第十二話 ラストシーンを見つける
ラストシーンは、机の上では見つからなかった。
昼休みも、放課後も、四人は脚本の最後のページを囲んで考えた。
ありがとう。
聞こえてよかった。
また歌ってほしい。
君の歌が好きだ。
どの言葉も、間違いではなかった。
でも、どれも最後の言葉にはならなかった。
小津仁晃は何度も書いては消し、北野ライカは撮影済みの映像を見返し、市川カノンは少女の気持ちを自分の中で探していた。
黒澤瞬だけが、焦っていた。
「今日、もう一回屋上を見たい」
放課後、瞬は言った。
仁晃が顔を上げる。
「撮影?」
「違う。見るだけ」
「佐伯先生に聞いてみよう」
職員室に行くと、佐伯先生は少しだけ考えたあと、鍵を持って立ち上がった。
「十分だけな。撮影はなし」
「ありがとうございます」
「青春は時間制限つきだ」
「急にいいこと言いますね」
「国語教師だからな」
屋上に出ると、風が強かった。
夕方の空は薄く赤く、フェンスの向こうで校庭の部活の声が遠く響いている。けれど屋上だけは、どこか世界から一段外れた場所みたいに静かだった。
四人は何も言わずに歩いた。
カノンが、いつも歌う位置に立つ。
ライカが、カメラを構えるふりをする。
仁晃が、脚本の最後のページを開く。
瞬は、青年が立つはずの場所に立った。
距離は、三メートルほど。
近すぎず、遠すぎない。
声をかけようと思えば、かけられる距離。
でも、踏み込むには少し勇気がいる距離。
「ここで、少女は歌い終える」
仁晃が言った。
「青年は、何かを言う」
瞬はカノンを見た。
カノンはフェンスの向こうを見ている。
風で髪が揺れていた。
「カノン」
「はい」
「少女って、最後にどうなりたいんだろう」
カノンは少し考えた。
「たぶん、特別になりたいわけじゃないと思います」
「特別じゃない?」
「はい。歌手になりたいとか、誰かに認められたいとか、そういうことより……自分がここで歌っていたことを、なかったことにされたくないんだと思います」
瞬は黙った。
「誰にも聞かれていないと思っていた時間が、実は誰かに届いていた。それが怖くて、でも嬉しかった。だから最後は、聞いていた人に、ちゃんと聞いていたと言ってほしいんじゃないかなって」
聞いていた。
その言葉が、瞬の中に残った。
仁晃がペンを止める。
ライカも、カノンを見ていた。
瞬はゆっくり息を吸った。
「……俺たちの映画も、そうなのかも」
「え?」
カノンが振り向く。
「何かすごいものを作りたいって思ってた。青春の一ページとか、何かを残したいとか。でも、たぶん本当は」
瞬は屋上を見渡した。
ライカが何度も構えた場所。
仁晃が脚本を書き直した場所。
カノンが歌った場所。
自分が、何度も言葉を失った場所。
「俺たちは、ちゃんとここにいたって言いたいんだと思う」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かが落ちた。
ぴたりと、はまった。
派手ではない。
かっこよくもない。
でも、逃げていない言葉だった。
仁晃が小さくつぶやく。
「ここにいた」
カノンが、脚本の空白を見た。
「青年の台詞……」
ライカが言った。
「撮れると思う」
瞬はカノンの前に立った。
まだカメラは回っていない。
撮影でもない。
ただ、ラストシーンを探すための、短い時間だった。
瞬は青年として、カノンを見る。
少女は歌い終えた。
風が吹く。
青年は、もう見ているだけではいられない。
瞬は口を開いた。
「君がここで歌ってたこと、俺は忘れない」
誰も動かなかった。
風の音だけがした。
カノンの目が、少し揺れた。
仁晃が脚本に急いで書き込む。
「それだ」
声は静かだった。
でも、確信があった。
瞬は自分でも驚いていた。
言葉は、考えて出したというより、やっと出てきたという感じだった。
カノンが小さく言った。
「少女の返事は……たぶん」
彼女は少しだけ笑った。
「じゃあ、忘れないでください」
仁晃のペンが止まった。
瞬は息をのんだ。
ライカがカメラを持っていないことを、初めて悔しそうな顔で見た。
「今の、撮りたかった」
佐伯先生が屋上の扉の近くで腕時計を見ていた。
「時間だぞ」
「先生」
瞬は振り向いた。
「ラスト、決まりました」
佐伯先生は少し笑った。
「そうか。じゃあ次は、許可を取って撮れ」
屋上を出る前に、仁晃は脚本の最後のページを四人に見せた。
```
青年「君がここで歌ってたこと、俺は忘れない」
少女「じゃあ、忘れないでください」
```
空白は、もうなかった。
翌日、正式にラストシーンの撮影日が決まった。
天気予報は晴れ。
夕方の撮影。
屋上使用許可は三十分。
撮り直しは、きっと何度もできない。
でも、瞬はもう焦っていなかった。
ラストシーンは、見つけた。
あとは、それを撮るだけだった。




