第39話 卒業制作
第3章「令和と卒業」開幕です。
舞台は2019年。湊たちの、学生最後の季節から始まります。
2019年2月。
専門学校の、7階の大教室。
ステージ代わりの教壇の前に、3年生が全員集められていた。前方の長机には、学科長と佐伯先生、それから外部の審査員が数人並んでいる。
『卒業制作発表会』
ホワイトボードに書かれたその文字の下で、俺たちの順番を待っていた。
「……なんか、コンテストのときより緊張しねえな」
隣で、颯太がのんきに伸びをした。
「慣れたんだろ」
「かもな。おととしのコンテストじゃ、手汗止まんなかったのに」
俺たちの卒業制作は、まちオーダーそのものだった。
コンテストのあとに作り直した仕組み。店舗が増えても耐えられる設計。決済の連携。源さんの店の、配達ルートの機能。
そして、15店舗で実際に動いている、本物のサービス。
◇
「――以上が、私たちの卒業制作、『まちオーダー』です」
発表を終えると、教室に、ぱらぱらと拍手が起きた。
学科長が、手元の資料をめくりながら、首をかしげた。
「……これ、本当に動いてるの? 実際のお店で?」
「はい。現在15店舗で、毎日使っていただいています。月の注文件数は、全店舗合計で約1,200件です」
教室が、少しざわついた。
他のチームの卒業制作は、ゲームや、学内向けの便利アプリが多かった。どれもよくできていたけれど、学校の外で使われているものは、ほとんどなかった。
「売上は?」
「月に4万5,000円です。利用料だけで」
「……学生が?」
学科長が、隣の佐伯先生を見た。
佐伯先生は、腕を組んだまま、小さく頷いた。
「開業届も、去年出しています。私が確認しました」
学科長は、しばらく黙って資料を見つめていたかと思うと、ふっと笑った。
「卒業制作の評価基準に、『実際に売上が立っているか』って項目は、ないんだがね」
◇
発表会のあと。
廊下で、佐伯先生に呼び止められた。
「相沢。桐生。それと、篠宮」
結衣も、デザイン科の発表を終えて、俺たちのところに来ていた。
「最優秀賞は、お前たちだ。正式な発表は来週だが、先に言っておく」
「……マジっすか!」
颯太が、思わず大声を上げて、慌てて口を押さえた。
結衣が、両手で口元を覆って、目を輝かせている。
「学科をまたいだチームで最優秀を取ったのは、この学校で初めてらしい。学科長が、来年からデザイン科との合同制作を正式に増やすと言っていた」
佐伯先生は、少しだけ口の端を上げた。
「お前たちが、前例を作ったってことだ」
「……ありがとうございます」
俺は、深く頭を下げた。
佐伯先生は、照れくさそうに咳払いをした。
「礼を言われるようなことはしてない。……ただ、一つだけ言わせてくれ」
先生は、俺たち三人の顔を、順番に見た。
「2年前の春、お前たちは、どこにでもいる普通の学生だった。相沢は成績が真ん中で、桐生は授業中に寝てばかりで、篠宮はデザイン科の隅で、黙って絵を描いていた」
「……先生、それ褒めてます?」
颯太が、苦笑いした。
「褒めてる。……人は、変われるもんだな。俺は、20年近く講師をやってきて、それを一番近くで見せてもらった」
先生は、背中を向けた。
「卒業おめでとう――は、まだ早いか。卒業式で、また言う」
◇
帰りの電車の中。
三人並んで座席に座って、窓の外を流れる景色を眺めていた。
「最優秀かあ……。親に言ったら、ちょっとは許してもらえっかな」
颯太が、スマホを見ながらぼやいた。内定辞退の件で、まだ実家とはぎくしゃくしているらしい。
「言ってみろよ。たぶん、喜ぶ」
「だといいけどな」
結衣は、膝の上の卒業制作の資料を、大事そうに抱えていた。
「ねえ、湊」
「ん?」
「卒業式まで、あと一か月だね」
――卒業式。
結衣が、答えを言うと言った日。
「……ああ」
「緊張してる?」
「してない」
「うそ。耳、赤いよ」
結衣が、くすっと笑った。
颯太が、わざとらしく大きなあくびをして、窓の外を向いた。
電車が、トンネルに入った。
窓ガラスに、三人の顔が並んで映っていた。
前の人生で、俺は卒業制作で何を作ったのか、もう覚えていない。たぶん、誰の記憶にも残らない、ありふれたものだった。
今度は、違う。
15店舗の、本物の困りごとを解決する、本物の道具。
それを、この二人と作った。
お読みいただきありがとうございます。
第3章、始まりました。
学生最後の大舞台、卒業制作の発表。
三人で作ってきた「まちオーダー」の評価は――。
そして春。
卒業と、新しい元号と、それぞれの進路が待っています。
続きは明日21時に更新します。
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