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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第02話 2017年4月7日

 ピピピ、ピピピ、と電子音が鳴っている。


 アラームだ。……アラーム?


 サーバールームに、目覚ましなんてあっただろうか。


 重いまぶたを持ち上げると、見慣れない――いや、懐かしすぎる天井があった。


 白いクロス。右上の角に、子どもの頃にボールをぶつけてできた小さなへこみ。


「……は?」


 飛び起きた。


 六畳の和室に、パイプベッド。壁には色あせたゲームのポスター。机の上には、専門学校の入学祝いで買ってもらったノートパソコンが置いてある。


 実家の、俺の部屋だ。


 大学ではなく専門学校に進むと決めた日、母さんが「じゃあパソコンくらいはいいの買わなきゃね」と笑っていた、あの部屋。


 ――おかしい。


 この部屋は、母さんが死んだ後に片付けたはずだ。家だって、もう売ってしまった。


 枕元で鳴り続けているスマホを掴む。iPhone 6s。画面のガラスに、見覚えのあるヒビが斜めに走っている。


 ロック画面の数字を見た瞬間、呼吸が止まった。


 2017年4月7日(金) 7:00


「……2017年」


 声が震えた。


 夢か? 死ぬ前に見る走馬灯ってやつか?


 頬をつねる。痛い。もう一度、強く。普通に痛い。


 ベッドから転がり出て、部屋の隅の姿見の前に立つ。


 映っていたのは、知らない男――いや、知っている。10年前の、俺だ。


 目の下のクマがない。肌に張りがある。腹が出ていない。少し長めの前髪は、当時「似合ってる」と思い込んでいた髪型そのものだ。


「若っ……」


 思わず声が出た。30歳の俺が毎朝見ていた、くたびれた顔はどこにもない。


 20歳。専門学校2年生。


 あのコミットの文字が、頭の中で点滅する。


 ――revert: 2017-04-07。


「戻った、のか……? 10年前に……?」


◇


「湊ー! 起きてるのー? ご飯冷めるよー!」


 階下から聞こえた声に、全身が固まった。


 知っている声だ。


 二度と聞けないと思っていた声だ。


 気づいたら、階段を駆け下りていた。途中で一段踏み外しかけて、手すりにしがみつく。


 台所に飛び込むと、エプロン姿の女性が、フライパンを片手に振り返った。


「なに、朝からドタドタして。……どうしたの、その顔」


 母さんだ。


 相沢美佐子、47歳。


 まだ白髪も少ない。頬もふっくらしている。病室で見た、骨と皮だけになった姿とは、まるで別人だった。


 生きている。


 母さんが、生きて、目の前で目玉焼きを焼いている。


「……母さん」


「なによ」


「いや……なんでも、ない」


 声が詰まって、それ以上何も言えなかった。


 泣くな。ここで泣いたら、ただの変な息子だ。


 必死に唇を噛んで、テーブルについた。目玉焼きとウインナーと、豆腐の味噌汁。何の変哲もない朝ごはん。


 一口すすった味噌汁は、ちょっとしょっぱくて、記憶の中とまったく同じ味がした。


「おいしい」


「は? いつもと同じでしょ。熱でもあるの?」


 母さんが怪訝そうに眉を寄せて、俺の額に手を当てる。その手の温かさに、また鼻の奥がツンとした。


◇


「お母さん、私のリボン知らない?」


 パタパタとスリッパを鳴らして、制服姿の少女が台所に入ってきた。


 妹の葵だ。高校2年生。


 前の人生では、高校3年の途中から学校に行かなくなり、そのまま10年近く部屋から出てこなかった妹。最後に話したのは、母さんの葬式の日だった。


 その葵が、ちゃんと制服を着て、学校に行こうとしている。


「お兄ちゃん、なにジロジロ見てんの。キモいんだけど」


「……いや。制服、似合ってるなと思って」


「は? ほんとにキモい。お母さん、お兄ちゃん壊れた」


「朝からずっとこうなのよ。変なもの食べたのかしら」


 二人が顔を見合わせる。


 俺は笑った。笑いながら、目の端に溜まったものを、袖でこっそり拭った。


◇


 朝食後、部屋に戻ってドアを閉め、深呼吸をした。


 落ち着け。まずは状況整理だ。エンジニアらしく、事実を一つずつ確認する。


 スマホでニュースサイトを開く。並んでいる見出しは、どれも記憶にある「10年前のニュース」だった。トップ記事の日付も、全部2017年4月。


 カレンダーアプリには、自分で入れた予定が並んでいる。


『4/7(金) 2年次ガイダンス 10:00〜』


 今日は、専門学校2年の初日だ。


 手が汗ばむ。


 夢じゃない。少なくとも、夢だと判断できる根拠が何もない。


 俺は、2027年から2017年に戻ってきた。30歳の記憶を持ったまま、20歳の体で。


 理由はわからない。あのコミットが何だったのかも、わからない。


 でも、ひとつだけはっきりしていることがある。


 ――俺は、これから10年で何が起きるかを知っている。


 母さんの体の中で、何が進んでいくのか。


 結衣と俺が、どこですれ違うのか。


 颯太が、何に人生を狂わされるのか。


 そして、世界がこれからどう動くのか。


 ノートパソコンを開き、テキストエディタを立ち上げる。前の人生で、何千回と障害報告書を書いてきた指が、勝手に動き出した。


 【人生ロールバック計画】

 ■ 目的

 ・母さんを守る(2023年までに、絶対に病院へ)

 ・結衣に、今度こそちゃんと向き合う

 ・颯太を、仮想通貨の沼から引きずり出す

 ・俺自身が、使い潰される人生から抜け出す


 ■ 手段

 ・未来の知識


 最後の一行を打ち込んで、手が止まる。


 未来の知識。言葉にすると、いかにも頼りない。


 でも、俺には一つだけ、絶対に忘れない数字がある。


 颯太が、あの冬に自慢げに見せてきたスマホの画面。


 ――ビットコイン、233万円。


 今、2017年4月。あれは、今年の12月の話だ。


 ブラウザを立ち上げ、震える指で検索窓に打ち込む。


『ビットコイン 価格』


 表示された数字を見て、俺は思わず、声を出して笑ってしまった。

お読みいただきありがとうございます!

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