第22話 2017年12月31日
2017年12月31日、日曜日。
大晦日の夜。
こたつの上には、母さんが作った年越しそばが三つ並んでいた。テレビでは、紅白歌合戦が流れている。
「葵、ネギいる?」
「いる」
「湊は?」
「いる。多めで」
なんでもない会話。なんでもない大晦日。
前の人生の最後の数年、俺は大晦日を、会社のサーバールームか、一人暮らしのワンルームで過ごしていた。年越しそばは、コンビニのカップ麺だった。
そばをすすりながら、こたつの温かさが、じわじわと体にしみていった。
「……そういえば湊、今夜、結衣ちゃんたちと初詣行くんでしょう?」
「うん。11時半に、神社の前で待ち合わせ」
「寒いから、ちゃんとマフラーしていきなさいよ」
「わかってるって」
葵が、そばをすすりながら、ちらりと俺を見た。
「……結衣ちゃんと二人?」
「颯太もいる」
「ふーん」
葵は、意味ありげに鼻を鳴らした。最近、妙にこういう顔をするようになった。
◇
午後11時半。
近所の神社の鳥居の前には、すでに二年参りの人たちが列を作っていた。
「あ、湊ー!」
白いマフラーに、ベージュのコート。結衣が、手を振りながら駆け寄ってきた。その後ろから、颯太が寒そうに肩をすくめて歩いてくる。
「さっみー……。なんで年越しの瞬間に外にいなきゃいけねえんだよ」
「颯太くんが行きたいって言ったんでしょ」
「言ったけどさあ」
三人で列に並ぶ。
白い息を吐きながら、他愛もない話をした。コンテストのこと。冬休みの課題のこと。来年の就職活動のこと。
「来年はさ、俺ら、いよいよ就活じゃん」
颯太が、ぼやくように言った。
「湊は? どこ受けんの?」
「……受けない、かもしれない」
「は?」
「自分で、仕事を始めようと思ってる。まちオーダーを、本物のサービスにしたい」
颯太と結衣が、同時に足を止めた。
「……マジで言ってる?」
「マジだ。年明けに、開業届を出す」
颯太は、しばらくぽかんとしていた。
それから、にやりと笑った。
「お前、ほんと春から別人だな。……まあ、面白そうだし、話くらいは聞いてやるよ」
「私も」
結衣が、少し頬を赤くしながら言った。
「岡田さんのお店のアプリ、もっといいものにしたいって、ずっと思ってたから」
――前の人生では、一度も実現しなかった、三人の未来。
その入り口が、今、ほんの少しだけ見えた気がした。
◇
午前0時。
どこからともなく、カウントダウンの声が上がった。
「5、4、3、2、1――」
「あけましておめでとう!」
境内に、歓声と拍手が広がる。
2018年。
俺がこの世界に戻ってきてから、最初の年越しだ。
「あけおめ、湊! 結衣!」
「あけましておめでとう、二人とも。今年もよろしくね」
三人で、拝殿の前に進む。
五円玉を賽銭箱に投げ入れて、手を合わせた。
――母さんが、健康でいられますように。
――葵が、自分の好きなものを、好きでいられますように。
――颯太が、立ち止まれますように。
――結衣と、今度こそ、すれ違わずにいられますように。
願い事が多すぎて、神様に呆れられるかもしれない。
目を開けると、隣で結衣が、まだ目を閉じて手を合わせていた。真剣な横顔だった。
「……結衣、何お願いしたの?」
「ひ、秘密」
結衣は、慌てたように顔をそむけた。耳まで赤かった。
◇
「俺、甘酒もらってくるわ。二人の分も」
参拝のあと、颯太と結衣をおみくじの列に残して、俺は境内の隅の甘酒の配布所に向かった。
紙コップを三つ受け取って、振り返った、その時。
「――あけましておめでとう、相沢くん」
すぐ隣に、黒いコートの男が立っていた。
黒崎透。
息が、止まった。
「……黒崎、さん。どうして、ここに」
「近所なんだ。偶然だよ」
黒崎は、紙コップの甘酒をすすりながら、境内の人混みを眺めていた。
「12月8日。いい売り時だったね」
――え。
背筋が、凍りついた。
「……何の話ですか」
「とぼけなくていい。君も、あの日に売ったんだろう?」
黒崎は、こちらを見ないまま、淡々と言った。
「俺もだよ。同じ日に、全部売った」
黒崎は、甘酒を一口飲んで、白い息を吐いた。
「ちょうど、233万の少し手前でね」
――233万。
その数字は。
前の人生で、颯太が見せてきた画面の数字。俺が、この世界で唯一、確信を持っていた数字。
心臓が、痛いほど鳴っていた。手の中の紙コップから、甘酒がこぼれそうになる。
「あなたは……」
「それと、もう一つ」
黒崎は、初めて俺の方を向いた。
感情の読めない、静かな目。
「1月26日。あの取引所には、気をつけた方がいい」
黒崎は、ほんの少しだけ、口の端を上げた。
「……まあ、君には、言うまでもないか」
何か言わなければ、と思った。
でも、喉が張りついて、声が出なかった。
「じゃあ、また。――よいお年を、じゃなかった。今年もよろしく、か」
黒崎は、軽く手を上げて、人混みの中に消えていった。
追いかけようとして、足が動かなかった。
◇
「湊ー! 見て見て、大吉!」
遠くで、結衣がおみくじを掲げて手を振っていた。颯太が「俺、末吉なんだけど!」と叫んでいる。
俺は、三つの紙コップを持ったまま、境内の真ん中に立ち尽くしていた。
――間違いない。
あいつも、知っている。
12月8日を。233万円を。1月26日を。
この世界で、未来を知っているのは、俺だけじゃなかった。
手の中の甘酒は、とっくに冷めていた。
2018年、1月1日。午前0時17分。
俺の「ロールバック」は、まだ始まったばかりだった。
(第1章 再起動 完)
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
これにて「第1章 再起動」完結です。
全財産30万円から始まった湊のやり直し、
2017年の一年間を最後まで見届けていただけて嬉しいです。
そして最後に現れた、あの男。
彼の正体は、物語の大きな鍵になっていきます。
――次回から「第2章」。
舞台は2018年。
湊が知っている「1月26日」が、すぐそこに迫っています。
颯太は、警告を聞いてくれたのか。
母さんの検査の結果は。
そして葵は、ついに「シエル」として――。
湊の未来知識が、初めて「誰かを救えるかどうか」を試される章です。
もし「続きが気になる」「湊を応援したい」と思っていただけたら、
ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】からの評価で応援していただけると、
執筆の大きな励みになります。
一言でも感想をいただけたら、飛び上がって喜びます。
第2章も、毎日21時に更新します。
引き続き、湊のやり直しにお付き合いください。
深夜三時




