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第二十四話「影の部隊」

「……政府の方より命が下った」


 重く威厳に満ちた声がその部屋に響き渡る。

 そこは木目板で四方を囲まれ、中央部には一段高い座敷があり、そしてそれに沿って縦に列をなした篝火が煌々と焚かれていた場所だった。だがそこにある炎は床の一部をぼんやり照らすのみで、その部屋の天井や部屋の外周は虚空ともいうべき漆黒の中に沈んでいた。

 座敷の中央には座布団が敷かれ、その左右にも同じく篝火が焚かれていた。

 そして今、その部屋には座布団の上に座り件の声を放った赤銅の鎧姿の老人と、その傍らに静かに佇む青い和服姿の若い長髪の女性、そして彼らの前、遙か遠方で篝火の列に挟まれるようにして片膝立ちになり、忠誠を誓うように顔を俯かせた一人の男がいた。

 その男は群青の装束に身を包み、それと同じ色の布で顔半分を隠し背中に刀を背負ったシャギーカットの青年だった。

 対して老人は全身に鎧を纏い、唯一むき出しとなった顔には皺が刻まれ髭が蓄えられていた。だがその眼光は睨むだけで人を殺せる程に鋭く、鋭利に輝いていた。

 その老人が腕を組み、ガシャリと金属の擦れあう音を立てながら男に言った。


「奴らが再び攻撃を開始した。この攻勢に対し、自衛隊は全て人命救助、及び後方支援に回り、戦闘行動は我ら『ガット』に任せるとのお達しだ……正規の軍では奴らは倒せぬと悟ったらしい」


 苦々しげに老人が言い放ち、傍らの二十代半ばに見える女性が差し出した盃を黙って受け取る。その中になみなみと注がれた酒を一息に飲み干し、盃を返してから再び話し始めた。


「前回の戦から、自らの装備では奴らは狩れぬと自衛隊の者達は考えたようだ。まあ、実際その通りなのだがな。奴らは頑強だ。ただの鉛玉では倒せぬ」

「承知しています。鋼の如き体を打ち破るには、同じく鋼と化した技をぶつけるのみ……火薬で鉛を飛ばすだけの銃では太刀打ちできますまい」

「うむ」


 青年の言葉に満足げに頷き、老人がゆっくりと立ち上がる。


「出陣せよ。古来よりこの地を守り続けてきた影の士の意地、異界の者共に見せつけるのだ」

「御意」


 老人の号令にそう短く答えた後、青年が立ち上がって一礼をする。そしてその後に回れ右をして、無言で闇の中へと消えていく。

後には静寂だけが残された。






 座ったままその様を見届けていた女性が、視線を変えることなくおもむろに老人に話しかけた。


「お疲れ様でございます」

「うむ」

「いつも通りに戻っていただいて結構ですよ」

「……もうよいかの」


 それまで纏っていた厳格な雰囲気を打ち捨てるように強張らせていた肩を丸め、どさりと座布団に座り直しながら老人が言った。


「やはり、慣れることはするべきではないな。腰に来る」

「いえいえ。あなた様の立居振舞い、あなた様のお父様そっくりでございました」

「そうか。後見人のお前にそう言われると、なんだか嬉しくなるな」

「ふふっ、そう言う所も、お父様そっくりですよ」

「そうか?」

「はい。そうでございます」


 そう言って女性が淑やかに笑い、老人も恥ずかしげに笑みをこぼす。が、すぐに真顔に戻って老人が残念そうに零した。


「我らの見せ場が来てしまったか……それほどまでにこの国は危機に晒されているということか。悲しいの」

「華の舞台の大立ち回り、嬉しくは無いのですか?」

「わしらが大手を振って暴れるような世よりも、わしらがひっそりくらせるだけ平和な世の方がマシだわい」

「……そう言う所も、お父様そっくりにございます」


 どこか懐かしそうにその女性が言った。





 最初に魔族の再襲撃を受けた街、『岩屋町』。その街の中で最も高い建物が、大財閥である山の井グループが本社ビルとして建てた『山の井ビル』であった。

 全長百二十メートル。長方形型の四角柱の形をした高層ビルである。そしてその最頂部、針のように細い避雷針の先端に爪先で立ちながら、件の青年は眼下に広がる都市の全景を見下ろしていた。


