第09話 初めての仕事
8月の半ば。
俺は、自分の部屋でノートパソコンと睨み合っていた。
画面に表示しているのは、クラウドソーシングサイトの案件一覧。ネット経由で、個人や小さな会社からの仕事を受けられるサービスだ。
理由は、単純だった。
ビットコインは、12月まで売れない。
手元に残っている現金は、2万円とちょっと。夏休みのバイト代を入れても、たかが知れている。
でも、12月を待つ間にも、お金が必要なことはある。
アプリ開発用のサーバー代。テスト用のタブレット。そして――母さんの、健診代。
ビットコインを売る前でも、できることはしておきたかった。
「……あった」
画面をスクロールしていた指が止まる。
『工務店のホームページ スマホ対応リニューアル(予算:10万〜20万円)』
依頼主は、隣の市の小さな工務店らしい。説明文には、こう書いてあった。
『10年前に作ったホームページが、スマホで見ると崩れてしまいます。お客様からも「見づらい」と言われています。問い合わせフォームも付けたいです。パソコンに詳しくないので、丁寧に説明してくれる方を希望します』
――これだ。
スマホ対応、問い合わせフォーム、丁寧な説明。前の人生の現場で、似たような改修を何度も押し付けられてきた。
提案文を書く。過去の実績欄は、空白だ。20歳の学生に、実績なんてあるはずがない。
だから、その代わりに、提案の中身で勝負することにした。
◇
三日後。
俺は、隣の市の駅前の喫茶店で、依頼主と向かい合っていた。
「三好工務店の、三好です。……いやあ、本当に学生さんなんだね」
日焼けした肌に、作業着姿。50代くらいの、気のよさそうなおじさんだった。
「すみません。若くて、不安ですよね」
「正直に言うとね。提案の数は結構来たんだけど、君のが一番わかりやすかったから。会ってみようと思ってさ」
三好さんは、プリントアウトした俺の提案書を、テーブルに広げた。
「特にここ。『スマホで見やすいかどうかは、Googleの検索順位にも影響します』って。これ、本当なの?」
「本当です。2015年から、Googleはスマホで見やすいサイトを、スマホの検索結果で優先するようになっています。今のままだと、地元で『工務店』って検索されても、他の会社に負けてしまう可能性があります」
「へえ……知らなかった」
「それと、もう一つ」
俺は、提案書の最後のページを指さした。
「ホームページのアドレスを、『https』で始まる形にしたいんです。通信を暗号化する設定で、今はまだ対応していないサイトも多いんですが」
「それ、やらないとまずいの?」
「来年の夏ごろから、Googleのブラウザで、対応していないサイトに『保護されていない通信』って表示が出るようになると言われてます。お客さんが問い合わせフォームに名前や電話番号を入れるとき、その表示が出たら、不安になりますよね」
――「言われてます」。
本当は、言われているんじゃない。知っているんだ。2018年の7月、Chromeのアップデートで、それが現実になる。
三好さんは、うーんと唸って、腕を組んだ。
「……いや、参った。うちに提案してきた他の業者さん、誰もそんなこと言わなかったよ」
「今はまだ、気にしてる人が少ないので」
「でも、君は気にしてる。来年のことまで考えて、作ってくれるってことだろ」
三好さんは、にかっと笑って、右手を差し出した。
「お願いするよ。15万円で、いいかな」
◇
そこから二週間、俺は夏休みのほとんどを、三好工務店のサイトに注ぎ込んだ。
昼は学校の空き教室でアプリ開発。夜は自分の部屋で、ホームページの制作。
施工事例の写真を、スマホでも見やすいように並べる。問い合わせフォームは、入力の途中で間違いがあれば、その場で教えてくれるようにする。
前の人生では、こういう細かい気配りは「工数がかかるから」と削られるのが常だった。誰も、使う人のことなんて見ていなかった。
今は、自分で決められる。
使う人が困らないように、作れる。
◇
納品の日。
三好さんは、自分のスマホで新しいホームページを開き、しばらく黙ってスクロールしていた。
施工事例。会社の紹介。地図。問い合わせフォーム。
そして、顔を上げた。
「……見やすい。すごく見やすいよ、これ」
「ありがとうございます」
「いや、こっちこそ。……正直、学生さんに頼んで大丈夫かなって、ちょっと思ってたんだ。ごめんな」
三好さんは、少し照れくさそうに頭をかいた。
「また何かあったら、頼んでもいいかな。うちの取引先にも、ホームページ困ってるとこ、結構あるんだよ」
「ぜひ、お願いします」
帰りの電車の中で、スマホに振込の通知が届いた。
15万円。
ビットコインの含み益に比べれば、小さな金額かもしれない。
でも、この15万円は違う。
未来の相場を知っているから、手に入れたお金じゃない。俺が自分の手で作って、使う人に喜んでもらって、受け取ったお金だ。
窓の外を流れる夏の景色を眺めながら、俺は小さく拳を握った。
未来知識は、武器になる。
でも、それだけじゃ足りない。
この10年で積み上げた技術と経験。それも、俺の武器だ。
――前の人生では、それを安く買い叩かれるだけだったけれど。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日21時に更新します。
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