97. 異端の翼は正体を明かす 2
「…………異端の……翼」
おもむろに彼女が口にしたのは、ドラグシアにおいて絶対を意味する称号のひとつ。
「ご主人さま――いえ、ドーレン・オズガルドはあなたをそう呼んでいました。異端の翼とは一体何でしょうか?」
ドーレン・オズガルド、それがあの男の名前か。
「その前に、テルラは俺の事をどこまで聞いているのか教えて欲しい」
屋上で俺を見下ろしてきたあの男は、はっきり「異端の翼」と口にしていた。
また臨海学校で戦った外套の女――シトリもあの場にいた。
あいつは俺の魔法を直接見ているうえ、その本質に気付いている節さえあった。
よって素性はだいぶ漏れていると見ていい。
だと言うのに、テルラの返答はかなり簡素な物だった。
「ドラグシアの兵士。わたしに与えられた情報はそれだけです」
「えらい少ないな」
「いつも同じような物です。わたしは奴隷ですから」
たしかに彼女の言う通り、余計な情報は必要ないか。
どうやらちゃんと説明する必要がありそうだ。
「早い話、俺はドラグシアで『異端の翼』という称号を与えられていたんだ。『翼』っていうのはもちろんアレだ」
俺が「分かるだろ?」と付け足すと、彼女は遅れてうなずいた。
「『翼』というのは、各魔法書の頂点に立つ人間であると聞いていますが……」
「そうだな。大方その認識で間違っていない」
「つまりご主人さまは、異端書の頂点に立つ人間、ということでしょうか?」
首を縦に振って返す。
「まぁ俺の場合は……っと、ちょうど来たみたいだな」
不意に頭の中で声が響いたため、テルラに断りを入れて立ち上がる。
そのまま窓際に移動して手を掛けると、鍵を開けて全開にした。
「"よし、もういいぞ"」
そう口にして後退する。
「あの、ご主人さま?」
「実はもう一人呼んでるんだ。後で話を擦り合わせるのも面倒だからな」
「擦り合わせる……ですか?」
「あぁ」
なんてやり取りをしていると、窓からスッと人影が滑り込んで来た。
事前にテルラが居ることを伝えたおかげか、今日は出会って早々抱き着いて来るなんてことは無かった。
「お待たせして申し訳御座いません。少々授業が長引いてしまいまして」
「気にするな、突然呼んだのは俺の方だ」
うやうやしく頭をさげるアリシャに返し、顔を上げさせる。
「呼ばれたのはアリシャさま、ですか?」
「覚えていないか? 俺とアリシャは昔からの友達だって」
「という事は、勤務先はつまり……」
「ドラグシアの軍、まぁ竜翼魔術士団だな」
するとテルラは驚いたようにアリシャを見て、俺を見てはまたアリシャを見て。
そんな風に何度も首を動かしていた。
「お二人は同僚であったと……」
「厳密に言えば、わたくしはレイシス様の部下になりますわね」
「なるほど。だから慕っておられたのですね」
「いえ、それには別の深い理由が――」
「よーし始めるぞー」
「あ、あの。わたくしの話はまだ……」
「よーし! 始めるぞー!」
「はい……ですわ……」
落ち込んだ表情に合わせて伏せられる耳。
なぜか罪悪感が湧いてくるが、だからと言って喋らせる訳にはいかない。
今日は話すべき事が山ほどあるからな。アリシャの話だけで終わったらたまった物じゃない。
なんて考えながら内心冷や汗をかいていると。
「一つ、最初にお聞きしたい事があるのですが」
テルラの顔はアリシャに向いていた。
「アリシャさまはご主人さまと同じクラスでは?」
「そうですわね」
続いてテルラが見つめる先は俺。
「ん?」
「ご主人さまは大分前に帰ってきたと記憶しておりますが」
「当然だ。いつもホームルームはスキップしている」
授業とは違い、成績にはまったく関係ないからな。出るだけ時間の無駄だ。
「胸を張って言われましても……」
「心配は要らない。もし重要な話があれば、フレイヤが毎回教えてくれている」
「ですからそんな自信満々に……いえ、もう大丈夫です。失礼いたしました」
なにやら言いたげな表情だが、そろそろ真面目な話に移ろう。
「という訳でさっきの続きだ」
「ご主人さまの『翼』について、でしたよね。よろしくお願いします」
「レイシス様――!?」
「大丈夫だ。テルラはすでに『異端の翼』という単語を耳にしてしまっている。だからちゃんと話しておいた方が、今後のためにもなると判断した」
俺は目を見開いたアリシャを手で制して続ける。
それに彼女が心配するような話はさすがにしない。
「異端の翼は文字通り、異端書の頂点に立つ人間に与えられる称号だ。といっても、ドラグシアの歴史上俺しかいないみたいだが」
「つまりご主人さまが初代であると」
「まぁそうなるな」
少なくとも陛下の話では、俺が最初で最後の『異端の翼』だそうだ。
「しかし七人目の『翼』がいたとは、さすがに信じ難いお話です」
「そこは仕方ないな。軍でも知っているのはごく一部だ」
異端書を取り扱う関係上、大っぴらに公言なんて出来るわけない。
そもそも俺の戸籍自体が嘘まみれのデタラメだらけだし。
「つまりご主人さまは回帰の書の腕を認められ、翼の称号を与えられたのですね。まさかそこまで偉大な方だとは思いもしませんでした」
「あーいや、ちょっと違う。回帰の書も、だ」
「……はい?」
「俺を『翼』に押し上げた魔法は異端書全部になる」
そう訂正すると、テルラはひとしきり考える素振りを見せ……。
「はい?」
まったく同じ表情と言葉で繰り返してきた。
「だから全部だ。破戒、回帰、死絶に穢魂」
「はい――!?」
おお……テルラもこんな表情になるのか……。
いつも感情を顔に出さないせいか、こうしてみると結構新鮮だな。
「アリシャさま!」
「嘘ではありませんわよ。レイシスさまは全ての異端書を保有しておられます」
「ちょ、ちょっと待って下さい! ご主人さまは他にも5つの魔法書を使えるはずでは!? ――ってあれ!? 測定では異端書は出ないんですか!?」
なんかもうメチャクチャ過ぎて苦笑してしまった。
考えた事がそのまま口から出ていそうだ。
「実は入学試験の奴は誤魔化していてな、本当はすべての魔法書を持っているんだ」
「――――!?」
なんて教えた瞬間、彼女が突然フラフラ揺れ始める。
「テルラ?」
「あ……う……あ……」
心配になり声を掛けた時にはもう遅かった。
彼女は顔を真っ赤にすると、変な声を上げながらアリシャの胸元に倒れ込んでいた。
「凄い熱、ですわね」
「そ、そうか……」
まさかこんなことになるとは。
もう少しゆっくり、一つずつ説明するべきだったかもしれない……。