「……」


 いつもならそこからは光り輝く車のライトの列とまばらに光を放つビル群が見えたのだが、今は静かに宙に浮く黒い球体によってその視界も遮られていた。そのビルの屋上よりもやや低空に浮かぶその姿は、さしずめ黒い太陽のようでもあった。


「こんな所にいたんだ」


 不意に青年の背後から声がかけられた。驚くでもなく青年が後ろを振り返ると、青年の足下に彼と同じ格好をした十代半ばの少年が腕組をして立っていた。


「やっと見つけたよ鷹丸。さて、最初は誰から倒していこっか?」


 敬愛する先輩エージェントを助けんとする少年の目つきは輝いていたが、だが鷹丸と呼ばれた青年はその姿を見やった途端、顔をしかめて突き放すように言った。


「信吾、どうしてここにいる」

「え、どうしてって……鷹丸の手助けがしたいからに決まってるじゃないか」

「いらぬ世話だ」


 気にかけるような信吾の言葉をバッサリ切り捨てる。そして鼻白む信吾に諭すように鷹丸が言った。


「お前の仕事は情報収集のはずだ。以前の戦闘を切り抜けた自衛隊の者達と接触し、敵の情報を集めるのが任務だったはずだ」

「え?ああ、はいはい。わかってる、わかってるよ。鷹丸の手助けがてら、そっちもやっておくって」

「愚か者めッ」


 主任務の件を持ち出され面倒臭そうに返す信吾に対し、鷹丸が一喝する。


「第一の任務も満足にこなせぬ輩に、俺の援護が出来ると思っているのか、未熟者めッ」

「な、なんだよ。何もそこまで言うことないだろ?俺だって鷹丸のことを真剣に気にして」

「ただ異界の敵、悪魔の如き姿をした敵を斬りたいだけであろう」

「うっ――」


 図星を突かれ、信吾が言葉を詰まらせる。その姿を見てため息を漏らしながら鷹丸が言った。


「まったく、お前はいつまで経っても半人前だな。我らの使命はこの国を守ること。目先の敵を徒に斬り捨て、満足を得ることではない」

「何言ってるんだよ。一匹でも多く敵を倒した方が速く終わるに決まってるじゃないか」

「本当にそう思っているのか?」

「当たり前だろ?そっちの方が人的被害も少ない。戦闘期間も短い。いいこと尽くめだ――誓って言うけど、俺は敵と戦いたいからこの持論を振り回してる訳じゃないんだからね」

「……馬鹿者め」


 話し終えてからどうだと言わんばかりにニヤつかせる信吾を見て、片手で頭を抱えながら鷹丸が返す。そして信吾に向けてなおも厳しい口調で告げた。


「今のお前の使命は、情報収集だ。それ以上でも以下でもない」

「だから、それもちゃんとするから」

「早く行け!」

「――了解」


 鷹丸の迫力に気圧され、しぶしぶと言った体で答えて信吾が闇の中に消えていく。


「まったく、才気はあるが、血の気が多すぎるのが奴の悪い所だ」


 面白いが世話のかかる後輩に思いを馳せ、悩ましげに鷹丸が呟く。そして信吾の気配が完全に無くなったのを見計らって、鷹丸が懐から一枚の紙片を取り出した。


「消えたか――俺も仕事にかからねば」


 その紙片には白黒で印刷された画像が貼られていた。

 黒いスーツ。銀髪。怜悧な瞳。片手で持った散弾銃を肩に担いでいた。


「独力で敵を倒したというこの少女……まずはこの者に会わねばなるまい」


 ここに来る道中で配下の者から受け取った紙片を懐にしまいこみ、そして紙片と共に受け取った命令を思い返しながら鷹丸が避雷針の上から飛び降りる。体を伸ばし、恐れることなくビルと球体の間をまっすぐに落ちていく。

 未知の戦力を持つ謎の存在との接触、及び説得。

 それが日本を裏から守る影の軍団『ガット』が鷹丸に下した最初の仕事だった。


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