~第6話~
楠木姉妹が座っている場所からそれほど遠くない位置に、ミキと千は座っている。
「どういうこと?」
千の疑問は、さきほどのハルとルークの会話のことだ。
ハルが魔法を使えないことや、氣の応用が出来ないことは、千にとっても驚愕の一言に尽きた。
「ん~……正直に言うと、私達のせいなのよね」
ミキは、ばつの悪い顔をしながら話を続ける。
「私達って、普通の人と根本的に身体の構造が違うから、そういうのは教えられなかったのよね」
「魔法も?」
「氣も魔法も、よ。空を飛ぶ鳥が地を駆ける獣に飛び方を教えるようなもの、って言えばわかりやすいかしら」
翼を持たない獣が飛ぶことなど、絶対に出来ない。
「でも、あの子は天才だから、私達を見て闘い方を覚えたのよね」
「じゃあ……あれは全部、自己流?」
「ええ」
「…………」
凄い、なんてものではない。まさしく、天才だ。
「でも、驚くのはまだ早いわよ」
「?」
「ハル君が私達の闘いから学んだことは、まだあるのよ」
闘技場に映し出されたハル達が動き出したのは、丁度その時だった。
*****
ルークの周囲を浮遊する球の一つから電撃が放たれる。
「っ!」
ハルがその場を跳び退いた直後、電撃は地面を削って消えた。
「まだまだ行くよ」
ルークが両手を動かすと、それに合わせて、全ての球が不規則に動く。
(おいおい……まさか、あれ全部!?)
と、思った瞬間に、全ての球から電撃が吐き出された。
「くっ、っと」
ハルはそれらを驚異的な反射神経で避けていくが、体力には限界があるので、長くは続けられない。
(このままじゃ、じり貧だ……だったら)
ハルは足に力を込め、少々強引に前に跳んだ。
「っ!」
その際、肩に電撃がかするが、気にせずに前に進む。
その先には、ルークが立っている。
「恐れずに突き進むその姿勢、見事だけど……若いね。[サンダーボール]」
「!? やっ、ば!」
ルークの周囲に、≪新たな球≫が数十個出現し、その全てが雷を吹いた。
(っ上!)
ハルは唯一の逃げ道、空中に跳び、電撃を避けた。
しかし、
「甘いよ」
「っ!」
空中には、ルークが待ち構えていた。
「今度は、避けさせない!」
素早く振り抜かれたルークの右拳がハルに直撃し、嫌な音が鳴った。
「ぐっ! がぁ!」
地面に急降下するハルは、そのまま受け身をとることも出来ずに巨木にぶつかった。
砂埃が辺りに舞う。
「…………」
スッと地面に着地したルーク。彼の右腕の二の腕辺りは、服が破れ肌が赤くなっていた。
(避けられないと悟って、カウンターで僕の右腕を攻撃したのか……威力を殺して、狙いを崩すために)
事実、威力は多少軽減され、胸を狙ったルークの拳は、左肩の付け根にヒットする形になった。
(タイミングが一瞬でも違えば、全く意味のないカウンターなのに、よくやるよ……けど)
クリーンヒットはしたので、ハルへのダメージはでかい。
数秒後、ハルが左肩を抑えて、ルークの前に現れた。その抑えている手の隙間からは、血が流れている。
「流石、ですね。一撃で致命傷ですよ」
脂汗をかいているハル。言葉通り、傷は深いのだろう。
「あれ以上、無様な姿を見せるわけにはいかないからね。……降参したらどうだい? 恐らく、君はここでリタイアしても、合格だよ」
ルークの言っていることは事実だ。ハルの実力と才能は完全に合格ラインを超えていた。
「……悪いですけど……俺も、このまま無様な格好を見せられない人が観てるので、とことんやりますよ」
しかし、ハルはほほ笑みながらその誘いを断った。そして、言葉とは裏腹に身体中の力を抜いてしまった。
「? 何の真似だい?」
ハルの行動を訝しむルーク。
今のハルは、あまりにもリラックスし過ぎていた。隙だらけなのだ。
「あなたの攻撃のお陰で、頭に登っていた血が抜けました……もう、あなたに勝ち目はありませんよ」
「へぇ」
自信に充ち溢れたハルの言葉。ハッタリなどではない。
「じゃあ、君の自信がどこから来るのか」
ルークは両手を動かして、何十もの球を一息に操作し、
「見せてもらおうか!」
その全てから一斉に電撃を放った。
「…………」
先程とは比較にならない威力と数の電撃。
周囲を覆い尽くすほどの電撃。
その全てを、ハルは避けた。
「……な」
一瞬の出来事に、ルークは自分の目を疑った。
(まぐれ……じゃ、ない!)
