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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第2章 バブルの後始末

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第29話 商店街の定例会

 5月の第三水曜日。夜7時。


 商店街の奥にある、古い公民館の一室。


 長机がロの字に並べられ、20人ほどの大人たちが座っていた。八百屋、魚屋、薬局、喫茶店、クリーニング店。商店街の店主たちだ。


『商店街振興会 定例会』


 ホワイトボードに書かれたその文字の下に、俺は立っていた。


 手には、結衣が作ってくれた資料。タブレットには、颯太が仕上げた最新版の『まちオーダー』。


「――えー、では、まるやの岡田さんのご紹介で、今日は学生さんに来ていただきました。相沢くん、どうぞ」


 司会の振興会長が、気乗りしない声で言った。


 70代くらいの、日焼けした顔のおじいさん。商店街で一番古い八百屋の店主で、みんなから「源さん」と呼ばれているらしい。


 俺は、一礼してから、口を開いた。


「相沢です。今日は、お時間をいただいて、ありがとうございます」


◇


 開業届を出してから、三か月。


 まちオーダーの正式な利用者は、まるや一店だけだった。


 コンテストのときの試験運用から、岡田さんはそのまま使い続けてくれていた。4月からは、正式に月額3,000円の利用料をもらっている。


 月の売上、3,000円。


 サーバー代を払ったら、ほとんど残らない。


 ――このままでは、ただの趣味だ。


 それで、岡田さんに相談した。


「商店街のほかのお店にも、使ってもらいたいんです。どなたか、紹介していただけませんか」


 岡田さんは、少し考えてから言った。


「だったら、振興会の定例会で話してみなさいよ。月に一回、みんな集まるから。会長さんに、私から頼んであげる」


 そうして、今、ここにいる。


◇


 俺は、まるやの実際の数字から話し始めた。


 この半年で、アプリ経由の注文は、月に平均80件。電話注文の聞き間違いによるミスは、ゼロ。昼のピークに電話を取らなくて済むようになって、岡田さんの店は、一日のお弁当の数を2割増やせた。


「お店に必要なのは、タブレット一台だけです。利用料は、月3,000円。初期費用はいただきません」


 話し終えたとき、公民館の一室は、しんと静まり返っていた。


 ――反応が、薄い。


 腕を組んだまま、目を閉じている人。手元のお茶をすすっている人。隣とひそひそ話している人。


 やがて、振興会長の源さんが、ゆっくりと口を開いた。


「……あのな、兄ちゃん」


「はい」


「ネットだのアプリだの、そういうのは、若いもんの遊びだろう。うちの客は、年寄りばっかりだ。スマホで野菜を注文する年寄りなんて、見たことねえよ」


 何人かが、うんうんと頷いた。


「それに、月3,000円って言ってもな。うちらみたいな小さい店にとっちゃ、3,000円だって大金なんだ。使うかどうかもわからねえもんに、毎月払ってられねえよ」


 ――正論だった。


 今の、2018年の商店街にとっては、まったくの正論だ。


 ネット注文なんて、なくても困らない。今のところは。


 俺は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 2年後に、あなたの店にも、お客さんが来なくなる日が来ます――とは、言えない。


「……おっしゃるとおりだと思います」


 源さんが、少し意外そうな顔をした。


「今すぐ、全部のお店に必要なものじゃないと思います。八百屋さんのように、お客さんが直接見て選ぶお店には、合わないかもしれない」


 俺は、ロの字の机に座った一人一人の顔を見た。


「でも、お昼のお弁当や、パンの取り置き、コーヒー豆の注文みたいに、電話で注文を受けているお店なら、きっと楽になります。まずは、試しに一か月、無料で使ってみてもらえませんか。合わなければ、やめてもらって構いません」


◇


 定例会が終わって、公民館の出口。


 店主たちが三々五々帰っていく中で、二人が俺のところに来てくれた。


「あの……喫茶店をやってる、ひだまりの坂口です」


 40代くらいの、エプロン姿の女性だった。


「うち、コーヒー豆の注文を電話で受けてるんですけど、営業中だと手が離せなくて。一か月だけ、試してみてもいいですか?」


「はい、ぜひ!」


 もう一人は、30代くらいの、髭を生やした男性だった。


「ベーカリー麦の、村上です。朝のパンの取り置き、いつもメモが追いつかなくて困ってて。……うちも、お願いできますか」


 二店舗。


 思わず、深く頭を下げていた。


「ありがとうございます……!」


 その後ろから、岡田さんがにこにこしながら近づいてきた。


「ほらね、言ったでしょう。ちゃんと話せば、わかってくれる人はいるのよ」


「岡田さん……本当に、ありがとうございます」


「いいのよ。うちも助けてもらってるんだから。……源さんはね、口は悪いけど、悪い人じゃないの。時間はかかるかもしれないけど、そのうちわかってくれるわよ」


 振り返ると、源さんが、公民館の玄関で靴を履きながら、ちらりとこちらを見ていた。


 目が合うと、ふん、と鼻を鳴らして、背中を向けた。


◇


 6月の終わり。


 喫茶ひだまりと、ベーカリー麦の無料期間が終わった。


 二店とも、そのまま正式に契約してくれた。


 まちオーダーの利用店舗、三店。


 月の売上、9,000円。


 自分の部屋で、帳簿の画面を見つめながら、俺は小さく笑った。


 9,000円。


 去年の12月に、ビットコインで手に入れた400万円以上と比べたら、笑ってしまうほど小さな数字だ。


 でも、この9,000円は、違う。


 三人の店主が、俺たちの作ったものに「お金を払う価値がある」と認めてくれた、その証だ。


 LINEのグループに、メッセージを送る。


『ひだまりと麦、正式契約になった。月9,000円!』


 すぐに、二人から返信が来た。


『うおおおお!! 9,000円!! 焼肉行こうぜ!!』

『やった!! ひだまりさんのメニュー画面、もっと可愛くしたいって思ってたの!』


『焼肉は無理だ。サーバー代でほぼ消える』


『夢がねえ!!(笑)』


 スマホを置いて、窓の外を見た。


 6月の夜空に、薄い雲がかかっていた。


 ――2年後の春まで、あと1年と9か月。


 それまでに、この9,000円を、もっと大きな力に育てなければいけない。


 商店街の店が、2020年の春を、生き延びられるように。


お読みいただき、ありがとうございます!

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