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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第09話 初めての仕事

 8月の半ば。


 俺は、自分の部屋でノートパソコンと睨み合っていた。


 画面に表示しているのは、クラウドソーシングサイトの案件一覧。ネット経由で、個人や小さな会社からの仕事を受けられるサービスだ。


 理由は、単純だった。


 ビットコインは、12月まで売れない。


 手元に残っている現金は、2万円とちょっと。夏休みのバイト代を入れても、たかが知れている。


 でも、12月を待つ間にも、お金が必要なことはある。


 アプリ開発用のサーバー代。テスト用のタブレット。そして――母さんの、健診代。


 ビットコインを売る前でも、できることはしておきたかった。


「……あった」


 画面をスクロールしていた指が止まる。


『工務店のホームページ スマホ対応リニューアル(予算:10万〜20万円)』


 依頼主は、隣の市の小さな工務店らしい。説明文には、こう書いてあった。


『10年前に作ったホームページが、スマホで見ると崩れてしまいます。お客様からも「見づらい」と言われています。問い合わせフォームも付けたいです。パソコンに詳しくないので、丁寧に説明してくれる方を希望します』


 ――これだ。


 スマホ対応、問い合わせフォーム、丁寧な説明。前の人生の現場で、似たような改修を何度も押し付けられてきた。


 提案文を書く。過去の実績欄は、空白だ。20歳の学生に、実績なんてあるはずがない。


 だから、その代わりに、提案の中身で勝負することにした。


◇


 三日後。


 俺は、隣の市の駅前の喫茶店で、依頼主と向かい合っていた。


「三好工務店の、三好です。……いやあ、本当に学生さんなんだね」


 日焼けした肌に、作業着姿。50代くらいの、気のよさそうなおじさんだった。


「すみません。若くて、不安ですよね」


「正直に言うとね。提案の数は結構来たんだけど、君のが一番わかりやすかったから。会ってみようと思ってさ」


 三好さんは、プリントアウトした俺の提案書を、テーブルに広げた。


「特にここ。『スマホで見やすいかどうかは、Googleの検索順位にも影響します』って。これ、本当なの?」


「本当です。2015年から、Googleはスマホで見やすいサイトを、スマホの検索結果で優先するようになっています。今のままだと、地元で『工務店』って検索されても、他の会社に負けてしまう可能性があります」


「へえ……知らなかった」


「それと、もう一つ」


 俺は、提案書の最後のページを指さした。


「ホームページのアドレスを、『https』で始まる形にしたいんです。通信を暗号化する設定で、今はまだ対応していないサイトも多いんですが」


「それ、やらないとまずいの?」


「来年の夏ごろから、Googleのブラウザで、対応していないサイトに『保護されていない通信』って表示が出るようになると言われてます。お客さんが問い合わせフォームに名前や電話番号を入れるとき、その表示が出たら、不安になりますよね」


 ――「言われてます」。


 本当は、言われているんじゃない。知っているんだ。2018年の7月、Chromeのアップデートで、それが現実になる。


 三好さんは、うーんと唸って、腕を組んだ。


「……いや、参った。うちに提案してきた他の業者さん、誰もそんなこと言わなかったよ」


「今はまだ、気にしてる人が少ないので」


「でも、君は気にしてる。来年のことまで考えて、作ってくれるってことだろ」


 三好さんは、にかっと笑って、右手を差し出した。


「お願いするよ。15万円で、いいかな」


◇


 そこから二週間、俺は夏休みのほとんどを、三好工務店のサイトに注ぎ込んだ。


 昼は学校の空き教室でアプリ開発。夜は自分の部屋で、ホームページの制作。


 施工事例の写真を、スマホでも見やすいように並べる。問い合わせフォームは、入力の途中で間違いがあれば、その場で教えてくれるようにする。


 前の人生では、こういう細かい気配りは「工数がかかるから」と削られるのが常だった。誰も、使う人のことなんて見ていなかった。


 今は、自分で決められる。


 使う人が困らないように、作れる。


◇


 納品の日。


 三好さんは、自分のスマホで新しいホームページを開き、しばらく黙ってスクロールしていた。


 施工事例。会社の紹介。地図。問い合わせフォーム。


 そして、顔を上げた。


「……見やすい。すごく見やすいよ、これ」


「ありがとうございます」


「いや、こっちこそ。……正直、学生さんに頼んで大丈夫かなって、ちょっと思ってたんだ。ごめんな」


 三好さんは、少し照れくさそうに頭をかいた。


「また何かあったら、頼んでもいいかな。うちの取引先にも、ホームページ困ってるとこ、結構あるんだよ」


「ぜひ、お願いします」


 帰りの電車の中で、スマホに振込の通知が届いた。


 15万円。


 ビットコインの含み益に比べれば、小さな金額かもしれない。


 でも、この15万円は違う。


 未来の相場を知っているから、手に入れたお金じゃない。俺が自分の手で作って、使う人に喜んでもらって、受け取ったお金だ。


 窓の外を流れる夏の景色を眺めながら、俺は小さく拳を握った。


 未来知識は、武器になる。


 でも、それだけじゃ足りない。


 この10年で積み上げた技術と経験。それも、俺の武器だ。


 ――前の人生では、それを安く買い叩かれるだけだったけれど。


お読みいただき、ありがとうございます!

次回は明日21時に更新します。


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― 新着の感想 ―
三好工務店の仕事の話、いいですね。絵空事ではない、本物の感じがします。
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