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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第2章 バブルの後始末

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第33話 2025年の崖

 9月7日、金曜日。夜。


 自分の部屋で、ノートパソコンの画面に、一つのPDFを開いていた。


『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』


 経済産業省が、今日、公表した報告書だ。


 表紙の文字を見つめながら、俺は、小さく息を吐いた。


 ――来た。


 前の人生で、この言葉を、何度聞かされたかわからない。


 「2025年の崖」。


 日本の多くの企業が、古くて複雑になりすぎたシステムを抱えたまま、身動きが取れなくなっている。このまま放置すれば、2025年以降、年間で最大12兆円の経済損失が生じるかもしれない――。


 報告書の内容は、正しかった。


 でも、前の人生で、この言葉がどう使われたかも、俺は知っている。


 「DX」は、流行語になった。大手のコンサルティング会社やSIerが、こぞって「DX推進」を掲げた。予算が付き、案件が生まれ、その案件は、元請けから下請けへ、さらにその下へと流れていった。


 俺がいた三次請けの会社にも、「DX案件」は山ほど降ってきた。


 中身は、古いシステムの延命と、意味のない画面の作り直しばかりだった。


◇


 スマホが震えた。


 知らない番号――じゃない。柏木社長の携帯だった。


「相沢くん、夜分にすまない。今日の経産省のレポート、読んだかい?」


「……今、ちょうど読んでいました」


「さすがだな」


 電話の向こうで、柏木社長が少し笑った。


「明日、少し時間をもらえるかな。話したいことがある」


◇


 翌日の午後。


 柏木システムズの応接室で、社長は、プリントアウトしたレポートをテーブルに広げていた。


 あちこちに、赤ペンで線が引かれている。


「このレポートを読んで、どう思った?」


「……書いてあることは、正しいと思います」


「でも?」


 社長は、俺の顔を見て、少しだけ目を細めた。


「『でも』という顔をしている」


 見抜かれていた。


「……このレポートは、大企業の話です。何十年も前に作った巨大なシステムを抱えている会社の。でも、DXって言葉だけが一人歩きしたら、大手のSIerが『DX案件』を作って、下請けに流すだけになる気がします」


 言いすぎたか、と思った。


 柏木社長の会社も、SIerだ。


 でも、社長は、怒るどころか、深く頷いた。


「同じことを思った。……いや、たぶん、そうなる。業界にいれば、わかる」


 社長は、レポートの一ページを指さした。


「だがね、相沢くん。このレポートには、ほとんど書かれていない人たちがいる」


「書かれていない人たち?」


「中小企業だ。もっと言えば、商店街の小さな店や、町の工務店みたいな、ITとは無縁の人たちだ」


 社長は、窓の外の街並みに目を向けた。


「大企業には、予算も人もある。どうにかする。でも、小さな会社や店には、何もない。システムを入れる余裕も、相談する相手もいない。……崖から落ちるのは、本当は、そういう人たちなんだ」


 ――岡田さん。源さん。三好さん。


 顔が、次々に浮かんだ。


「君がやっていることは、まさにそこだ」


 社長は、俺を見た。


「大きな会社が見向きもしない、小さな困りごとを、小さな道具で解決する。それは、立派なDXだよ。誰も、そう呼ばないだけでね」


◇


「それで、話というのは」


 社長は、ソファから立ち上がって、応接室のドアを開けた。


「ついてきてくれ」


 案内されたのは、オフィスの一番奥。窓際に、空いたデスクが二つ並んでいた。


「先月、プロジェクトが一つ終わって、席が空いたんだ。……ここを、君たちに使ってほしい」


「……え」


「家賃はいらない。ネットと電源と、会議室もある程度使っていい。打ち合わせにお客さんを呼ぶのにも、学校の空き教室よりはましだろう」


 言葉が、出てこなかった。


「ただし、条件がある」


 社長は、人差し指を立てた。


「うちの仕事は、手伝わなくていい。下請けの仕事を回すつもりもない。君たちは、君たちの仕事をしなさい。……ここに座っていることで、うちに借りができたなんて、思わないこと」


「どうして、そこまで……」


 社長は、少しだけ、遠い目をした。


「若いころの私に、こういう場所をくれる人がいたら、もう少し違う道があったかもしれない。……それだけだよ」


 社長は、照れくさそうに咳払いをした。


「それと、もう一つアドバイスだ。法人化を急ぐな。売上が年間1,000万円に届きそうになってから考えればいい。そのあたりから、税金の仕組みが変わる。それまでは、個人事業主のまま、身軽にやった方がいい」


「……はい」


◇


 その夜。


 LINEのグループに、メッセージを送った。


『来週から、柏木システムズのオフィスの一角を、無料で使わせてもらえることになった』


 一分も経たないうちに、二人から返信が来た。


『は!? マジで!? オフィス!?』

『え、すごい……! ちゃんとした会社みたい!』


『会社じゃない。間借りだ』


『間借りでも、空き教室よりは百倍マシだろ!!』


 スマホを置いて、ノートパソコンのDXレポートを、もう一度見た。


 「2025年の崖」。


 前の人生で、その崖の下で、俺は誰かが作った崩れかけのシステムを、夜中に一人で支えていた。


 今度は、違う場所に立ちたい。


 崖から落ちそうな小さな店の、すぐ隣に。


 「人生ロールバック計画」に、一行を書き足した。


 ・方針:大きなDXはやらない。小さな店の、小さな困りごとを解決する道具を作る

 ・拠点:柏木システムズの一角(2018/09〜)

 ・法人化:年商1,000万円が見えてから


お読みいただき、ありがとうございます!

毎日21時に更新しています!


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