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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第16話 12月8日

 12月7日、木曜日。夜。


 部屋の明かりを消して、俺はノートパソコンの画面だけを見つめていた。


 チャートが、狂ったように跳ねていた。


 12月に入ってから、ビットコインの上昇は加速していた。1日に10万円、20万円という値動きが当たり前になった。ニュースは毎日のように「最高値更新」を伝え、取引所には新規の口座開設が殺到して、アプリが重くなっていた。


 そして今夜。


 1BTC=180万円を突破したかと思うと、一時間も経たないうちに190万円。200万円。


「……来た」


 200万円の大台を、あっさりと抜けていく。


 手順書の「1」に、チェックを入れる。


 取引所の注文画面を開いて、売り注文を置いていく。


 0.47BTCを、220万円。

 0.47BTCを、225万円。

 0.47BTCを、230万円。

 0.4817BTCを、235万円。


 確認ボタンを押す指が、少しだけ震えた。


 ビットコインキャッシュも、同じように売り注文を置く。こっちは、記憶がほとんどない。だから、今の価格の少し上で、さっさと売ることにした。


 全ての注文が画面に並んだのを確認して、ノートパソコンを閉じた。


 あとは、待つだけだ。


 ――眠れるわけがなかった。


◇


 12月8日、金曜日。


 一限目は、データベースの授業だった。


 教壇で講師が、テーブルの正規化について説明している。俺は教科書を開いたまま、机の下でスマホの画面を見ていた。


 1BTC=205万円。


 朝方に少し下がって、また上がり始めている。


「……湊、見た? 200万だってよ」


 隣の颯太が、小声で囁いてきた。目が血走っている。たぶん、颯太も一晩中チャートを見ていたんだろう。


「俺の資産、もう250万超えたわ。やべえ、マジでやべえ」


「颯太」


「ん?」


「今日、売れ」


 颯太が、きょとんとした顔をした。


「今日? なんで今日なんだよ。まだまだ上がるって、ネットでも――」


「今日だ。全部じゃなくてもいい。半分でいい。今日、売れ」


 俺の声が真剣すぎたのか、颯太は一瞬だけ黙った。


 でも、すぐに笑って、首を振った。


「無理無理。こんな上がってるのに売るとか、もったいねえって。俺は年明けまで持つよ」


 講師の視線がこちらに向いて、二人とも慌てて前を向いた。


◇


 二限目。


 スマホが、ポケットの中で短く震えた。


『注文が約定しました:BTC 0.47 価格 2,200,000円』


 ――一つ目。


 心臓が、どくんと跳ねた。


 机の下で、チャートを確認する。1BTC=221万円。まだ、上がっている。


 三限目が始まる前の休み時間。


『注文が約定しました:BTC 0.47 価格 2,250,000円』


 二つ目。


 昼休み。


 学食で、颯太と結衣と三人でラーメンをすすっていた。颯太は、ずっとスマホを見て、一人でにやけている。


「見ろよ、230万目前! これ、今日中に300万行くんじゃね?」


「颯太くん、ラーメン伸びるよ」


 結衣が呆れたように言う。


 俺は、箸を持ったまま、ポケットの振動を待っていた。


 ――ぶるっ。


『注文が約定しました:BTC 0.47 価格 2,300,000円』


 三つ目。


 思わず、目を閉じた。


 あと一つ。235万円の注文だけ。


 記憶にある最高値は、233万円。だとしたら、235万円には、届かないかもしれない。


 どうする。


 ――手順書の「3」。天井を狙わない。8割取れれば十分。


 わかっている。わかっているのに、指が動かない。


 もし、この世界では240万円まで行ったら。250万円まで行ったら。


 前の人生の颯太の声が、頭の奥で響いた。


『見ろよ湊、ビットコイン233万!』


 あの笑顔が、一か月後にどうなったか。


「……湊? どうしたの、怖い顔して」


 結衣が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「いや……なんでもない」


 俺はスマホをテーブルの下に下ろして、最後の注文を取り消した。


 そして、今の価格で、残りの0.4817BTCに、成行の売り注文を出した。


 ――確認。


『注文が約定しました:BTC 0.4817 価格 2,286,000円』


 四つ目。


 全部、終わった。


◇


 午後の授業の内容は、何一つ頭に入ってこなかった。


 放課後、一人で駅に向かう途中、もう一度だけチャートを開いた。


 1BTC=218万円。


 昼過ぎに天井をつけてから、じわじわと下がり始めていた。


 記憶どおりだった。


 ――いや、記憶よりも、少しだけ早く下がり始めている気がした。


 ほんのわずかな違い。気のせいかもしれない。


 でも、今朝、売り注文を置きながら、ずっと頭の隅にあった不安が、また顔を出した。


 この世界に、俺と同じように「12月8日」を知っている人間がいたとしたら。


 その人間が、俺と同じ日に、大量に売っていたとしたら。


 天井は、少しだけ低く、少しだけ早くなるのかもしれない。


『俺は、年末までかな』


 9月に聞いた、黒崎の声が、耳の奥で蘇った。


◇


 駅のホームで、颯太にLINEを送った。


『今日、少しでも売ったか?』


 既読は、すぐについた。


『売るわけねーじゃん(笑) まだ上がるって! 来年は億り人よ!』


 スマホを握る手に、力が入った。


 電車が、ホームに入ってくる。


 冬の夕焼けが、窓ガラスを赤く染めていた。


 俺は、勝った。


 前の人生で一度も手にしたことのない額を、今日、手に入れた。


 なのに、胸の奥にあったのは、喜びよりも、もっと冷たくて重い何かだった。


お読みいただき、ありがとうございます!

次回は明日21時に更新します。


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