90. 異端の翼はまた出会う
「さてと……」
男を消し飛ばし、魔力の残り香を確認した俺は視線を落とす。
その先に落ちているのはあの魔導具。
狙撃に使われた魔導具だ。
改めて見ても、本当にフィリアの物によく似ている。
参考に作られたのは明白だろう。
俺は歩いて近づき魔導具を手に取る。
そのまま本体下部に刺さっている箱を引き抜き、中身を全部取り出した。
「封緘魔莢は……」
……一種類だけか。
こっちも俺たちが作った物じゃない。品質が微妙だ。
というかこれ、最悪撃ち出す途中で引っかかって、暴発でもするんじゃないだろうか。
「劣化コピーセットでも渡されたのか?」
なんて口にしてみたものの、どう考えてもそれはない。
どっちも軍の機密技術だぞ。
一世代前の光学迷彩といい、この劣化コピーといい。
どうやら軍内部に原因がありそうだな。
「悩みの種がまた増えた……」
ため息をつき、肩の力を抜く。
――そのせいで、背後の気配に気付くのが遅れた。
「ッ!」
人ひとり分の膨大な魔力。
それは瞬間移動の予兆。
奴を殺しきれなかったのだろうか。
そんな言葉が頭をよぎった頃には、俺の胸から刀身が顔を覗かせていた。
左胸部、心臓の位置。
文句なしの致命傷だ。
「しくじったな……」
手足が上手く動かせない。
おそらく即効性の高い薬物の類だろう。
立っている事すらままならず、俺はそのまま後ろに倒れ込む。
だが地面に落下することはなく、なぜかそっと体を支えられた。
「……?」
襲撃者を確認したい。
だから後ろを振り向こうとした。
でもそれは叶わなかった。
どうしてかって?
それは俺が、目の前に突如現れた女に目を奪われてしまったからだ。
「あはっ。やっと見つけたー」
明るいオレンジのロングヘア。
そしてこの声。
「まさか、な……」
あの状況で生きていたのか。
「お久しぶりです。元気にしてました?」
嬉しそうにニコっと笑い、無邪気に首を傾けた彼女。
「あれからずっとずーっと! あなたに会いたくて仕方なかったんです!」
破戒の書。ダアトの葉。外套の女……。
あらゆる記憶が蘇える。
「わたしの初恋を奪ったんですから、ちゃんと責任取ってくれないと困るんです」
彼女は俺に近づき頬に手を添えると、ゆっくり撫で始めた。
端的に言って不愉快だ。
「失せろ」
「やだ」
手足の感覚は徐々に戻ってきている。
身動きが取れるようになるまで、もう少し時間が必要だ。
「わたしならあなたを理解できる。分かってあげられる。わたしだけが、あなたを受け入れることができる」
俺は女を尻目に打開する算段を立てていく。
敵は二人、手の内も断片的にしか分かっていない。
状況は悪い。
こうなると回帰の書で、魔力を抑える前の状態にまで戻すしか方法はなさそうだ。
出来れば使いたくなかったが仕方ない。
「あ、そうだ! わたし達が子どもなんて作ったら凄そうじゃないですか!? それはもうステキな――――」
不意に女が不機嫌になる。
「――はぁ最悪。テンション下がった」
目の前に現れた魔力の塊。そして壮年の男。
この非常時に三人目まで来るとは、今日はとことんツイてないな。
本当にマズい。
「シトリ、引き上げるぞ」
「うるさい。邪魔しないで」
「予定よりも騎士団の動きが早い。計画は失敗だ」
「うるさい!」
外套の女――シトリは発狂しながら赤い球体を生み出した。
破戒の書の第二部、か。
前に戦った時は無詠唱なんて使っていなかった。
まさかこの短期間で習得したのか?
「シトリ」
「うるさいって言ってる!」
浮いていただけの球体が突然動きだす。
だが男に当たる寸前、魔法は跡形もなく消滅した。
俺のものとは違う。
これは彼女が森で使っていた奴の応用か。
「時間がない。異端の翼は諦めろ」
「諦めろ? ここまで来て? ――ふざけないで!」
「これ以上抵抗するなら実力行使も辞さない」
「わたしに命令するな!」
「そうか」
瞬間、彼女の姿が消えた。
殺された……わけじゃなさそうだな。
魔力の動きから見て、あれは強制的に飛ばされたな。
声も全く聞こえてこない。
あの魔法で飛べる距離の制限、個人差でもあるのだろうか。
「さて……」
男が俺に視線を向ける。
あと少しだ。
あと数秒で手足の自由が戻る。
だから――。
「死絶の使用を許可する。その男を始末しろ」
「はい……。ご主人さま……」
後ろから聞こえて来た声。
それは消え入るような、悲しみを含んだ声だった。




