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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第04話 全財産30万円

 土曜日の午後。


 颯太に連れられてやってきたのは、駅前の雑居ビルの3階にある、小さな貸し会議室だった。


 入り口に、手書きの紙が貼ってある。


『初心者歓迎! これから始める仮想通貨勉強会』


「……怪しさ満点だな」


「だろ? でも参加費500円だし、話のネタにはなるって」


 颯太は気楽に笑ってドアを開けた。


 中には、パイプ椅子が20脚ほど並んでいた。埋まっているのは半分くらい。大学生らしいグループ、スーツ姿のサラリーマン、定年後っぽいおじさん。年齢も服装もバラバラだ。


 前の人生の俺なら、絶対に来なかった場所だ。


 それなのに、なぜ今、俺はここにいるのか。


 ――颯太が誘ってきたから。でも前の人生で、颯太はこんな勉強会の話をしていただろうか。


 記憶を探っても、何も出てこない。


 ただ、俺が覚えていないだけかもしれない。10年前の、ありふれた週末の誘いなんて。


◇


 講師は、30代半ばくらいの男だった。ポロシャツに、やけに白い歯。


「皆さん、ブロックチェーンって聞いたことありますか? これはね、インターネット以来の革命なんですよ!」


 ホワイトボードに、ブロックが鎖でつながった絵が描かれていく。


 話の中身は、正直、半分くらいは怪しかった。


「今はまだ13万円ですけど、年末には50万、いや100万もあり得ます!」


 会場が「おおー」とどよめく。


 俺は黙って、膝の上で拳を握った。


 100万どころじゃない。233万だ。


 この部屋にいる誰も、それを知らない。講師本人ですら、口から出まかせで言っているだけだ。


 ――いや。


 ふと、視線を感じた。


 一番後ろの、壁際の席。黒いジャケットを着た、20代半ばくらいの男が座っていた。


 メモも取らず、スマホもいじらず、腕を組んで講師の話を聞いている。


 講師が「年末には100万」と言った瞬間。


 その男の口元が、ほんの少しだけ、笑った気がした。


 まるで、答えを知っている人間が、間違った答案を眺めるみたいに。


 目が合う。


 男はすぐに視線を外し、何事もなかったようにホワイトボードを見た。


 ……気のせいか?


 勉強会が終わる10分前。男は静かに席を立ち、誰とも話さずに部屋を出て行った。


◇


「いやー、面白かったな!」


 帰り道、颯太は上機嫌だった。


「俺、やっぱ買ってみるわ。とりあえず3万くらい」


「……どこで買うんだ?」


「ん? ほら、この取引所。アプリが見やすいんだよ。登録もすぐできるし」


 颯太がスマホで見せてきたロゴを見て、背中が冷たくなった。


 来年の1月26日。580億円分の仮想通貨が盗まれる、あの取引所だ。


「颯太、そこはやめとけ」


「え、なんで?」


「……なんとなく。セキュリティが心配だ」


「なんとなくって。お前、さっきの講師より根拠ないじゃん」


 颯太は笑った。当然だ。2017年の春の時点で、あそこが危ないなんて言っている人間は、ほとんどいない。


「とにかく、大金は置くな。買うなら、こまめに自分のウォレットに移せ」


「ウォレット? なにそれ、めんどくさそう」


 ダメだ。今の俺には、未来の出来事を「根拠」として示す方法がない。


 言えば言うほど、ただの変な奴になる。


 焦るな。1月26日までは、まだ9か月ある。説得のチャンスは、これから何度でもある。


◇


 4月下旬。


 郵便受けに、取引所からの本人確認のハガキが届いた。


 受け取って、二階に駆け上がる。ハガキに書かれたコードを入力すると、画面に「口座開設が完了しました」の文字が浮かんだ。


 手が、少し震えていた。


 チャートを開く。


 1BTC=14万8,000円。


 この3週間で、15%ほど上がっていた。


「……チッ」


 思わず舌打ちが出る。待っている間に、買える量が減った。


 でも、これでいい。これが「本物の相場」だ。俺の記憶はチート能力じゃない。確実なのは12月の一点だけで、そこに至る道のりの細かい上下なんて、ほとんど覚えていない。


 銀行アプリから、取引所に入金する。


 28万4,000円。


 生活費の2万円ちょっとだけを手元に残して、残りは全部。


 入金完了の通知が届く。


 購入画面に、数字を打ち込む。


 28万円分。約1.89BTC。


 「購入する」のボタンの上で、指が止まった。


 ――本当に、大丈夫か?


 もし俺の記憶が間違っていたら。もし、何かの拍子で未来が変わっていたら。20歳の俺は、全財産を失う。


 前の人生で、颯太がそうなったように。


 頭の中で、颯太の声が響く。


『見ろよ湊、ビットコイン233万!』


 あのときの、子どもみたいに無邪気な笑顔。そして、それが崩れていく1か月。


 俺は、知っている。


 上がることも、落ちることも。大きな山と谷が、いつ来るかも。


 知っている奴が動かないで、誰が動くんだ。


「……行け」


 クリック。


 画面が切り替わり、「約定しました」の文字が表示された。


 保有資産:1.8917 BTC。


 ベッドに仰向けに倒れ込む。心臓がうるさい。天井のへこみを見上げながら、俺は長く息を吐いた。


 全財産、賭けた。


 ここから12月8日まで、約7か月半。


 あとは、待つだけ――。


 ……いや。


 待つだけじゃダメだ。


 ビットコインで作れるのは、せいぜい数百万円の元手だ。それだけで人生が変わるわけじゃない。


 母さんを病院に連れて行くこと。結衣と向き合うこと。颯太を守ること。


 お金で解決できることと、できないことがある。


 俺は起き上がって、ノートパソコンの「人生ロールバック計画」を開いた。


 「手段」の下に、一行を書き足す。


 ・ビットコイン 1.89BTC 購入済み(2017/04/27)

  → 売却予定日:2017/12/08


 そしてもう一行。


 ・次のタスク:母さんに健康診断を受けさせる


 それが、一番難しいことを、俺は知っていた。

お読みいただきありがとうございます!

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