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ロールバック・ライフ ~ブラックSE(30)、10年前の専門学生に戻ったので未来知識で全部やり直す~  作者: 深夜三時
第1章 再起動

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第15話 100万円の夜

 11月の終わり。日曜日の夜。


 家族三人で、こたつを囲んで鍋をつついていた。


 テレビでは、夜のニュース番組が流れている。


『――仮想通貨ビットコインの価格が、今日、初めて1BTC=100万円を突破しました。年初からの上昇率は、およそ9倍に――』


 箸が、止まった。


 画面には、真っ赤な数字と、右肩上がりのチャート。取引所の前でインタビューに答える、興奮した様子の若い男性。


『いやー、すごいっすね! まだまだ上がると思います!』


「……100万円」


 思わず、声が漏れた。


 知っていた。いつかこの日が来ることは。


 でも、実際にニュースで見ると、手のひらにじわりと汗がにじんだ。


 俺の1.89BTCは、今、約190万円。


 4月に、28万円で買ったものが。


「ビットコインって、最近よく聞くわねえ」


 母さんが、白菜を取り分けながら言った。


「お母さんのパート先でも、若い子が話してたわ。なんか、すごく儲かるんでしょう?」


「……まあ、儲かる人もいるね」


「お兄ちゃん、買ってるよね」


 ――え。


 葵が、豆腐をつつきながら、さらっと言った。


「この前、お兄ちゃんの部屋の前通ったとき、画面に出てたもん。ビットコインって」


 母さんの箸が、止まった。


◇


「……湊。本当なの?」


 母さんの声が、少し低くなった。


 葵が「あ、まずかった?」という顔で、俺と母さんを交互に見る。


 ――ごまかすか?


 一瞬、そう考えた。でも、すぐに首を振った。


 母さんに、嘘をつきたくなかった。前の人生で、母さんは俺に病気のことを隠した。俺は、母さんがどんな生活をしているのか、知ろうともしなかった。


 隠し事は、もうたくさんだ。


「……本当だよ。4月に、少しだけ買った」


「少しって、いくら」


「28万」


「にじゅう……!」


 母さんが、絶句した。


「あんた、それ、全財産じゃないの!」


「うん」


「なんでそんな危ないことするの! テレビでも言ってるじゃない、暴落したらどうするのって!」


 母さんの声が、こたつの上で揺れる鍋の湯気を震わせた。


 葵が、縮こまって小さくなっている。


「……まさか、あんた」


 母さんの顔が、ふっと青ざめた。


「この前、学費のこと見たから。それで、こんなことしてるんじゃないでしょうね」


 ――図星だった。


 何も言えなかった。


 その沈黙が、答えになってしまった。


「……バカね」


 母さんの声が、少し震えていた。


「あんたが、そんなこと心配しなくていいって言ったでしょ。お母さんがなんとかするから。あんたは、勉強してくれればいいの」


「なんとかって、どうやって」


 思わず、言葉が強くなった。


「夜のバイト、増やすのか? 健診も受けないで? それで母さんが倒れたら、どうするんだよ」


 母さんが、言葉を失った。


 しまった、と思った。


 でも、止まらなかった。


「俺は、もう嫌なんだ。母さんが一人で無理して、それに俺が気づかないのは」


 ――前の人生みたいに。


 その言葉だけは、喉の奥に飲み込んだ。


◇


 長い沈黙のあと。


 母さんは、ゆっくりと箸を置いた。


「……それで、そのビットコインは、今いくらなの」


「190万くらい」


「ひゃく……」


 母さんが、また絶句した。葵が「すご……」と小さく呟いた。


「でも、これは、まだ俺のお金じゃない。売るまでは、ただの数字だ」


 俺は、真っ直ぐに母さんを見た。


「12月に、全部売る。それで、この話は終わりにする。もう二度と、こういう博打みたいなことはしない。約束する」


「……12月に、って。なんで12月なの」


「そこが一番高いと思うから」


「そんなの、わかるわけないでしょう」


「わかるんだ」


 母さんは、じっと俺の目を見た。


 俺も、目を逸らさなかった。


 やがて、母さんは、深く、深くため息をついた。


「……あんた、本当に変わったわね。春くらいから」


 結衣にも、同じことを言われた。


「なんだか、急に大人になったみたい。あんたのお父さんより、よっぽど大人に見えるわ」


 母さんは、少しだけ寂しそうに笑った。


「わかった。12月で、終わりにしなさい。それと――」


 母さんは、もう一度箸を手に取った。


「そのお金で、お母さんのことなんか考えなくていいからね。自分のために使いなさい」


 ――そう言うと、思った。


 だから、俺は答えなかった。


 代わりに、鍋の中のつみれを、母さんの器にそっと入れた。


◇


 その夜。


 部屋のノートパソコンで、新しいファイルを作った。


 ファイル名は、『売却手順書』。


 前の人生で、何百枚と書いてきた障害対応の手順書と、同じ形式だ。


 【目的】

 ・BTC 1.8917枚、BCH 1.8917枚を、12月8日前後の高値で売却する


 【前提】

 ・記憶にある最高値:約233万円(12月8日)

 ・ただし、記憶が正しい保証はない

 ・この世界には、俺と同じように「未来を知っている」可能性のある人物がいる(黒崎)


 【手順】

 1.200万円を超えたら、売り注文を分けて置き始める

 2.220万、225万、230万、235万に、4分割で指値

 3.天井を狙わない。8割取れれば十分

 4.もし12月8日より前に急落したら(150万円割れ)、残りを即座に全て売る


 【禁止事項】

 ・欲を出して「もっと上がるかも」と待たない

 ・売った後、相場を見て後悔しない


 最後の項目を書いて、少し笑ってしまった。


 禁止事項の二つ目。前の人生の颯太に、一番言ってやりたかった言葉だ。


 画面を閉じて、ベッドに横になる。


 天井の小さなへこみを見上げながら、俺は数を数えた。


 12月8日まで、あと12日。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回は明日21時に更新します。


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