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91. 異端の翼は解決する

「終わったらすぐに引き揚げろ。これ以上の余計なロスは許容できない」

「はい……」


 そう命令した男が掻き消える。

 この場に残されたのは俺たち二人だけ。


「ごめんなさい……。ごめん……なさい…………」


 うわ言のようにこぼは涙声だ。


「こんなこと、俺が言うのも変だと思うが」


 振り返り、の顔を見上げる。

 あれでは可愛い顔が台無しだ。


「なぁテルラ。そんなクシャクシャな顔で人を殺す奴、俺は見た事無いぞ」

「だって……! やっぱり……!」


 彼女は紫色の髪を震わしながら叫び、短剣から手を離そうとする。


「あぁ……! だめ……! やめて――!」


 彼女の胸元に浮かんだ魔法陣。

 なるほど、そういうことだったのか。


「死、絶……の書――ッ!」


 奴隷刻印。

 それも魔族が作り出した、かなり古いタイプの厄介な奴だ。


「なん……で! い……や…………!」


 テルラがいくら拒んでも、どれだけ抗っても。


 無理やり紡ぎ出される詠唱が止まることは無い。


 やがて――。


「《"エン……ハンス……!」


 大丈夫だ。

 お前がそんなに苦しむ必要はない。


 奴隷刻印に逆らうなんて、死ぬほど辛いに決まっている。


「テルラ、無理しなくていい」


 彼女の頭に手を置く。


 なぜそうしたかは分からない。

 出来るだけ安心させたかったのか、あるいはただ何となくだったのか。


「……ギル…………"》――っ!」


 小さな傷を起点に、大きな傷を生み出す魔法。

 今だと胸の刺し傷か。


「う、あ……」


 傷がどんどん広がっていく。


 この魔法を食らうのも軍に裏切られた日以来か。

 もし神なんて奴がいるとしたら、そいつは相当性格が悪いらしい。


「い、や――! 殺したくない……! 死にたくない――!」

「安心しろ。生憎あいにく、今日は死ぬ予定が無くてな」


 またアリシャに文句を言われるのはごめんだ。


「――ディスマジック」


 そう口にして死絶の魔法を取り除く。


 とっくに魔力は取り戻している。

 奴らが仲間割れを始めたとき、回帰の書をこっそり使っておいた。


「…………あ……れ? どういうこと……ですか?」

「今の魔法って死絶の書だろ? この前知った」

「そんなわけ――!」


 さすがに今日は、黒の書の時みたいには行かないか。


「でも傷が……。もう血が……」

「あぁ、これか」


 たしかに出血多量だな。

 失血死一歩手前だが、自分の限界はちゃんと把握している。


「そうだな。ここから先はナイショにして欲しい」


 人差し指を唇の前に立て、ポーズを作る。

 できるだけ場を和ませようと思ったのだが――。


「どうしてご主人さまはいつもいつも! 怖くないんですか!? 痛くないんですかっ!?」


 逆効果だったらしい。


「そりゃまぁ……いや、見せた方が早いな」


 俺は刺さっている短剣を引き抜き、放り投げて《"自己回帰セルフェーション"》を使う。


「ほらな?」

「回帰の書……」


 そういえば敵は『騎士団の動きが早い』なんて言ってたな。

 俺たちも早々に引き揚げるべきだ。


「とりあえず一旦帰ろう。話なんて後でゆっくりいくらでも出来る」


 立ち上がり、彼女の手を引こうとする。


 だが強く振り払われてしまった。


「ご主人さまは急いでお帰り下さい」

「テルラはどうするんだ?」

「私は……」


 とても長い間。


 うつむいてるせいで彼女の表情は分からないが、大方予想はつく。


「私はここで……死にます……」


 言いながら彼女は歩き出し、落ちていた短剣を拾い上げた。


「もうここには俺たち以外いない。どうしてそこまで意地を張るんだ?」

「このまま生きていれば、ご主人さまを殺せと、また命じられてしまいます。でも今なら……」


「今なら死ねると?」

「はい……。もう疲れたんです……」


 そんなに震えて何を言ってるんだか。


「もう一度言うが、無理なんてしなくていい。なんでそんなに死にたがる」

「ご主人さまは知らないでしょうが、私は生まれた時から奴隷です。奴隷には自由がありません」


 知ってるさ。


「じゃあ聞くが、どうやってその短剣を使うんだ? 出来ないだろ?」

「それは……」


 奴隷刻印を植えられた者に自由はない。

 もちろん命令次第だが、自決なんて許されてるとは思えない。


「ほれみろ」

「ならご主人さまが私を殺してください!」


「断る。なんで俺がそんな面倒な事をしなくちゃいけない」

「私はあなたを殺そうとしたんですよ!? 報復して当然なんですよ!?」


「殺そうとした? 一体いつの話だ?」

「馬鹿にしないでください!」


 もう見ていられない。

 そう思った時には、勝手に体が動いていた。


「ご主人…………さ……ま……?」


 テルラを抱き寄せ、頭を撫でる。


「お前はいつだって俺の身を案じてただろ」

「それは……。でも先ほど私は!」


「本当に殺す気があったなら、あんなひどい顔にならんと思うが」

「――っ!」


 俺はさらに力を込める。

 でないと彼女が消えてしまうような気がした。


「殺すにしても、死ぬにしても。躊躇ちゅうちょするようなら辞めておけ」


 もちろん「殺せ」という命令に逆らえなかったのは知っている。

 でもそう言わずにはいられなかった。


「疲れたんだろ?」

「もう……いや……」


 気付けばテルラはまた泣いていた。


「長くなるかもしれない人生なんだ。たまにはサボっちまえよ」


 彼女の嗚咽は止まらない。


「俺は翼だ。刻印だろうが何だろうが、いくらでも解決してやる」


 しばらくの間、泣きじゃくるテルラを抱きしめ続けた。


 彼女がこの先も歩けるよう、羽ばたけるように。



後日談といいますか、エピローグ的な物は数日後に追加予定ですが、以上で三章は終わりとなります。ここまでお読みいただき本当に有難うございました。やっとここまで来れました。


感想やブクマ・評価によるポイントの応援、とても励みになっていました。感謝してもしきれません。

今後も頑張って続きを書いて行きますので、お付き合い頂ければ幸いです。




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