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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第08話 8月1日、分裂

 7月の終わり。


 夏休みに入ったばかりの学校の空き教室で、俺たち三人は開発を進めていた。


 颯太は、Androidの店舗側アプリ。結衣は、注文画面のデザイン。俺は、サーバー側の設計と、全体の進行管理。


 ホワイトボードには、俺が書いたタスクの一覧と、期限が並んでいる。


「……なあ湊。お前、ほんとに学生?」


 颯太が、ホワイトボードを見上げて呆れたように言った。


「タスクの分け方といい、期限の切り方といい、完全に現場のPMじゃん」


「本で読んだんだよ」


「お前、その言い訳何回目だよ」


 結衣が、ペンタブを動かしながらくすくす笑っている。


 平和な時間だった。


 ――このときまでは。


◇


「湊! やべえ、ビットコインがやべえ!」


 7月の最後の週。颯太が、スマホを握りしめて空き教室に飛び込んできた。


「分裂するって! 8月1日に、ビットコインが二つに割れるって!」


 来た。


 ビットコインキャッシュの分裂騒動だ。


 ビットコインの仕様をめぐって、開発者や採掘者の間で意見が割れ、8月1日に新しい通貨が生まれる。ネットでは「ビットコインが終わる」「暴落する」という記事が溢れていた。


「どうすんだよ! 俺、今のうちに全部売った方がいいのかな!?」


 颯太の顔は、真っ青だった。


 6月に20万円を入れてから、颯太の資産は順調に増えていた。それが、今は少し下がっている。分裂の不安で、相場全体が揺れているせいだ。


「落ち着け、颯太」


「落ち着けるかよ! ネットだと、価値がなくなるって――」


「なくならない」


 俺は、きっぱりと言った。


「分裂しても、ビットコインはビットコインのまま残る。持ってる人には、同じ量の新しい通貨がもらえる。それだけだ」


「……え、もらえるの?」


「ああ。取引所が対応すれば、だけど」


 前の人生の記憶では、この分裂でビットコインは崩れなかった。むしろ、ここから年末に向けて、一気に駆け上がっていく。


 ただ、細かいことは覚えていない。分裂した新しい通貨がいくらになったのかも、正直うろ覚えだ。


「とにかく、慌てて売るな。今売ったら、一番安いところで手放すことになる」


「……湊がそう言うなら」


 颯太は、まだ不安そうだったが、スマホをポケットにしまった。


 結衣が、きょとんとした顔でこっちを見ている。


「二人とも、何の話? ビット……なんとか?」


「仮想通貨。インターネット上のお金みたいなもの」


「ふーん。なんか、男子っぽい話だね」


 結衣は興味なさそうに、また画面に向き直った。


 ……前の人生でも、結衣は最後まで、仮想通貨には興味を持たなかった。それでいい。それが、正解だ。


◇


 8月1日。


 朝起きてすぐ、取引所のアプリを開いた。


 分裂は、予定どおり起きていた。


 ニュースサイトのトップには「ビットコイン分裂、新通貨『ビットコインキャッシュ』誕生」の見出し。でも、ビットコインの価格は、大きく崩れてはいなかった。


 そして数日後、取引所からメールが届いた。


『ビットコインキャッシュ(BCH)の付与について』


 俺の口座に、1.8917 BCHが追加されていた。


 ビットコインと同じ量。何もしていないのに、新しい通貨がもらえた。


「……マジか」


 付与された時点の価格で、だいたい1枚4万円ほど。合計で、7万円以上。


 思わず笑ってしまった。降って湧いた7万円。20歳の学生にとっては、十分すぎる金額だ。


 スマホが震えた。颯太からのLINEだ。


『湊!! なんか知らん通貨が増えてる!! マジで湊の言ったとおりじゃん!!』


『だから言っただろ』


『お前、神か?』


 画面を見て、苦笑いが漏れた。


 神じゃない。ただ、答えを一度見たことがあるだけだ。


◇


 その日の夜。


 部屋で、取引所のチャートを眺めていた。


 8月に入ってから、ビットコインは上がり始めていた。分裂という不安が一つ片付いたことで、買いが戻ってきたらしい。


 1BTC=32万円。


 俺の1.89BTCは、約60万円。ビットコインキャッシュと合わせれば、67万円ほど。


 ――順調だ。順調すぎる。


 なのに、胸の奥に、小さな引っかかりがあった。


 4月の勉強会で見た、あの男。


 「年末には100万」という講師の言葉に、薄く笑っていた、黒いジャケットの男。


 あの笑い方を、俺は知っている気がした。


 ふとした瞬間に、鏡に映る自分が浮かべているのと、同じ種類の笑い方だ。


 答えを知っている人間の、余裕。


「……考えすぎか」


 頭を振って、アプリを閉じる。


 俺以外に、未来を知っている人間がいるなんて。そんなこと、あるはずがない。


 あるはずが、ない。


 ノートパソコンの「人生ロールバック計画」を開いて、一行を書き足した。


 ・BCH 1.8917枚 付与(2017/08/01)

  → BTCと一緒に売却予定

 ・要確認:勉強会の黒いジャケットの男


 書いてしまってから、少しだけ後悔した。


 文字にすると、それが本当に「気にすべきこと」のように見えてしまうから。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回は明日21時に更新します。


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