~第5話~
コロッセオには、満員とまではいかないが、席がそこそこ埋まるほどの観客がいる。その中に、楠木兄妹の姿があった。
蓮華は、普段とは違う、大胆かつ清楚さを残したな格好をしている。
親友の絵梨いわく、『これで落ちない男はいない』らしい。しかし、ハルと会うことなく、試験が始まってしまったことがただ一つの誤算だった。
「天城さん……大丈夫かな」
「……正直、運次第だな」
「そうなの?」
「ああ……」
健吾は眉間に皺を寄せた。
(まさか、【神埼先生】と【ルーク先生】が参加するなんて)
「珍しいな、お前が特入を見に来るなんて」
「里奈……」
そんな健吾に、ついさっきまで試験内容を説明していた生徒会長の風谷里奈が親し気に話しかけた。
「お疲れ様です、里奈さん」
「ああ。……って……蓮華?」
健吾の隣に座る蓮華を見て、里奈は目を疑った。
「なんで蓮華がここに……」
三人は、小さい頃からの友達、幼馴染というやつだ。だから、蓮華がこんな殺伐とした特入試験を見に来たことに、里奈は心底驚いている。
「え、っと……色々あって」
顔を少し赤くして言葉を濁す蓮華は、益々もって、里奈の知らない蓮華だった。
「……おい、健吾。何があったんだ?」
「色々あったんだよ。そんな事より、あの二人も参加させるなんて、今年は実技の入学者をゼロにする気か?」
健吾が若干非難がましい目で里奈を見ると、当の里奈も困り顔で頬をかいた。
「私も神埼先生を参加させるつもりはなかったんだが……あの人の強い要望でな」
「要望?」
「ああ。気になる奴がいる、とか言ってな」
「気になる……」
(……そんな偶然はないか)
健吾はハルを頭に思い浮かべたが、すぐに首を振った。
「で、お前と蓮華はなんで?」
里奈は二人が来たことがどうしても気になっていた。
「こっちも……気になる奴がいてな」
「ほぉ」
と、里奈が目を見開いて驚いていると、闘技場の上空にいくつもの映像が映し出された。
『これらの映像は、参加者の状況を数百のカメラで映しています。参加者は向こうにバラバラに転移した状態で試験が始まりますので、いかに先生や他の参加者に見つからないようにするかが試験の鍵となっています、が……早速、動きがあったようです』
アナウンスに同調して、一つの映像が大きく闘技場に映し出された。
そこに映っていた人物は、
「あ……天城、さん?」
「天城、だな」
紛れもなく、天城ハルその人だった。
「もしかして、あいつがお前達の気になる奴か?」
「ああ、まぁ……」
「そうか……彼は恐らく脱落だな」
「? 何を根拠に……っ!」
そこで、健吾は気付いた。
その映像の中に、ハル以外の人物が映っていることに。
「まさか……ルーク先生!? 天城……なんて運の悪いやつなんだよ」
思わず頭を抱える健吾。
「お、お兄ちゃん? どうしたの?」
兄の狼狽する姿に、現状をいまいち理解していない蓮華もアタフタする。
「……ルーク先生と神埼先生にだけは、会っちゃいけなかったんだ」
相変わらず頭を抱えたまま呟く健吾。
そして、そう考えていたのは、健吾だけでなく、ハル自身もだった。
*****
「……おお」
目を開けたハルの目に飛び込んできたのは、背の高い木々に、鬱蒼と生い茂る草花だった。
ここは、世界のどこかの森の中らしい。
「他の人は……バラバラに転移したのか」
(まあ、そうじゃないと、転移直後に大乱闘になるか)
「さて……は?」
歩き出そうとしたハルは、思わず、自分の感覚を疑った。
すぐ近くに、いる。
確実に、いる。
(……冗談だろ)
ゆっくりと振り返ったその先に、
「君は、運が悪いね」
ニコニコと笑うイケメンの男が、いた。
巨木の、地面から突出した根の上に立っているその男こそ、ハルが絶対に会いたくないと思っていた人物の一人だった。
「……これって、全員バラバラに飛ばされるんでは?」
「そうだよ。僕達も、どこに転移されるかわからない。だから……君は運が悪い」
「自分でもそう思います」
(やっぱり……只者じゃないよなぁ)
こうやって話している間にも、男の隙を窺っているハルだが、相手はそんな隙を全く見せない。
(……しょうがない……腹を括るか)
深呼吸をし、覚悟を決めたハル。その目から、恐怖心や緊張は消え去った。
「へぇ……いい目だね」
「それはどうも。侮ってたら、痛い目みますよ」
「そうかい? それは面白そうだ、ね!」
瞬間、男は高速で移動し、ハルとの距離を詰め、空中から右足の蹴りを放った。
脳天直撃の一撃。
本気だったら、頭が粉砕されている。しかし、もちろん彼は加減しているので、精々脳震盪を起こす程度だろう。
けれど、それが仇となった。
「っはぁ!」
足が振り切られる前に、左手で男の太ももを掴んで蹴りの勢いを減速させたハルは、そこから右の拳を男の腹にぶちかました。
「!?」
男の身体が数メートル飛ぶが、男は両足で難なく着地した。
(やっぱり、簡単には行かないか)
ハルの右拳は腹に当たる前に、男の両掌に防がれていたので、実質、ダメージはゼロだ。
「全く無駄のない動き……やるね」
しかし、男はハルの動きに正直驚いていた。
自分が油断していたのは確かだが、それを差し引いても、ハルの動きは称賛に値した。
「君、名前は?」
「天城ハルです」
「天城ハル君、か……確かに、君を侮ってたら、痛い目をみそうだ」
ほほ笑み、男は体勢を低くして構えた。
「僕の名前は、【ルーク・スカッタート】」
「っ!?」
ハルは一も二もなく、後ろに跳ぶ。
直後、その場の地面がルークの拳で抉られた。
「以後、よろしく♪」
「っ! こちらこそ!」
着地したハルは飛び散った石を何個か掴み取り、ルークに向かって投げた。
「ふっ!」
ルークがそれらを片手で弾いている間に、ハルはルークの視界から消えた。
「…………」
左右を瞬時に確認したルークが、右の掌を頭の上に挙げた。
ズドン、と鈍い音が響く。
ハルのかかと落としが、ルークの掌に防がれたのだ。
(やばい! 完全に読まれてた!)