立て続けに攻撃を仕掛けるが、その全てがことごとく避けられてしまう。
時には、他の電撃を利用し、大胆に、かつ、確実に、ハルは避け続ける。その動きに、無駄は一切ない。
(これは……さっきの)
顎を蹴り上げられた攻撃を思い出す。
あの時も、当たった、思った攻撃が、避けられていた。
(……凄い)
ルークは、自分の攻撃が全て避けられているにも関わらず、ハルに魅入っていた。
*****
「素晴らしい……」
コロッセオにいる誰かが、呟く。
「…………」
千も、ハルの動きに目を奪われながら、その言葉に心から同意した。
「凄いでしょ?」
「うん」
ミキと千はハルから目を離さず、口を開いた。
「私も、ハル君の[桜舞]を見たのは久しぶりだけど……相変わらず、綺麗ね」
「桜舞?」
「そ。舞い散る桜は儚げだけど、掴みどころがない……あの動きを見た誰かが付けた名前よ」
「……これが、ハルが大家さん達を見て……」
「そう。ああなったハル君に攻撃を与えるのは、容易じゃないわよ」
竜族の闘いを見てハルが学んだことは、いかに相手の攻撃に当たらないか、である。
それは、一撃が必殺の威力を持っている竜族の力を間近で見ていたからこそ学んだことなのだろう。
「でも、あれにも弱点があるのよね」
「…………?」
千がミキの方を向いた直後、コロッセオがざわめいた。
*****
「……っと」
休むことなく放たれていた電撃の雨が、急に止んだ。
もちろん、ルークがそうしたのだ。
「打ち止め……ってわけじゃないですよね」
「ああ……このままじゃ、君の動きにいつまでも見惚れてしまうからね」
「それ、男の人に言われても、全然嬉しくないですよ」
「そうか。それは残念だね」
ルークはほほ笑み、両手を合わせた。すると、周囲を漂っていた球が、お互いを吸収し始めた。
「少々無粋だけど、弱い所を突かせてもらう」
やがて、今までのより何倍も大きな球が三つ出来あがった。
「その動き、線には強いが、面には弱いだろう」
「……さて、どうでしょうね」
不敵に笑うハル。
図星なのか、そうでないのか、いまいちわからない。
「まぁ、いいさ……行くよ。……[サンダーボルト]!」
ルークが手を前に突き出すのと同時に、三つの球から今までの何十倍も大きな雷が放たれた。
それは、それぞれが明らかに本物の雷より強力な電撃だ。放たれた瞬間の衝撃波だけで、周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばしている。
電撃の本体は地面を深く抉り、進行方向にある巨木を跡形もなく破壊しながらも、勢いが停滞する気配は全く無い。
人間の身体など、一瞬で塵にしてしまえる威力だ。
やがて、その三つの電撃は周囲に甚大な被害を及ぼし、ルークのいる場所から、おおよそ、数百m先を焼け野原にして、消えた。
(や……やりすぎた)
ルークは今さらになって思った。
(これ……ひょっとして、死んだ子いるかも)
冷や汗をダラダラと垂らす。
この試験を受けるにあたって、参加者には生命の保障を問わない、と誓約書に一応書かせているが、実際に死人が出たら大問題になる。
(……よ、よかった。一応、死んだ子はいない)
ホッと胸を撫で下ろすルーク。
これは、魔法を放ったルーク本人にはわかることだった。今までこの魔法で何人もの人を手にかけてきたからこそわかる、皮肉な特技だ。
五学園の教員はエリートが多いので、殆ど全員が、都市や≪世界機構≫からの依頼で、極悪犯罪人を相手にし、殺したこともある。
もちろん、率先してではなく、やむを得ずという場合が殆どだ。殺らなければ、殺られる。そんな世界に彼等は生きているのだ。
(それでも……人殺しには変わりない)
ルークは自嘲気味に笑い、目の前のことに集中した。
ちなみに、死人は出ていないものの、この魔法の影響で脱落した者は、百人近くいる。
(さて、天城君はどうなったかな)
砂煙も晴れ、視界が段々良好になっていく。
もちろん、この時もルークは警戒を解いていないから、ハルが簡単に攻撃を仕掛けてくるとは思っていない。
(けど、このままじゃ彼に勝ち目はない……この大魔法の後に何か仕掛けてくるはず……って)
「うわぁ」
思わず、声をあげるルーク。
[サンダーボルト]を放った後の、平地となってしまった森林を改めて見たからだ。
(本当に人を殺しかねないな、これは)
魔法の使いどころをちゃんと考えよう。そう堅く誓ったルークだった。
(……それにしても)
来ない。
ハルの攻撃が、全くこない。
(何でだ? まともに食らって動けないのか?)
ハル程度の者だったら、掠っただけで大怪我に繋がる。そんな魔法だから、十分にあり得る。
けれど、
(それにしては、気配が感じられない)
大怪我にしろ、気絶にしろ、ハルが何かしらの影響を受けていれば、呼吸の乱れは確実に感じられる。
(でも、そんなのは感じられない。って事は、気配を完全に消せるほどの余裕が……あ)
そこで、ルークはようやく思い至った。
(まさか……逃げた?)
周囲を見渡すが、やはりハルの気配は微塵も感じられない。
ルークはこれを、ハルが巧みに気配を消しているのだ、と思っていた。しかし、ハルは本当にこの場に≪いない≫のかもしれない。
(でも、こんなにあっさり逃げ……あ)
「……く……くく……くくく」
片手を顔に当てて笑いを堪えるルークだが、やがて、
「あっはははは!!」
大声で笑い始めた。
「くくく……そうだよ、これは『鬼ごっこ』なんだ」
そう、これは鬼ごっこ。
真剣な一対一の勝負ではない。
「僕は鬼……彼は僕から逃げて当然だ……くく」
普通の闘いだったなら、逃げたハルの負けで、ルークの勝ちとなる。
しかし、鬼ごっこの場合……
「逃げられた鬼の負けだ」
思えば、最初からハルは逃げるつもりだったのかもしれない。
『とことんやりますよ』
『もう、あなたに勝ち目はありません』
これらの言葉を布石にして。
(積極的に攻撃を仕掛け、最終的に、僕に大技を使わせるつもりだったのか)
違和感のないようにこの場を去るために。
「……あの自信満々な顔に騙されたな」
その時、相手に逃げられたにも関わらず、自分が嬉しそうに笑っていたことに、ルークは少しも違和感を感じなかった。




