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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第10話 妹はVになれる

 8月の終わり。夏休みも、残り一週間。


 夜の11時を過ぎても、葵の部屋の明かりは消えていなかった。


 コンコン、とドアをノックする。


「……なに」


「アイス買ってきた。食う?」


 少しの沈黙のあと、ドアが細く開いた。


 部屋着姿の葵が、警戒した猫みたいな目で俺を見上げる。


「……何味」


「ソーダと、チョコ。好きな方」


「……チョコ」


 ドアがもう少しだけ開いた。どうやら、入っていいらしい。


◇


 葵の部屋に入るのは、たぶん何年ぶりかだった。


 壁には、自分で描いたらしいイラストが何枚も貼られている。机の上には、使い込まれたペンタブ。床には、画集とスケッチブックが積み重なっていた。


「……あんまりジロジロ見ないで」


「悪い。全部、葵が描いたのか?」


「……そうだけど」


 葵は、アイスの袋を破りながら、ベッドの端に座った。


 俺は、机の上の液晶に映っている絵を見た。


 銀髪の女の子。5月の夜に見た、あの子だ。前よりも、さらに描き込まれている。瞳の光の入れ方、髪のなびき方。表情が、生きていた。


「この子、名前あるのか?」


「……なんでそんなこと聞くの」


「なんとなく。キャラクターっぽいから」


 葵は、しばらく黙ってアイスをかじっていた。


 それから、ぽつりと言った。


「……シエル。フランス語で、空って意味」


「シエル、か。いい名前だな」


「……お兄ちゃん、ほんとに最近変だよね」


 葵が、怪訝そうに俺を見る。


「前は、私が絵描いてても、何も言わなかったのに」


 ――胸が、ちくりと痛んだ。


 そうだ。前の人生の俺は、何も言わなかった。妹が何を好きで、何に悩んでいるのか、知ろうともしなかった。


◇


「なあ、葵。これ、見たことあるか?」


 俺は、スマホで一本の動画を再生した。


 画面の中で、3Dの女の子が、明るい声で喋っている。


『はいどーもー! キズナアイです!』


「……あ、知ってる。バーチャルなんとか」


「バーチャルYouTuber。中の人が、キャラクターの姿で動画を作ってるんだ」


 去年の終わりに活動を始めて、今、ネットで急速に話題になり始めている存在。


 そして俺は、知っている。


 この「バーチャルYouTuber」――VTuberという文化が、これから数年で、とんでもない規模に育っていくことを。年末には、このキズナアイのチャンネル登録者は100万人を超える。数年後には、VTuberの事務所が株式を上場するまでになる。


「これがどうしたの」


「お前の描いたシエルが、こうやって動いて、喋れたら、どう思う?」


 葵の手が、止まった。


「……無理だよ。こういうの、3Dでしょ。すごいお金かかってるやつ」


「2Dのイラストを動かす技術もある。まだ珍しいけど、これからどんどん簡単になる」


「そういう問題じゃなくて」


 葵は、アイスの棒を握りしめた。


「……声とか、出すの無理。私、人と話すの苦手だし」


「顔は出さなくていい。それがVTuberのいいところだ」


「声は出すじゃん」


「……まあ、それはそうだけど」


 葵は、うつむいた。


 しばらく、エアコンの音だけが部屋に響いていた。


「……クラスでさ」


 葵が、小さな声で言った。


「絵描いてるの、キモいって言われたことある。オタクだって。だから、学校では描いてない」


 ――それか。


 頭の中で、何かがつながった気がした。


 前の人生で、葵が高校3年の途中から学校に行かなくなった理由。俺は、最後まで知らなかった。母さんも、きっと知らなかった。


 でも、始まりは、きっとこういうことだったんだ。


 好きなものを、好きだと言えない場所。


「葵」


「……なに」


「俺は、葵の絵、すごいと思う。お世辞じゃなく。この前見たときより、ずっと上手くなってる」


 葵が、顔を上げた。


「学校で描けないなら、学校じゃない場所で描けばいい。ネットには、葵の絵を見たいって思う人が、絶対にいる」


「……そんなの、わかんないじゃん」


「わかるよ」


 だって、俺は見たんだ。


 前の人生で、母さんの遺品整理をしたあの日。段ボール3箱分のスケッチブック。誰にも見せられなかった、葵の10年分の絵を。


 あれを、もう二度と、段ボールの中に閉じ込めさせない。


「いきなり喋らなくていい。まずは、シエルの絵を一枚、ネットに上げてみないか」


◇


 その夜、日付が変わる少し前。


 葵は、震える指で、一枚のイラストをSNSに投稿した。


 アカウント名は「ソラ」。シエルを、日本語にした名前だ。


 投稿ボタンを押した瞬間、葵はスマホをベッドに放り投げて、枕に顔を埋めた。


「……やっぱ消したい」


「まだ1分も経ってないぞ」


 二人で、黙ってスマホの画面を見つめる。


 5分。10分。何も起きない。


 葵の肩が、だんだん小さくなっていく。


 15分が過ぎたころ。


 ぽん、と通知が一つ鳴った。


『○○さんがあなたの投稿をいいねしました』


 葵が、がばっと顔を上げた。


 ぽん。ぽん。


 通知は、そのあとも、ぽつりぽつりと続いた。


 朝までに、いいねは5つ。リツイートが1つ。そして、知らない誰かからの、短いコメントが1件。


『この子の目、すごく綺麗ですね』


 翌朝。台所で、葵がスマホを握りしめたまま、トーストをかじっていた。


 口元が、ほんの少しだけ、緩んでいた。


「……葵、なんかいいことあった?」


「別に」


 母さんの問いに、葵はそっけなく答えた。


 でも、俺と目が合った瞬間、葵は小さく、本当に小さく、頷いてみせた。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回は明日21時に更新します。


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