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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第11話 黒崎透

 9月。後期の授業が始まって、二週目。


 ビットコインは、夏の間にぐんぐん値を上げていた。


 9月の頭には、1BTC=50万円を超えた。俺の1.89BTCは、95万円。4月に28万円で買ったものが、3倍以上になっていた。


 ――そして、9月の半ば。


「湊!! 終わった!! ビットコイン終わった!!」


 昼休みの学食で、颯太が泣きそうな顔で俺のテーブルに突っ込んできた。


「中国が! 取引所全部閉鎖するって! めっちゃ下がってる!」


 スマホの画面には、真っ赤なチャートが映っていた。


 中国政府による、仮想通貨の取引規制。新しい仮想通貨で資金を集める仕組みの禁止に続いて、国内の取引所の閉鎖が報じられ、相場は一気に崩れていた。


 1BTC=33万円。


 たった一週間ほどで、3割以上の下落だ。


「どうすんだよ……! 俺、8月にさらに買い増ししたのに……!」


「颯太。前も言ったろ。慌てて売るな」


「でも、中国だぞ!? 世界の取引の何割かは中国だったんだろ!?」


「それでも、だ」


 俺は、自分のスマホの画面を見た。


 評価額、約62万円。数日前より、30万円以上減っている。


 ――怖くない、と言えば嘘になる。


 知識として知っていても、実際に資産が目減りしていくのを見るのは、心臓に悪い。前の人生で、俺はこの下落を他人事として眺めていただけだった。


 でも、知っている。


 ここは、年末に向けた最後の大きな押し目だ。この先、ビットコインは一度も、この価格には戻らない。


「颯太。売るな。それだけ守れ」


 颯太は、俺の顔をじっと見てから、大きく息を吐いた。


「……わかった。湊の勘、今のところ全部当たってるもんな」


◇


 その週の土曜日。


 また、颯太に誘われて、駅前の雑居ビルの勉強会に来ていた。


 前回の倍以上の人数が、狭い会議室にひしめいている。暴落のニュースで、逆に関心が高まっているらしい。


 講師は、前回と同じポロシャツの男だった。ただ、前回よりも白い歯の輝きが、少しだけ弱く見えた。


「えー、皆さん、ご心配だと思いますが……長期的に見れば、ブロックチェーンの未来は……」


 話の中身は、言い訳と希望的観測の繰り返しだった。


 俺は、会場を見回した。


 ――いた。


 一番後ろの、壁際の席。黒いジャケット。


 4月と同じ男が、同じように腕を組んで座っていた。


◇


 勉強会が終わり、エレベーターホールに向かう途中。


 颯太がトイレに行っている間、俺は廊下の窓際で待っていた。


「――君」


 背後から、声をかけられた。


 振り返ると、あの男が立っていた。


 近くで見ると、思っていたより若い。20代半ば。整った顔立ちに、感情の読めない、静かな目。


「4月の勉強会にも、来てたよね」


「……はい」


「メモ、取ってなかった。今日も」


 男は、窓の外に視線を向けた。


「俺もだ。あの講師の話、メモするほどの価値はないからね」


 心臓が、少しだけ速くなった。


「……あなたも、仮想通貨を?」


「少しね」


 男は、ジャケットの内ポケットから、名刺を一枚取り出した。


『個人投資家 黒崎 透』


 肩書きは、それだけ。会社名も、住所もない。メールアドレスと、電話番号だけ。


「黒崎です。君は?」


「……相沢です」


「相沢くん。今週の暴落、どうした?」


「何も。持ってるだけです」


「へえ」


 黒崎は、初めて俺の方を真っ直ぐに見た。


「普通、君くらいの年の子はこういう時に売るんだけどね。怖くなって」


「……長期で持つつもりなので」


「長期、ね」


 黒崎の口元に、4月と同じ、薄い笑みが浮かんだ。


「いつまで?」


「決めてません」


「そう。俺は、年末までかな」


 ――年末。


 何気ない一言だった。でも、俺の背中に、冷たい汗が一筋流れた。


「どうして、年末なんですか」


「なんとなく。そういう気がするだけだよ」


 黒崎は肩をすくめた。


 それから、ふと思いついたように、窓の外の夕焼けを見ながら言った。


「ところで、相沢くん。10年後って、どんな世界になってると思う?」


「……10年後?」


「2027年。スマホはどうなってる? 仕事は? AIは、人間の仕事をどれくらい奪ってると思う?」


 息が、止まりそうになった。


 2027年。


 俺が、あのサーバールームで倒れた年。


「……わかりません。そんな先のこと」


「そうだよね。普通は、わからない」


 黒崎は、くすりと笑った。


「ごめん、変なこと聞いた。ただの雑談だよ」


 エレベーターの到着音が鳴った。


 黒崎は「じゃあ、また」と軽く手を上げて、扉の中に消えていった。


◇


「湊、お待たせー……って、どうした? 顔、真っ青だぞ」


 トイレから戻ってきた颯太が、俺の顔を覗き込む。


「……なんでもない」


 手の中の名刺を、強く握りしめていた。


 偶然だ。そうに決まっている。


 年末に売るなんて、誰でも思いつくことだ。10年後を想像するのだって、雑談としては珍しくもない。


 でも。


 あの目は、雑談をしている人間の目じゃなかった。


 答え合わせをしている人間の目だった。


 ――もしかして、俺は今、試されたのか?


 帰りの電車の中、俺はずっと、名刺に印刷された「黒崎 透」という文字を見つめていた。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回は明日21時に更新します。


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