「右と思わせて、左。しかし、その左も布石で、本命は上か。面白い闘い方をするね」
ルークはそのままハルの右足を掴み、
「はぁ!」
思いっきり、投げ飛ばした。
「ぐ、くっそ!」
ハルの身体はいくつもの木々をなぎ倒し、一際大きい木にぶつかって、ようやく止まった。
「はぁ、はぁ。っ!?」
「休ませない、よ!」
吹き飛んだハルを追う形で走りこんでいたルークが、ハルの腹部目掛けて、拳を振りぬいた。
その威力は、人間の数倍はあろうか、という巨木をなぎ倒すほどだ。
ルークの予想では、これで終わりだった。
しかし、
「もらい!」
その直後、ルークの顎はハルの右脚にかち上げられていた。
「なっ……」
脳を揺さぶられる中、ルークは状況を瞬時に把握した。
(僕の攻撃は……当たってなかったのか)
ルークの拳はハルの背後の木だけをなぎ倒し、ハル自身には少しも当たっていなかった。
(タイミングは完璧だったはず……なのに、紙一重でかわされた……面白い)
ルークが今までと違う笑みを見せる。
相手の思いがけない反撃に、彼の闘争本能が燃え始めたのだ。
「まだま、がっ!」
ハルは更に攻撃を与えようとしたが、ルークの強烈な左足の蹴りを受け、数十メートル横まで吹き飛ばされてしまった。
「ぐ、が、いっ」
何度か地面を転がり、ようやくハルは身体を止めた。
今の蹴りを防御したハルの右腕は、骨は折れていないが、ジンジンと痺れていた。
「っ、た~。……ちょっと調子に乗りすぎたな」
(それにしても、あの体勢からこの威力の蹴りか……冗談じゃないぜ)
ハルは全く勝てる気がしなかった。
「あんなにいいのを顔に食らったのは、久しぶりだよ」
ハルが右腕の調子を確かめていると、ルークが顎をさすりながら歩いてきた。
「……そのイケメンを崩す勢いで蹴り上げたんですけど」
ルークの顎は少し赤くなってる程度だ。
「君が本気でやれば、もっとダメージを受けてたんだけどね」
ルークの言葉に、ハルはムッとして言い返した。
「それは嫌味ですか? 俺は、十分本気ですよ」
「それこそ嘘だろう。遠慮はいらないから、本気できなさい」
「いやいや。本気ですって」
「…………?」
「…………?」
話が、噛み合っていない。
ルークは違和感を口に出した。
「君、魔法は?」
「全く使えません」
「魔術は?」
「まだ、使えません」
「……『氣』や『魔力』の応用は?」
「それは……よくわかんないです」
「…………」
ルークは、平然とこんな事を言うハルに驚愕した。
(魔術が使えないのはいいとして……魔法や氣・魔力の応用が、出来ない?)
どちらも、この世界では、子供の頃に必ず教えられるものだ。
(嘘をついてる感じはしない……じゃあ、彼は氣や魔力を一切使わずに、僕の攻撃に耐えていたのか……無理だ。だったら、さっきの一撃で腕が折れている……無意識か? いや、そんな事より……魔法や氣を自分の意思で一切使わずに、あの動き)
思わず、身体が震える。
(恐ろしいまでの、バトルセンス……天才、か)
「……面白い」
「?」
「面白いついでに、闘い方を変えてみよう。……[サンダーボール]」
ルークの周囲に、丸く、帯電している球が、いくつも出現する。
「俺が魔法使えないってわかった途端に、魔法ですか……意外に、性格悪いですね」
「闘いにおいては、卑怯なこともよしとされるんだよ」
「…………」
「さて、魔法や氣を使わずに、どこまで耐えられるかな」




