第二十五話「これからどうしようか」
ルカと大悟がルイになってから一週間が過ぎた。
あれから後も魔族の襲撃は散発的に繰り返されたが、二人のいる岩屋町が混乱の様相を呈したのは最初の三日間だけだった。
なぜなら魔族が町の住民を積極的に襲っていたのは最初の襲撃から三日の間だけであり、それから後は嵐が過ぎ去ったかのように町は平和を取り戻していたからだ。依然として球体はその不気味な姿を見せていたが、なぜか日中に攻撃を行ってくることはぱったりと止んでいた。
そして所々補修作業を行っている個所はあるものの、いつも通りの落ち着きと喧騒に包まれた大通りの中を、ルカと大悟の二人は横に並んで歩いていた。
「……」
「……はあ」
その二人の顔はとてつもなく暗かった。
それは昨晩のことだった。
いつも通りに二人がルイとなって、日課となった『散歩』と称しての月下の町を駆ける行為を行っていた時のこと。ルイがビルの屋上に着地した時に、それは彼女の目前の上空に突然現れた。
「シャア!見つけたぜえ!」
背中から生やした翼。太く筋肉質な手足に鋭利な爪。
魔族だ。そして黒、赤、灰色と来て、今度は黄色い肌の色をしていた。
夜間に魔族と出会うのはこれで四回目だった。
「お前の噂は聞いてるぜ、弾丸魔法少女!俺様が相手だ!」
「いつの間にか広まってるし……」
『悪事千里を行くとは良く言うよね』
「私なんも悪いことしてないよ!?」
いつも通りの一人芝居――に見える大悟との会話をしながらスーツの一部を変質させ、生み出したアサルトライフルを慣れた手つきで腰だめに構える。
『かましてやれ!』
「かかる火の粉は払うまでだよ!」
だが狙いを定め引き金を引こうとした所で、魔族が翼を畳み、真っ逆さまに地上へと落ちていったのだった。
「え!?」
『自殺!?』
唖然とする二人を尻目に、魔族が空中で体を翻し、重い音を立てながら片膝立ちの姿勢で地面に降り立つ。そしてルイの方を見て意地の悪い笑みを浮かべた後、四つん這いになってその降り立った道路の上を走り始めたのだった。
「何それ!」
『陸戦型!?どうする!』
「あんな笑い顔見せられて、黙ってられるわけないよ!」
『それもそうだな。追うぞ!』
そして同じくビルの屋上から地面に降り立ち、ルイが全速力で魔族を追い始める。
だが。
「く……っ!」
『駄目だ、早い!』
魔族の方がずっと速かった。ルイも常人に比べてかなり速かったが、例え世界記録を持つ陸上選手であろうと、サバンナを全力で駆けるチーターには敵わないのであった。
距離を詰めるばかりか、逆にどんどん距離を離されていく。
さらに。
「お次はこいつだ!食らえ!」
魔族が四つん這いの姿勢から大きくジャンプし、そして空中で身を翻してルイの方を向き、口から大量の針を吐き出した。
「う、うわ!」
それは人間が裁縫に使うような小さい針だったが、それでも正面から高速で飛んでくる針の雨は、相手に心理的なダメージを与えるのに十分すぎる効果を発揮した。そして刺されば、重傷と行かないまでもそれなりに痛い。
「があっ!この……っ!」
『ルカ、大丈夫か!』
腹と胸と、咄嗟に顔をかばった腕に容赦なく針が刺さる。そしてその痛みとショックでルカの足が止まる。そこに魔族が容赦なく追撃を浴びせる。
「シャア!狙い通り!」
『まだ来る!』
「ええい、この!」
片手で顔を覆いながらルカがAKをもう片方の手で構え、やけくそ気味に引き金を引く。しかし狙いのついていない弾丸の群れは全てあさっての方向に向かって飛んでしまい、魔族はおろか針にさえも当たることは無かった。
そして再び針が刺さる。
「ぎゃあ!もう嫌!むず痒いの嫌!」
『ルカ、逃げよう!このままじゃ堂々巡りだ!』
全身に針が刺さり涙目になって叫ぶルカに、比較的冷静に大悟が言った。彼はこの時ルカを覆うスーツになっており、当然彼にも針は刺さっていた。しかし今の彼はあくまで服。服に痛覚神経と言う物は存在しなかった。
