第13話 本選
11月の第二土曜日。
市の産業振興センターの多目的ホールには、パイプ椅子が百脚ほど並んでいた。
前方のステージには、大きなスクリーン。その横に、審査員席。地元のIT企業の社長、商工会議所の人、市の職員、大学の先生。五人が、手元の資料をめくっている。
『学生アプリコンテスト2017 本選』
俺たちの出番は、10チーム中の7番目だった。
「……やべえ、手汗止まんねえ」
控室で、颯太がタブレットを握りしめながら、何度もズボンで手を拭いている。
「颯太、デモの手順、もう一回確認しとこう」
「お、おう」
結衣は、プレゼン資料を印刷した紙を胸に抱いて、ずっと小さく深呼吸を繰り返していた。
俺は、二人の様子を見ながら、自分の心臓の音を聞いていた。
――前の人生で、何百回もやってきたことだ。
元請けの会議室で、仕様の説明。障害の報告。謝罪。
人前で話すのは、慣れている。
それなのに、今日は少しだけ、手が震えていた。
怒られるための説明じゃない。自分たちが作ったものを、胸を張って見せるための説明。そういう場に立つのは、たぶん、生まれて初めてだった。
◇
前のチームの発表が、次々に進んでいく。
観光地を案内するARアプリ。スマホをかざすと、昔の町並みが画面に浮かび上がる。会場から「おおー」と声が上がった。
地域のゴミ出し日を通知するアプリ。シンプルだが、実用的だ。
どのチームも、よくできていた。
そして、俺たちの番が来た。
◇
「――商店街の小さな飲食店が、電話を取らずに、注文を受けられる仕組み。それが、私たちの『まちオーダー』です」
スクリーンに、結衣がデザインしたタイトル画面が映る。
俺は、まるやで聞いた話から始めた。昼前に集中する電話。聞き間違い。取りこぼし。
「パソコンは要りません。タブレット一台で、注文が届き、ボタン一つで受け付けられます。実際に、商店街の定食屋さんで、二週間の試験運用をしていただきました」
スクリーンに、試験運用の数字を映す。
アプリ経由の注文、二週間で67件。聞き間違いによるミス、ゼロ。
審査員席で、何人かがペンを動かした。
「では、実際に動かしてみます」
颯太が、ステージ中央のテーブルでタブレットを構える。
客側のスマホで注文を送信する。
――通知音が、鳴らない。
会場が、しんと静まり返った。
颯太の顔から、血の気が引いていく。画面を何度もタップしているが、反応がない。
「……ネットが、つながってない」
颯太の小さな声が、マイクに拾われた。
会場のWi-Fiだ。百人以上の参加者が一斉にスマホを使っているせいで、回線がパンクしている。
前の人生で、何度も見た光景だった。本番に限って、一番想定していないところが壊れる。
「颯太。俺のスマホ、テザリングに切り替える。そっちで拾ってくれ」
マイクから少し口を離して、低い声で言う。
颯太がはっと顔を上げて、頷いた。
十秒。二十秒。
会場のざわめきが、少しずつ大きくなる。
「――お待たせしました。会場の回線が混み合っていたようなので、携帯の回線に切り替えました」
できるだけ落ち着いた声で、俺は言った。
「ちなみに、実際のお店でも、回線が切れることはあります。そのため、このアプリは回線が戻った時点で、未送信の注文を自動で送り直す設計にしています。……今、まさにそれが起きるはずです」
――ピンポーン。
会場に、明るい通知音が響いた。
『受け付けました』
一拍置いて、会場から、拍手が起きた。
颯太が、ステージの上で、大きく息を吐いていた。
◇
質疑応答。
審査員席の真ん中に座っていた男性が、手を挙げた。
40代くらい。仕立てのいいジャケットに、短く整えた髪。資料によると、地元のIT企業『柏木システムズ』の社長、柏木という人だった。
「面白い仕組みだと思います。ただ、一つ聞かせてください。この先、大手の会社が同じようなサービスを始めたら、どうしますか?」
鋭い質問だった。
会場の空気が、少しだけ張り詰める。
「大手のサービスは、お店から注文ごとに手数料を取る形になると思います。売上の何割か、という形で」
俺は、柏木社長の目を真っ直ぐに見た。
「でも、商店街の小さなお店にとって、その手数料は重すぎます。私たちは、手数料を取らず、お店が自分たちの注文ページを持てる形を目指しています。大手のサービスと競うのではなく、大手に頼らなくても、お店が自分で立っていられるための道具です」
「……なるほど。ただ、それだと、あなたたちはどうやって稼ぐんです?」
「月額の、ごく小さな利用料です。電話代くらいの」
柏木社長は、しばらく黙って俺を見ていた。
「最後にもう一つ。こういう仕組みが、本当に必要になるのは、いつだと思いますか」
――来た。
喉まで出かかった言葉を、飲み込む。
2020年の春です、とは言えない。
「……お店に、お客さんが来られなくなったときです」
会場が、少しざわついた。
「天気でも、災害でも、何でもいい。人が外に出られなくなったとき、お店とお客さんをつなぐ道がなければ、小さなお店から潰れていきます。そのときに慌てて作るんじゃ、遅いと思うんです」
柏木社長は、ふっと口元を緩めた。
「……ありがとうございました」
◇
結果発表。
最優秀賞は、ARの観光案内アプリだった。会場の反応を見れば、それも当然だと思った。
そして――
「優秀賞。チーム『まちオーダー』」
名前を呼ばれた瞬間、結衣が俺の腕を掴んだ。颯太が、両手を突き上げた。
ステージで賞状を受け取りながら、俺は、審査員席の柏木社長と目が合った。
社長は、小さく頷いた。
◇
表彰式のあと、ホールの出口で、柏木社長に呼び止められた。
「相沢くん、だったね。回線のトラブル、見事だった」
「ありがとうございます」
「あれは、学生の対応じゃない。何度も現場で修羅場をくぐった人間の動き方だ」
佐伯先生と、同じことを言われた。
柏木社長は、名刺を差し出した。
「卒業したら、うちに来ないか――と言いたいところだけど」
社長は、少し考えてから、笑った。
「君は、たぶん、自分で会社を作るタイプだな。もしその時が来たら、一度相談に来なさい。力になれることがあるかもしれない」
名刺を受け取る手が、少し震えた。
前の人生で、俺に名刺を差し出す人間は、みんな「仕事を押し付ける側」の人間だった。
「力になる」と言われたのは、初めてだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日21時に更新します。
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