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第二十六話「タチバナの店」

 その店を一言で表すならば、『悲惨』であった。

 店内は暗く、遙か上部に付けられていた窓が締め切られていた上に換気扇も動いていなかったので、中の空気は酷く淀んでいた。

 店の奥の方にはカウンターとレジがちょこんと置かれ、天井にまで届く高さを持つ棚が四方の壁をぐるりと取り囲むように配置され、そして店内の中央に置かれた木製の長テーブルが床の殆どを占領していた。この棚とテーブルのおかげで、店の中は人二人が横に並べるのがやっとの狭さであった。

 そしてただでさえ圧迫感の激しいこの状況の中で、追い打ちをかけるようにして多種多様すぎる商品の山が、びっしりと棚の中やテーブルの上を埋め尽くしていた。

眼鏡。宝石。服。ポスター。漫画。彫像。香炉。人形。CD。それらが無造作に、棚やテーブルに『放置』されていたのだった。床の上には散らばってはいなかったが、その混沌とした様は、店ではなくダメ人間の部屋と言った体であった。

 そんな商品ともつかない品物の群れが、天井からの淡い光に照らされ、不気味な存在感を放っている。ホラーハウスと言っても過言ではなかった。

 この予想以上のカオスを前に、見る物全てに目を輝かせていたルカも口をあんぐり開けて呆然としていた。大悟は言わずもがなだった。


「あら、いらっしゃい」


 そして呆気にとられる二人に、レジの前に座った一人の女性が気怠そうに話しかけてきた。ウェーブのかかった黒い長髪、前髪を伸ばして右目を隠し、唇に紫の濃いルージュを引いた、目張りのキツい大人の女性だった。


「あ、あの……ここって、お店なんですか?」


 その女性に対して、申し訳なさそうにルカが言った。かなり失礼な物言いだったが、その店内はもはや物が片づけられない人間の部屋のような惨状と化していた為に、大悟はルカの言葉を咎める気にはなれなかった。

 そしてそのことは、目の前の女性も承知済みらしかった。怒るでもなく、ただカラカラ笑いながらカウンターに肘をついて女性が答えた。


「ああ、もちろん。ここは私の店だよ」

「あ、やっぱり……いや、そうですよね。お店に決まってますよね」

「そんな遠慮しなくてもいいよ。他の客からも良く言われることだからさ……しかしまあ、こんな所に来るなんて物好きな子たちだね」

「いやあ、ちょっと珍しいお店だったんで、ついふらっと」

「やっぱり珍しいかい?まあ、せっかく来たんだ。ゆっくり見ていってちょうだいな」


 そう言って笑いながら葉巻を取り出し、ナイフで先端を切り落とし口に咥えてからもう一方に火を点ける。そんな店主の傍若無人な振る舞いと店の雰囲気の前に、二人は圧倒されっぱなしであった。


「と、とりあえず、見て回ろうか」


 本音は一刻も早く帰りたかったが、かと言って、このまま何もしないで帰るのも失礼だ。そう考えた大悟がルカにそう言い、ルカもまた小さく頷く。その様子を見た女性が葉巻を口から離し、煙を吐き出し笑いながら言った。


「二人ともひょっとして、デートの途中なのかな?」

「デ――!?」

「でえと?ねえダイゴ、それってどういう」

「な、何でもない!後で話す!」


 言葉の意味を今いち理解できてないルカにそう一気にまくしたててから、大悟が真っ赤になった顔を見せないようにして陳列された商品という名目の『物の山』に目を向ける。そして頭の上に『?』マークを浮かべたまま顔を捻るルカを見やりながら、店主の女性が小さく笑みを浮かべた。





「あれ?これなんだろ」


 そうして頭の中の雑念を振り払うようにしてテーブルの上に散乱した物を物色していた時、大悟が一つの巻物を見つけた。


「なんかこれだけかなり浮いてるような気が……あの、これって――」

「タチバナ」

「え?」


 店主の方を向いて大悟が発した言葉を遮るように、店主が何者かの名を告げる。呆気にとられる大悟に、カウンターに肘をつき掌に顎を乗せた店主が穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「橘真弓。私の名前よ。後はわかるでしょ?」

「え?ええっと、じゃあ……橘さん?」

「ええ、何かな?」


 店主――真弓の真意を悟って躊躇いがちに名前で呼びかける大悟に、葉巻をくわえ直しニコニコ笑って真弓が答える。そして赤い顔を隠すように巻物を目の高さにまで掲げて大悟が言った。


「あ、あの、これってなんですか?」

「ああ、それ?それはね、江戸時代に書かれた巻物よ」

「江戸って、本当なんですか?」

「もちろん。それは江戸時代に一人の学者によって著された物よ。訳あって表に出ること無く闇に葬られた曰くつきの、ね」

「えど、じだい?ダイゴ、えどってどれくらい昔なの?」


 真弓の自信満々な言葉に鼻白む大悟にルカが尋ねる。自分に言い聞かせるように大悟がルカに言った。


「三、四百年くらい前の時代のことだよ」

「三百……って、そんな昔の物なの!?」

「ああ、もし本当なら大変な物だよ。橘さん、これは本物なんですか?」

「ええ。さっきから本物だって言ってるじゃない。それは江戸時代に本当に書かれた、歴史から抹消された資料の一つ」


 そう言ってから大きく煙を吐き出し、真弓が不敵に笑みを浮かべる。そして彼女の笑みから放たれる謎の迫力に気圧され唾を飲み込む大悟たちを尻目に、真弓が店の中に視線を泳がせながら言った。


「ここにあるのは、殆どがその巻物と似たような物なの。歴史の表舞台に現れることなく……日の目を見ることなく闇の中へと消えていった物たち。ここはそんな、かつて不遇な目に遭った物の巣窟なのよ」

「闇に消えたって、あれですか?その、オカルトというか、陰謀的な」

「もちろんそう言うのもあるけど、そうじゃないのもちゃんとあるわよ。その国にとって不都合な事が書かれてあった為に歴史の闇に葬られた物もあれば、単に売れなくて数日でお蔵入りとなった物もある。生産はされたんだけど、不祥事やら事故やらで販売が取り消され在庫だけ残ったって物もある」

「ああ、そう言う感じの物は良くあるって話はテレビとかで聞きますね」

「ええ。そういうのって、探せば世界中にゴロゴロしてるのよ。そして私は、そういう『一筋縄でいかない』物に強く興味を持っていたの。そして世界を飛び回ってそれらを集め出して、気が付いたら――」

「店が出来るだけの数になっていた」

「ええ、そう。それで腐らせておくのも勿体ないから、売り物にしようと考えたのよ」

「売っちゃうんですか?自分で持ってないで」

「物ってのはね。陽の当たる場所でこそ輝くものなのよ」


 ルカの問いにそう答えた後、一つ咳払いをして真弓が言った。


「さて、話を戻しましょうか。その巻物について知りたいのよね?」

「え?でももう十分」

「中身の話がまだよ」

「ああ」


 気付いたように頷く大悟とルカに向けて真弓が続ける。


「その巻物の中身、知りたくないかしら?」


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