第19話 颯太への警告
12月17日、日曜日。
「ほら見ろ! また上がったじゃん!」
駅前のファミレス。ドリンクバーのメロンソーダを片手に、颯太が勝ち誇ったようにスマホを掲げた。
1BTC=219万円。
12月8日に天井をつけて少し下がったあと、ビットコインは再び盛り返していた。
「湊、お前、売るの早すぎたんじゃね? あのまま持ってたら、今ごろもっと増えてたぞ」
「……かもな」
「かもな、じゃねえよ。もったいねー」
颯太は笑いながら、ポテトをつまんだ。
俺が12月8日に売ったことは、颯太にも話していた。金額までは言っていない。「少し利益が出たから、全部売った」とだけ。
結衣は、向かいの席でパフェをつつきながら、二人のやりとりを不思議そうに眺めていた。
「二人とも、最近ずっとその話してるね」
「結衣も買えばよかったのに。今からでも遅くねえって」
「私はいいよ。よくわかんないもん」
――それでいい、結衣。
俺は、窓の外に目をやった。
ショッピングモールのクリスマスツリーが、きらきらと光っている。
この熱狂は、もうすぐ終わる。
◇
12月22日、金曜日。
冬休み前、最後の授業の日。
昼休みの学食に、颯太の姿がなかった。
LINEを送っても、既読がつかない。
放課後、空き教室を覗くと、颯太が一人で、窓際の机に突っ伏していた。
「……颯太?」
顔を上げた颯太は、ひどい顔をしていた。目の下にクマ。唇が乾いている。
「湊……。見たか、今日の」
スマホの画面には、真っ赤なチャートが映っていた。
1BTC=150万円。
朝から一気に崩れて、たった半日で、3割近く下がっていた。
「NEMも、他のも、全部……。昨日まで280万あったのが、今、190万切ってる」
颯太の声が、震えていた。
「一日で、90万だぞ。バイト何か月分だよ……」
「颯太」
俺は、颯太の向かいの椅子に座った。
「今から、俺の言うことを聞いてくれ。真面目な話だ」
◇
「あの取引所から、資産を全部移せ。今日中に」
「……またそれかよ」
颯太は、力なく笑った。
「今移したって、下がった分は戻ってこねえよ」
「下がった分の話じゃない」
俺は、声を落とした。
「年明け、たぶん1月のうちに、あの取引所で、大きな事件が起きる」
颯太の目が、わずかに見開かれた。
「……事件?」
「不正アクセス。資産が、まとめて盗まれる。特に、NEMが危ない」
「は……? なんで、そんなことわかるんだよ」
――言えない。
2027年から戻ってきたなんて、言えるわけがない。
「わからない。でも、そういう気がするんだ。ずっと」
「気がするって、お前……」
颯太が、呆れたように眉をひそめる。
それから、ふっと、真顔になった。
「なあ、湊。お前、春からおかしいよ」
空き教室の空気が、ぴんと張り詰めた。
「ビットコイン、一番安い時に全財産で買って、一番高い日に全部売った。8月の分裂も、9月の暴落も、全部『慌てるな』って言って、全部そのとおりになった。コンテストの回線トラブルも、一瞬で対処した。講師にも、あの社長にも、なんか特別扱いされてる」
颯太が、真っ直ぐに俺を見た。
「お前、何を知ってるんだ?」
心臓が、うるさいほど鳴っていた。
言ってしまおうか。
全部。2027年のこと。前の人生のこと。お前が、この先どうなったのかを。
――でも。
言ったところで、颯太は信じない。信じたとしても、今度は「じゃあ、次に上がる通貨を教えてくれ」と言うだろう。そうやって、颯太はもっと深く、沼に沈んでいく。
俺が颯太に渡したいのは、未来の答えじゃない。
自分で、立ち止まれる力だ。
「……信じなくていい」
俺は、ゆっくりと言った。
「俺の勘が、たまたま当たってるだけかもしれない。でも、今回だけは、俺に賭けてくれ」
「賭けるって」
「全部じゃなくていい。半分だけでいい。半分を、別の取引所に移してくれ」
そして、俺は、一番言いたくなかった言葉を口にした。
「もし1月が過ぎても、何も起きなかったら。移したせいで、お前が損した分は、全部俺が払う」
颯太の顔が、固まった。
「……は?」
「12月8日に売った金がある。お前が損した分くらいは、払える」
長い沈黙があった。
廊下を、帰っていく学生たちの笑い声が通り過ぎていく。
「……お前、それ、本気で言ってんの」
「本気だ」
「バカじゃねえの」
颯太は、顔を伏せた。
肩が、小さく震えていた。
「お前が損した分払うとか……友達に、そんなこと言わせんなよ……」
◇
その夜。
颯太から、LINEが届いた。
『ビットコインの分だけ、あの取引所から出した。お前が使ってる取引所は登録に時間かかるから、今はとりあえず手元のウォレットに逃がしてる。やり方、ネットで調べた』
画面を見て、俺は長く息を吐いた。
少しの間を置いて、もう一通。
『でも、NEMはもうちょい持っとく。ここから上がるってみんな言ってるし。年明けに、また考える』
――NEM。
スマホを握る手に、力が入った。
あの取引所から盗まれるのは、まさにNEMだ。
でも、颯太は動いた。半分だけでも、自分の意思で、立ち止まった。
前の人生の颯太は、一度も立ち止まらなかった。
『わかった。ありがとう、颯太』
送信してから、もう一行を書き足した。
『NEMも、年明けすぐに考えてくれ。頼む』
既読がついて、しばらくしてから返信が来た。
『しつけーよ(笑) わかったって』
ノートパソコンの「人生ロールバック計画」を開く。
・颯太:BTC分を移動(2017/12/22) NEMは残留
→ 期限:2018/01/25
期限まで、あと34日。
半分は、届いた。
残りの半分を、俺はまだ、救えていない。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日21時に更新します。
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