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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第07話 要件定義は足で稼ぐ

 7月。期末テストが終わった土曜日。


 俺たち三人は、学校の最寄り駅から二つ先の駅で降りた。


 駅前から延びる、古いアーケードの商店街。シャッターが下りた店がちらほら混じっていて、昼間なのに人通りはまばらだ。


「なあ湊。なんで俺ら、休みの日に商店街なんか歩いてんの?」


 颯太が、溶けかけのアイスをかじりながら文句を言う。


「アプリの要件を決めるためだよ」


「要件って、俺らで考えればよくね? かっこいい機能つけてさ」


「それが一番ダメなやつだ」


 思わず即答していた。


 前の人生で、何度も見てきた。現場の声を聞かずに、会議室で「あったら便利そうな機能」を積み上げたシステム。完成した瞬間から誰にも使われず、保守費用だけを食い続ける。


 要件定義は、足で稼ぐ。


 それが、8年間の現場で俺が学んだ、数少ない本当のことだった。


「使う人が何に困ってるか、まず聞く。機能を考えるのは、その後だ」


「……湊って、たまに先生みたいなこと言うよね」


 結衣が、日傘の下からくすっと笑った。


◇


 商店街の真ん中あたりに、その店はあった。


『定食 まるや』


 色あせたのれん。ガラス戸には、手書きの「日替わり定食 650円」の貼り紙。


 昼のピークを過ぎた時間を狙って、のれんをくぐる。


「いらっしゃい! ……あら、学生さん?」


 カウンターの奥から顔を出したのは、60代くらいの、ふくよかなおばちゃんだった。白い三角巾に、年季の入ったエプロン。


「すみません。食事もしたいんですけど、その後、少しお話を聞かせてもらえませんか。学校の課題で、飲食店さんのお困りごとを調べてて」


「あらまあ、そういうの? いいわよ、どうせこの時間は暇だし」


 エプロンの名札に『岡田』とあるおばちゃんは、笑ってテーブルを拭いてくれた。


 三人で日替わり定食――しょうが焼き――を平らげてから、俺はノートを広げた。


「お店で、一番大変なことって何ですか?」


「大変なこと? そうねえ……」


 岡田さんは少し考えてから、レジの横の黒電話を指さした。


「お昼前の電話、かしら。近くの会社さんから、お弁当の注文が来るのよ。11時半くらいに、一気に」


「電話で、ですか」


「そう。でもその時間って、お店も一番忙しいでしょ。揚げ物しながら電話取って、メモして……。聞き間違えて、から揚げとしょうが焼きを間違えたりね。この前なんか、10個のところを1個って書いちゃって、大騒ぎよ」


 颯太が「うわぁ」と顔をしかめた。


「それに、電話に出られないとそのままお客さん逃しちゃうの。うちは主人と二人だけだから、手が足りなくて」


 俺は、ノートに書き込んでいく。


 ・注文の集中:11:00〜11:45

 ・電話対応で調理が止まる

 ・聞き間違い、書き間違い

 ・取りこぼし(電話に出られない)


「……ネットで注文を受けられたら、どうですか?」


「ネット? うちみたいな店が?」


 岡田さんは、困ったように手を振った。


「無理無理。パソコンなんて触ったこともないわよ。それに、ああいうのって高いんでしょう?」


 ――そうだ。これが、2017年の現実だ。


 小さな店にとって、ネット注文は「よくわからない、高いもの」でしかない。


 でも、3年後。


 この店も、商店街のほかの店も、否応なくその「よくわからないもの」に頼らざるを得なくなる。


「パソコンはいらないです。スマホかタブレットが一台あればいい。注文が来たら、画面に出て、音が鳴る。ボタンを一回押したら、受け付け完了。それだけの仕組みです」


「……それだけ?」


「それだけです」


 岡田さんは、まだ半信半疑の顔だった。でも、少しだけ身を乗り出した。


「本当にそんなのできるなら、ちょっと見てみたいわねえ」


◇


 帰り道の電車で、颯太がスマホにメモを打ちながら唸っていた。


「なるほどな……。俺、最初は地図とかレビューとか、いろいろ詰め込むつもりだったけど」


「おばちゃんが必要なのは、そこじゃない」


「わかってる。注文が漏れなく届いて、ボタン一個で受けられること。それだけだな」


 颯太の目が、少し真剣になっていた。


「店側の画面は、とにかくでかいボタン。文字も大きく。通知音は厨房でも聞こえるやつ」


「客側は?」


「会社の人がスマホから、メニュー選んで、個数と受け取り時間を入れるだけ。会員登録なんて面倒なのはなし」


「デザインは、私に任せて」


 結衣が、スケッチブックを開きながら言った。


「岡田さん、たぶん老眼だよね。メニューの文字、すごく大きく書いてあったし。店側の画面は、写真とかより、文字とボタンをはっきりさせた方がいいと思う」


 ――よく見てる。


 前の人生で、俺は結衣のこういうところに、一度も気づかなかった。


「さすがだな」


「えへへ。でしょ」


 結衣が、少し得意げに笑った。


◇


 その夜。


 自分の部屋で、ノートパソコンに向かう。


 画面に表示しているのは、要件定義書のテンプレート。前の人生で、数えきれないほど書いてきた形式だ。


 目的、利用者、業務フロー、機能要件、非機能要件。


 学生のコンテストに、ここまでのものは要らないかもしれない。でも、俺は書いた。


 これは、ただの課題じゃない。


 3年後に、本当に店を救う仕組みの、最初の設計図だ。


 最後の項目に、一行を書き足す。


 ・将来の拡張:テイクアウト/デリバリー対応、複数店舗への展開


 キーボードを打つ手が、自然と速くなっていた。


 前の人生で、仕様書を書くのはただの苦行だった。顔も見えない元請けのために、誰も読まない資料を量産する作業。


 でも、今は違う。


 使う人の顔が見える。岡田さんの、半信半疑の、それでも少しだけ期待した顔が。


「……楽しいな」


 思わず、声が漏れた。


 10年前の俺が、きっと一番やりたかった仕事は、これだったんだ。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回は明日21時に更新します。


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