『ルカ!まだ大丈夫だけど、顔に刺さったら一大事だ!』
「ああもう嫌!言われなくったって逃げるわよ!」
大悟の提案に対してルカが投げやりに返すが、これは敵から逃げることが悔しかったからではなかった。
彼女自身、さっさと帰って針を抜きたいからだった。討論する時間も惜しかった。
『散歩は今日はこれでおしまいだ!帰ろう!』
「もう二度と来ないでよ!バカ!」
「な!?てめえら、逃げんのか!負けを認めんのかよ!?」
『譲ってやるよ馬鹿って言っとけ』
「譲ってやるよバカ!バーカ!」
そしてそう悪態をついてから魔族に背を向け、躊躇うことなく全速力で逃げ出す。予想と違う展開に、それまで優位に立っていた魔族は毒気を抜かれた気分を味わっていた。
「そこは立ち向かって来いよ」
彼らにとっては、魔族の襲撃もまた自分たちの散歩を妨げる障害の一つでしかなかったのだ。
「ああもう嫌!」
最初に大悟と一緒に訪れた喫茶店(この数日で完全に修復されていた)で砂糖とクリームを大量に入れたコーヒーを飲み干した後、ルカがそう言って白いテーブルの上に突っ伏した。ルカの飲んだカップの中に溜まっている溶け切らなかった砂糖の山を見て顔をしかめた後、すぐ真顔に戻って大悟がルカに言った。
「まあそんなに落ち込まないでよ。いいじゃない、一度や二度の負けくらい。俺たちは生きてるんだし、次で取り返せばいいんだから」
「別に負けたことに拘ってるんじゃないの。あいつに手も足も出なかったことが一番悔しいの!」
「ああ……それは、わかるな」
ルカの言葉に大悟も思わずうなずいた。そこには手も足も出なかったことへの悔しさもあったが、それ以前に、これから先あの魔族のようにこちらの戦法が一切通用しない敵と出くわすかもしれないと言う危機感もあった。
昨日は何とか逃げ出せたが、その内、絶対に逃げ出せない状況で敵と戦わなければならない事も起こり得るかもしれない。そうなった時にこちらの攻撃が通用しないとなったら最悪である。
「誰と会っても勝てるように、もっと色々出す武器を考えないとなあ……」
「やっぱりさ、銃とかだけじゃ間に合わないこともあるよね」
ふて腐れながらも若干落ち着きを取り戻したルカが、顔を上げて大悟に言った。それは大悟も感じていたことだった。
「何かこう、サポート的な物が欲しいよなあ」
「サポートかあ……ダイゴは何か思いつく?」
「なんも。ルカは?」
「なんにも」
「はあ……」
二人してため息を吐く。頭を捻ってみても、ただ頭が痛くなるだけだった。そしてこうして座っていても、ただ時間が過ぎるだけだった。
「とりあえず、外に出ようか」
「うん」
そうして二人は暗い気持ちのまま、再び外に出たのだった。
「ねえ、あのお店って何かな?」
そうして当てもなく大通りをぶらついていた時、不意にルカが大悟の腕を引っ張って一つの店を指さした。
そこはいかにも寂れた感じの、こぢんまりとした焦げ茶色の外装をした店だった。入口の左右にはそれぞれ子供ほどの背丈を持つ招き猫と像頭の太った人間の像が置かれ、そして入口の真上にやや傾いてかけられた看板には『宝飾 タチバナ』と書かれていた。
「タチバナ?店主の名前かな?」
「ルカ、あそこの店に入る気?」
妖しさ全開の店構えに対して警戒心むき出しで大悟がルカに尋ねる。それに対してルカは目を輝かせながら答えた。
「うん。駄目かな?」
「いや、いいけど……大丈夫?」
「え?何か問題とかあるのかな?」
「見るからに怪しいじゃん」
「でも初めて見るお店だから、ちょっと興奮しちゃってさ。ねえ、いいでしょ?入ってみてもいいよね?」
「うっ……」
キラキラと無邪気な子供の様にルカが答える。結局その視線と好奇心に根負けした大悟が、ため息交じりに言った。
「入ってみようか……」
「わーい!」
それまでの鬱屈した思いを完全に吹き飛ばし、満面の笑みでルカが言った。それを見てやれやれと思いつつも、大悟はそうやってルカと一緒に町の中を練り歩くことを楽しく思い始めていた。




