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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第2章 バブルの後始末

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第34話 颯太の内定

 10月の半ば。


 柏木システムズのオフィスの隅、窓際の二つのデスク。


 そこが、まちオーダーの「本社」になって、一か月が経っていた。


 利用店舗は、7店舗に増えていた。商店街の喫茶店とパン屋に続いて、隣町の弁当屋、クリーニング店、それから三好工務店の紹介で、工務店の取引先の仕出し屋が二軒。


 月の売上、21,000円。


 まだ、二人分の電車代にもならない。


 でも、夏に颯太と作り直した新しい仕組みは、店舗が増えても、まったく問題なく動いていた。


◇


「……湊。ちょっと、いい?」


 その日の夕方。


 隣のデスクでキーボードを叩いていた颯太が、手を止めて、ぽつりと言った。


 いつになく、歯切れの悪い声だった。


「どうした」


「内定、出た」


 颯太は、鞄から一枚の封筒を取り出して、デスクの上に置いた。


 封筒に印刷された、会社のロゴ。


 見覚えがあった。


 ――株式会社ネクストリンクソリューションズ。


 背中を、冷たいものが走った。


「……ここ、受けてたのか」


「兄貴に言われて、春の合同説明会で何社か受けといたんだよ。そのうちの一つ。ここが、一番条件よかった」


 颯太は、封筒から書類を取り出した。


「初任給、22万。学校の求人票より、2万高い。俺の成績見て、特別に上乗せしてくれるんだってさ。人事の人が、『桐生くんみたいな優秀な人に来てほしい』って」


 ――知っている。


 あの会社は、優秀そうな学生には、最初だけ少し高い条件を出す。そして入社したら、一番きつい現場に放り込む。


 前の人生の俺の同期にも、そういうやつがいた。入社二年目で、体を壊して辞めた。


「兄貴は、ここにしろって。初任給22万なら十分だろって。……親も、喜んでる」


 颯太は、書類を見つめたまま、言った。


「返事の期限、来週の金曜なんだ」


◇


 オフィスのフロアには、柏木システムズの社員たちのキーボードの音が響いていた。


 俺は、しばらく何も言えなかった。


 ――1月の夜、颯太は約束した。


『次にお前が「やめとけ」って言ったら、俺は、理由聞かずにやめる』


 今、その約束を使えば、颯太はきっと、この内定を断る。


 でも。


 それで、いいのか。


 俺の一言で、颯太の人生を決めてしまって。


 前の人生で、俺は、誰の話も聞かずに、あの会社に入った。誰かに止めてほしかったのか、と聞かれたら――たぶん、違う。止められても、俺は聞かなかった。


 人は、自分で選んだ道しか、歩けない。


「……颯太」


「ん」


「あの会社のこと、俺が知ってることを、話していいか」


 颯太が、顔を上げた。


「やめろとは言わない。1月の約束も、使わない。……ただ、知ってることを、全部話す。その上で、颯太が決めてくれ」


 颯太は、少し驚いたような顔をした。


 それから、ゆっくりと頷いた。


「……聞く」


◇


 オフィスの会議室を借りて、俺は話した。


 「ネットで調べた」という前置きをつけて、知っていることを、できるだけ正確に。


 あの会社が、大手SIerの三次請け、四次請けの仕事で成り立っていること。新人研修は形だけで、入社して数週間で客先に送り込まれること。残業が月に80時間、100時間を超えるのが当たり前の現場があること。若手の離職率が高いこと。体を壊した人がいること。倒れるまで働かされた人がいること。


 ――その一人が、前の人生の俺だったことだけは、言わなかった。


 颯太は、途中で一度も口を挟まなかった。


 最後まで聞き終えて、長い沈黙のあと、ぽつりと言った。


「……お前、なんでそんなに詳しいんだよ」


「調べたから」


「調べただけで、そんな顔になんのかよ」


 颯太が、俺の顔をじっと見ていた。


「お前、今、すげえ辛そうな顔してるぞ。まるで、自分が経験したみたいに」


 ――。


 何も、答えられなかった。


 颯太は、それ以上は聞かなかった。


 代わりに、テーブルの上の内定の書類を、指先でとんとんと叩いた。


「……正直さ、迷ってた。まちオーダーは楽しい。でも、今の売上じゃ、俺、食っていけねえし。兄貴にも親にも、ちゃんと就職しろって言われてるし」


「わかってる」


「お前と違って、俺には、去年のビットコインの貯金もねえしさ。全部売って、学費と、税金用に取っといたら、ほとんど残らなかった」


 ――そうだ。


 颯太には、俺みたいな「保険」がない。


「だから、一つ提案させてくれ」


 俺は、ノートを開いて、一枚の紙を颯太の前に置いた。


 昨日の夜、何度も計算し直した数字が書いてあった。


「来年の4月から、まちオーダーで、颯太に給料を払う。月20万。最低一年間は、保証する」


「……は?」


「売上で足りない分は、俺の貯金から出す。去年のビットコインの残りが、まだ170万ちょっとある。売上がこのペースで伸びれば、足りない分は、なんとか埋められる」


「お、お前、それ……自分の金だろ!」


「そうだ。だから、俺が決める」


 颯太が、絶句した。


「一年で、颯太の給料を、売上から払えるようにする。それができなかったら、俺の負けだ。その時は、颯太はどこにでも就職すればいい。一年分の経験は、どこでも通用する」


 俺は、颯太の目を見た。


「22万には、2万足りない。社会保険も、最初はちゃんとしたものじゃない。条件だけ見たら、ネクストリンクの方がいい」


「……」


「それでも、颯太と一緒にやりたい。使う人の顔を見て、ものを作る仕事を」


◇


 会議室の窓の外で、夕日が、ビルの谷間に沈んでいくところだった。


 颯太は、内定の書類と、俺が置いた紙を、交互に見つめていた。


 長い、長い沈黙。


 やがて、颯太が、ふっと笑った。


「……お前さ」


「ん」


「1月の約束、使わなかったな」


「使ったら、颯太が自分で決めたことにならないだろ」


「ずりいよ、それ」


 颯太は、内定の書類を、封筒に戻した。


「そういうこと言われたら、断れねえじゃん」


 颯太は、立ち上がって、窓の外を見た。


「兄貴と親は、俺が説得する。たぶん、めちゃくちゃ怒られるけど」


 振り返った颯太の顔は、晴れやかだった。


「来年の4月から、よろしくな。社長」


「……社長はやめろ。まだ、個人事業主だ」


「じゃあ、未来の社長」


 颯太が、右手を差し出した。


 俺は、その手を、強く握った。


◇


 翌週の金曜日。


 颯太は、ネクストリンクソリューションズに、内定辞退の電話を入れた。


 電話を切った颯太は、デスクに突っ伏して、「人事の人、めっちゃ怒ってた……」と呻いていた。


 俺は、隣のデスクで、その背中を見ていた。


 ――今度は、あの会社に、俺の大切な人を一人も行かせない。


 4月に誓ったその言葉を、俺は、未来の知識じゃなく、自分の言葉と、自分の金で守った。


 「人生ロールバック計画」に、一行を書き足す。


 ・颯太:ネクストリンク内定辞退(2018/10/19)

  → 2019年4月から、まちオーダーに正式参加(月20万、1年保証)

 ・目標:2020年3月までに、颯太の給料を売上だけで払えるようにする


 ――2020年3月。


 その目標の期限が、何を意味するのか。


 俺だけが、知っていた。


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