ええ!?」
「いいんですか!?」
太っ腹すぎる提案に二人が同時に驚愕する。真弓は大口を開けて笑いながら二人に返した。
「ああもちろん!私の長話に付き合ってくれたお礼も兼ねてだ。さ、何か二つ選んでくれ」
その言葉を受けて二人が店の中をぐるりと見回す。改めて見ても、そこにあるのは用途も意味も解らない品物が大半だった。しかしそう言った物を眺めて回るだけでもどこか楽しい物があり、いつしか二人は好奇心からくる柔らかい笑みを浮かべながら、童心に帰った気分で大量に存在する品物の山を見て回っていた。
「あ、これいい!」
やがてルカが棚の中に投げ捨てられていた物を指さして叫ぶ。それは穢れ一つ無い白に覆われた、裾が足首まで伸びた革製のロングコートだった。
「ああ、そいつは生産コストが高すぎるって言う理由で、五十年ほど前に百着だけ売られて生産中止になった幻のコートだね。それでいいのかい?」
「はい!橘さん、これいいですか?」
「ああ。もちろん。持って行きな」
「じゃあ、俺はこれでいいですか?」
快諾する真弓にそう言って大悟が差し出したのは、レンズ部分が細い楕円状になった黒縁のサングラスだった。
当然それも真弓は二つ返事で了承する。
「それはハリウッドスターが自分専用に作らせた特注のサングラスだ。良い目をしてるじゃないか。持ってきな持ってきな」
「橘さん、ありがとうございます!」
「すいません。こんな立派な物貰ってしまって」
満面の笑みで喜ぶルカと恐縮する大悟。その二人の反応を見て満足げに笑いながら真弓が言った。
「今日だけ特別だよ。次からはちゃんとお金はらってもらうからね」
「はい、それはもちろん」
「また来ますね、橘さん!」
「そうかそうか、また来るか。じゃあその日を楽しみにしてるよ!」
そう元気にお礼を言いながら店を出ていく二人に、真弓が笑いながら返す。
それは二人にとっては予想外の出来事であったが、同時に色んな意味で充実した時間であった。
「いやあ、楽しかったね!」
外の新鮮な空気を肺一杯に吸い込んでからルカが大悟に言った。そしてうでにかけたコートを見てニヤつきながら続ける。
「それに、こんな凄い物まで貰っちゃえて……ふふっ、今日はなんだかついてるわね」
「でも、そんな物どうする気?とてもじゃないけどそれ着て着る勇気は無いけど」
「大丈夫、大丈夫。私にちょっと考えがあるの。あとは――」
そう言って顔から笑みを消してルカが言った。
「あの魔族、何とかしないとね」
「うん」
あの四足走行する魔族。奴への対抗策を考えなければならない。今日の外出にしたって、元々そのために来たのだ。
その言葉に大悟が険しい顔で頷くが、そうして道路に目をやってからすぐにその表情をほぐし、ルカに顔を向けて言った。
「ルカ、それについても少し、俺に考えがあるんだ」
「え、本当?」
「うん。ちょっと試してみたいことがあってね」
そう言って笑う大悟が、ルカにはとても頼もしく見えた。そして同時に、ルカはお互いの考えを早く見せ合いたいと言う気持ちにもかられ、急かすように大悟の腕を引っ張りながら言った。
「よし!善は急げと言うし、ここは早く家に帰りましょう!」
「え、もう?もう少しゆっくりしてからでも」
「いいのいいの!それとも大悟は、まだ『でえと』の続きがしたいの?」
「い、いや!そんなことは無いことも無いけど!ていうか、いつまでその言葉使い続けるつもり!?」
「意味を教えてくれるまでよ」
そう言ってルカが笑いながら続ける。
「さ!行こ、ダイゴ!」
その笑顔は太陽の様であった。




